第十八話 また来るときまで預かって
「ほ、本当にいいんですか……?」
馬車に取り付けられた"位置特定の呪装"――。
俺の『このままでいい』との言葉に、シュレムは不安そうな顔を向ける。
「こうしている間にも、敵が襲ってくるかもしれないんですよ?」
「いや、それはねーな。」
懸念をキッパリ切り捨てられて、シュレムは目をぱちくりさせる。
「まぁちゃんと対策はすっから。とりあえず朝ごはん食べよ?」
「は、はぁ……。」
まだ納得いかないといった表情のシュレムを伴い、俺は宿へと入る。
食堂へと向かい歩いていると――二階からロロが降りてくるのが目に入った。
「おー、ロロ。おはよ。」
俺が声を掛けると、ロロは『ひゃぁっ!』と声を上げる。
そしてダダダダと階段を慌てて降りると、俺の元へと駆け寄って来た。
「あっ、あのっ!! レティ殿っ!! さっ、昨晩の……そのっ……!!」
そこでロロは俺の隣にシュレムが居ることに気付いたようだ。
俺の耳元に顔を近付け、耳打ちで伝える。
「その……もしかして自分、昨日の夜レティ殿のお部屋にお呼ばれしましたでしょうか……?」
「ん? 覚えてないのか? ロロが自分から来たんだぞ?」
「え、えぇっ!?」
どうやら記憶に無いようだ。
酒の匂いはしなかったし、酔ってたワケじゃ無いっぽいが……。
「じゃ、じゃあそのっ……、もしかして昨晩……」
そこまで言って、ロロは顔を赤くする。
あぁ、そっか。
記憶は無くても、目が覚めたのが俺の部屋のベッドだったら想像はつくわな。
……裸だったし。
「えっと……うん……。」
俺が肯定すると、ロロは先程よりも一層顔を赤くした。
「しっ、失礼しましたっ!! そのっ! きっと寝ぼけていたんだと思うでありますっ!! すみませんっ!」
そう言って頭を下げるロロ。
「あー、えっと……大丈夫だ。」
むしろご褒美だ。
これから毎日寝ぼけてくれても全然問題無い。
「……?」
俺たちのやりとりが理解出来なかったのだろう。
隣に居たシュレムは訝しげな顔で俺たちを見ていた。
***
「あのっ、レティーナさま。馬車の件なんですが……」
程無くして起きてきた他の幼女たちと一緒に朝食を済ませた後、シュレムが再度馬車の件を話題にした。
「あぁ。そろそろ"来る"頃だと思うんだけどな。」
「? "来る"……?」
そんな会話をしていると、宿の食堂に見知った顔が二人、入ってきた。
「おはようございます。レティーナ様。」
「"例のモノ"、準備出来ましたのでお届けに参上しました。」
昨夜のミサキさんの件でも力を借りた、この"アナ・ゴーイ"の街の憲兵長の二人。
トーブとウェノーだ。
「おー。ちょうどその話をしてたトコだ。」
俺は二人に返事を返しつつ、シュレムに視線を向ける。
「シュレム。馬車の件の説明すっから、ちょっと一緒に来てくれ。」
***
「こ、これって……!?」
「おー! すげぇな!!」
驚き顔のシュレムの隣に並んで、俺はトーブとウェノーの準備してくれた"例のモノ"を眺める。
それは俺たちがこの街まで乗ってきた最高級馬車にも劣らない程の、立派な"馬車"だった。
「この街で準備出来る最高のモノを手配させて頂きました。」
「そちらの最高級の馬車程ではありませんが、ご満足頂けたなら何よりです。」
恭しく頭を下げる二人に、俺は笑顔で返す。
「いやいや、十分過ぎるくらいだ。サンキューな!」
一人置いてけぼりなシュレムが、オロオロと説明を求めるように俺を見る。
「あー。実はな、この街で馬車を乗り換えようと思って、頼んどいたんだ。」
「え……えぇっ!?」
俺の言葉にシュレムが再度驚く。
「だ、だって……! 位置特定の"呪装"は今朝見つけたばかりですよっ!?」
まるで発信機のことを知っていたかのように手際良く手配された馬車に、シュレムは混乱しているようだ。
「うん。 その件とは無関係に、馬車は乗り換えるつもりだった。」
「呪装とは……無関係……?」
俺の返答に、だがシュレムはまだ理解が追い付かないらしい。
「いや、俺らが橋で襲撃されたのってさ、明らかに……"コレ"が原因だろ?」
俺は俺たちがこの街まで乗ってきた"最高級馬車"を指して言う。
そう。
敵対候補……ガリオンだって、橋を渡る奴を見境なく襲った訳じゃねぇ筈だ。
シュレムが俺……"先代魔王の娘"を迎えに行った話はどっかで知られていたとしよう。
でもじゃあどうやって、ガリオンはその馬車を特定したか?
……簡単な話だ。
そこらへんの商人や冒険者が乗るには豪華過ぎるこの"最高級馬車"。
『要人を乗せてますよー』ってアピールするかのようなこの馬車を目印にして狙ってきたのは明白だ。
そんならそれを逆手に取って、別の馬車で移動すりゃあいい。
まぁ多少車内が狭くなったり、移動が遅くなったりするかも知れんが……
幼女たちの身の安全には代えられねぇからな。
「な、なるほど。……あっ! じゃあ"呪装"を外さなかったのも……!?」
理解が追い付いたシュレムが問う。
「あぁ。馬車ごとこの街に残しときゃ、連中も俺らのこと追って来ないかも知れないだろ?」
発信機を外しちまえば向こうにも伝わるらしいからな。
この街に留まってると思わせた方が都合がいい。
「じゃ、じゃあこの馬車は、このまま宿に預けて行くんですね?」
「いや。それだと宿が襲撃されちまうかも知れない。だから……」
俺はトーブとウェノーを見る。
「お任せ下さい。我々が責任を持ってお預かりします。」
「なぁに。賊が来たら返り討ちにしてやりますよ!」
頼もしく胸を張る二人に、シュレムはまた疑問符を浮かべる。
「え、えと……馬車屋さんって、そんなにお強いんですか?」
シュレムの的外れな言葉に、俺は二人を紹介してなかった事を思い出す。
「あ、あー……。スマン、シュレム。この二人はトーブとウェノー。この街の"憲兵長"さんだ。」
俺がそう紹介すると、シュレムは目を見開いて驚く。
「え、えっ、えぇええぇ!? あの"トーブさま"と"ウェノーさま"ですかっ!?」
二人を"様"付けで呼ぶシュレムに、俺は首を傾げる。
え? 知ってんの?
「トーブさまとウェノーさまと言えば、最強と名高い"アナ・ゴーイ憲兵団"の二大憲兵長ですよ!! 戦後の混乱期を支えた英雄と評される方々で、現・魔族領の憲兵組織の実質的な最高実力者です!!」
お、おぉ……。マジか。
この二人そんなに凄かったのか……。
「いやいや。ディエゴ様やウォレス先輩にこの街を任された身ですので、それに恥じぬよう努めていただけです。」
「街を荒らす不届き者を締め上げていたら、いつのまにやら"憲兵長"などと呼ばれていたに過ぎません。」
己の立場を誇りもしない二人に、シュレムはぽかんと口を開ける。
シュレムはそのまま俺の顔を見て問う。
「レティーナさま……一体どうやってこんなスゴイ方々とお知り合いになったんですか……?」
「いや、まぁ……色々と、な。」
ミサキさんの件は他言するような話じゃないと判断し、俺はお茶を濁した。
「まぁこの二人に任せとけば大丈夫だろ。馬車は事が落ち着いてから取りに来ればいい。」
シュレム曰く"最強の憲兵団"が守ってくれる筈だからな。
警察署の駐車場で車上荒らしする馬鹿も居ないだろう。
***
「それじゃ、出発するかー。」
積荷を新しい馬車に移し、俺たちはアナ・ゴーイの街を出発する事となった。
見送りにはトーブとウェノー。
そして――
「ロロちゃん。ホントにありがとう。気を付けてね。」
ミサキさんも駆けつけてくれた。
「ミサキ殿……。」
少し涙ぐんだロロは、首をふるふると振って、
「待っていてください。次にこの街に来るときは……」
そして少しだけ笑って、
「立派に成長した……"四人の騎士"さんも連れて来るでありますっ!」
そう告げた。
「うん……! 楽しみにしてるわ……!」
そう言って、ミサキさんも笑顔を返した。
ゆっくりと動き出した馬車の後方で、ミサキさんはいつまでも手を振ってくれていた。
「それで、レティーナさま。この先のルートなんですけど……」
御者を務めるシュレムが、振り返って問う。
「もうしばらくは裏道を行きたいんだけど……シュレム、道わかる?」
馬車を乗り換え、とりあえずは安心だと思うが……油断はしない方がいいだろう。
主要な道に出るのは、もう少し裏道を進んだ後にしたいところだ。
「えっと……すみません。この辺りの裏道は少し入り組んでるので、余り詳しくはないんですけど……。」
シュレムは自信無さげに答える。
マジか。どーすっかな……。
悩みつつ言葉を交わしていた俺とシュレムの会話に、ひとつの声がおずおずと割り込んだ。
「あっ、あのっ! それなら……」
声を上げたのは――ミリィだった。
「ん? どした? ミリィ。」
「あ、あのね。この先に……わたしの生まれた街があるの。そこまでなら案内出来ると思うんだけど……」
「おぉ!マジか!」
そりゃ助かる!
それにミリィも、ロロみたいに会いたい人に会わせてやれるかもしれん。
「そんじゃ、ミリィの里帰りも兼ねて行ってみるか!」
そう笑顔で言った俺に、しかしミリィは、
「う、うん……。」
と、少々浮かない顔で返答する。
「? ……何か心配なことでもあるのか?」
「えっ!? ……う、ううん!! 大丈夫だよ!!」
ワンテンポ遅れて笑顔で返すミリィ。
だがその笑顔は、やはりどこか不安の色を残していた。
「それじゃ、ミリィさん。案内お願いできますか?」
「あ、うん。えっとね……」
その心の内を問うより先に、ミリィはシュレムへの道案内に就いてしまった。
気にはなるが……他に進む先の宛も無い。
少々の気掛かりを残したまま――
俺たちを乗せた馬車は、ミリィの故郷の街へと道を進み始めるのであった。
お読み頂きありがとうございます♪
今回で第二章 完となります。
そして……すみません!
ちょっと体調崩しちゃいまして……しばらく投稿出来ないかもです。
ごめんなさい……。
八月に入るくらいには再開出来ると思います。
すみませんが、必ず戻って来ますので、気長にお待ち頂ければと思います。




