第十九話 頼ってくれていいんだよ?
「わー! ひろーい!」
「ふぉぉ……!! むこうにおっきなみずうみもみえるの……!!」
馬車の窓から見える景色に、アイリスとコロネが歓声を上げる。
防衛の街"アナ・ゴーイ"から山をひとつ越えた先――
四方を山に囲まれ、中央に海と見紛う程の大きな湖を携えたその街が、ミリィの生まれ故郷だ。
湖畔の街"イヴァラム"。
エリノアによれば、"竜種"の魔族の暮らすこの街は、少し特殊らしい。
「"竜種"の魔族は、他の種族との交流を禁じておりますの。」
「交流を禁じてる……?」
「えぇ。政治への不参加など、極力他種族と関わらぬよう"掟"によって定められているらしいですわ。」
ほぇー、マジか。
「……でも、……それじゃ宿も……取れない?」
シャルが心配そうに呟く。
確かに。
他種族との交流禁止ってことなら、俺らがこの街で宿を取れるかも心配になってくる。
「それならば! ミリィ殿に口を利いて貰えばいいのではありませんか!?」
ロロが明るい顔でそう提案する。
うん。
この街の出身のミリィならば、上手く交渉してくれるかも知れないな。
「どうじゃ? ミリィ。 頼めるか?」
グリムがミリィに問う。
問われたミリィは……
「う、うん……。」
と、どこか不安そうに返事をする。
……?
なんだろう?
何か様子が変だな。
「ミリィ? 何か心配事でもあるのか?」
俺がミリィに問う。
「う、ううん! 大丈夫だよ!」
だがミリィは、そう返答する。
明らかに……"強がり"だと分かる笑顔を作って――。
「じゃあちょっと、宿屋さんに行ってくるね! みんなは馬車で待ってて!」
そう言ってミリィは一人、馬車を降りて駆けていった。
……なんだろう?
どうにもモヤモヤとした違和感が胸に残る。
何が引っ掛かってるのかと、俺は先程までの情報を整理する。
……。
…………。
…………あ!
「~~ッ!! そういう事か!」
俺は急いで馬車を降りようとする。
「お嬢さま!? どうしたんですの!?」
俺の慌てぶりに気付き、背後からエリノアが声を掛ける。
「ちょっとミリィのとこに行ってくる!」
クソっ!
もっと早く気付いてやるべきだった!!
ミリィは――
***
「ハァ……ハァ……居ねぇ……!!」
ミリィを追って馬車を降りた俺は、イヴァラムの街を走っていた。
宿屋との交渉に行ったハズだが……俺にとっては初めて来た街だ。
宿屋の場所がまずわからない。
途方に暮れ、広場で息を切らしていた俺の耳に――遠くから、怒声とも取れる大声が届いた。
「だから無理だって言ってんだろッ!!」
広場の向こうにある一軒の建物――。
声を発したのは、その建物から出てきた男のようだ。
「お願いしますっ!! お願い、しますっ……!!」
その男に、縋るように懇願しているのは――ミリィだった。
「アンタ、ウィンチェスターさんの娘だろ!? 無理だよ!!」
取り付く島もないといった風に拒絶する男に、それでもミリィは必死に食い下がった。
「わたしの事はキライでもいいんですっ……!! だから……だからお友だちだけでも、泊まらせてあげてくださいっ!!」
そう涙交じりに頼み込むミリィに、しかし男は首を横に振ってドアを閉めてしまった。
「う……うぅ……。」
ドアの外に残されたミリィは、崩れるように項垂れた。
「ミリィ……。」
背後から掛けられた俺の声に、一瞬肩をビクリと震わせてミリィが振り向く。
「レティ……ちゃん……。」
大きな瞳に涙を浮かべたミリィを、俺はそっと抱きしめる。
抱き締めた瞬間、ミリィの身体が少しだけ震える。
「ごめんな……気付いてやれなくて。親父さんの事、なんだよな……?」
俺がそう声を掛けると、ミリィは無言で……コクリと頷いた。
***
「ほら。まずは元気出そう。」
俺とミリィは、路地裏へと移動した。
適当な場所に腰掛け、俺は右手を握り、"力"を使う。
ポン!と開いた右手には、ミリィの好物である"エクレア"が乗っていた。
俺はそれを、ミリィに差し出す。
「レティちゃん……ありがとう。……美味しい。」
ほんの少しだけ、ミリィの表情が明るくなる。
「ゴメンね。わたし、この街では……"嫌われ者"なんだぁ……。」
自虐的にそう告げたミリィに、俺は言葉を返す。
「親父さんが"魔王軍幹部"だったから……なんだろ?」
その言葉に、ミリィは頷く。
そう。
エリノアから"竜種の掟"について説明を聞いた時からあった違和感は、これだった。
他種族との交流を制限している"竜種"――。
だが、ミリィの親父さんは"魔王軍幹部"だ。
"戦争への加担"――。
これ以上の交流も無いだろう。
当然、"掟"とやらで判断すれば、禁忌を犯したことになる。
ミリィの親父さんが何を思って"魔王軍"に力添えをしていたのかは本人に聞かなきゃわからんが……
でもその結果、ミリィがこの街で"良くない"思われ方をしていたのは想像できる。
狭いコミュニティ程、規則に違反した者への制裁は顕著だ。
"村八分"。
おそらくミリィは、そんな状態だったのだろう。
思えばミリィが人間領で暮らしていたときも、従者を付けられず一人きりだった。
"掟"を破った者の娘として、ミリィは辛い思いをしてきたのだろう。
ミリィ自身が何をしたわけでもないのに……。
「ゴメンね……。」
膝を抱えてそう呟いたミリィに、俺は優しく告げる。
「大丈夫だ、ミリィ。ミリィに辛い思いさせた奴は、俺がちゃんとやっつけてやる。」
その言葉に、ミリィは驚いたように顔を上げる。
「だ、ダメだよレティちゃん……! 宿屋のおじさんは悪くないの……!」
困惑しつつもそう訴えるミリィ。
……ホントに優しい子だ。
あんな冷たい態度を取られても相手を気遣えるってのは、ミリィの心の温かさの証明だろう。
「ん? ミリィを悲しませたのは宿屋のおじさんじゃねぇだろ?」
「ふぇ……?」
俺は路地裏の狭い空を、睨むように見上げる。
そうだ。
悪いのは"人"じゃない。
竜種の"掟"が、どんな経緯で生まれたのかは知らない。
だが、そんなモンのせいで優しいミリィが悲しまなきゃいけないのはおかしいだろ?
俺はニヤリと笑って、ミリィに告げた。
「この街を覆ってる古臭い"掟"……。ソイツにケンカ売ってやろーぜ?」




