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魔王の長女に転生したけど平和主義じゃダメですか?  作者: 初瀬ケイム
花降り編 第二章 つきあかりとともに
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第十四話 お医者さんごっこのお支払い

「なっ……!?」


 怒り心頭のトーブとウェノーの二人に囲まれたレゴル。

 そんな状況にも関わらず、レゴルはその疑問を口にせずにはいられなかった。


「い、何時から……!?」


 先程店内を見回した際には、この二人の姿は無かった筈なのだ。

 居たのは細身の壮年の男と、小柄な茶髪の男と、オーガみたいな金髪と水色髪の女二人……


「……!?」


 その答えは、トーブとウェノーの手に握られていた。


 金髪と水色の――精巧な"かつら"。

 別の世界での名称で言えば――"コスプレ用ウィッグ"だ。


 先程"オーガ女"だと思った二人は、まごうことなき"男"だったのだ。

 それはミサキと面識のあるこの二人に、別の女性を口説いていた一部始終を目撃されていたということであり、そして――


「まさか……!?」


 その可能性に感づいたレゴルは、二人の後方のテーブルに視線を向ける。

 そこにはオーガ女の連れだと思われていた茶髪のチビ男が座っている。


 チビ男は、ゆっくりとその――"茶髪"を脱ぐ。


「!?!?」


 その下から現れた顔は、これまでレゴルがしつこく言い寄っていた女性――ミサキだった。


***


「ん。予定どーりだな。」


「レ、レティ殿。もう隠れてなくていいでありますか?」


 トーブ達が座っていたテーブルの下から、俺とロロが顔を出す。


 まぁそんな訳で、ここまでおおよそ俺の台本通りだ。


 つっても大した事はしてない。


 これまでレゴルの野郎が作っていた状況――

 『助けたくとも手が出せない』という拮抗状態を"崩した"だけだ。


 拮抗状態を崩す方法は二つに一つ――。


 何らかの方法で状況を"好転"させるか――


 それが無理なら、いっそ"悪化"させるか、だ。


 今回で言えば後者。


 助けたくても、法的に裁けない相手だから手が出せない?


 じゃあさ、

 "法の拘束なんぞ関係ねぇくらいブチギレた二人"を前にしたら、どうなる?


 確かにレゴルに手ぇ出しちまったら、トーブとウェノーは傷害罪で捕まっちまうだろう。

 それはコチラにとって喜ばしくないことだ。


 だが……それってレゴル側にとってはどうだ?


 今までは『法に守られてるから手出しはされない』と高を括っていたレゴルだが――


 "法"ってのはあくまで、冷静な人間にそれを破るのを思い止まらせる"抑止力"だ。

 その場で盾になってくれるモンじゃねぇ。


 今回の例で言えば、ブチギレた二人が"法"によって裁かれるのは"後日"だ。


 そう。

 この場でレゴルがボコられるのを、"法"は決して守れない。


「はいストップ! トーブさんウェノーさん! 滅茶苦茶怒ってんのは分かるがまだ殴っちゃダメだよー。」


 俺は頃合いと見てレゴルの前に姿を現す。

 このままほっとくとこの二人マジでレゴルをボコっちゃう。


「さてお兄さん。なんとなく状況は理解出来るよね?」


 俺に問われ、レゴルは蒼白になった顔をこちらに向ける。


「トーブさんとウェノーさん、ずっとミサキさんを心配してたんだって。でもお兄さんがやってるのは"真面目なアプローチ"だって話だったから、何も出来なかったの。」


 トーブとウェノーも、ミサキさんの状況をなんとかしたい気持ちは当然あったのだ。

 だが法を犯していない相手を取り締まることは出来なかった。


 その心中は悔しい気持ちが爆発寸前だったのだろう。


「なのにお兄さん、さっき『ミサキさんは遊び』って言っちゃったんだよ? そりゃ怒るよね~?」


 レゴルはその言葉で、顔中に冷や汗でを浮かべる。


 もはや法など関係無い。

 この二人は、傷害罪で捕まってもいい覚悟でレゴルをボッコボコにするだろう。


 俺は声色を戻してレゴルに告げる。


「アンタが取れる選択肢は二つ。医療品の値上げを止めてミサキさんに今後近づかないと誓うか、それとも……この二人にボコられるかだ。」


 まぁ実際にボコっちゃうと二人が捕まるので、ここはレゴルから言質を取って〆だ。


 檻の中の灰色熊(グリズリー)が、檻を壊して目の前に迫っているこの状況。


 誰だって冷静じゃいられない。

 ドイツ軍人だってうろたえるわ。


 ましてレゴルは"貴族"だ。


 このゴリゴリの大男二人を前にして『殴ってみろや!』と言える程の度胸がレゴルにあるとは思えない。

 温室育ちの貴族ってやつは、自分の身が危ういとなれば金でもプライドでも捨てて保身に走るモンだ。


 まぁコイツが裁かれないのは腑に落ちない部分もあるが、ミサキさんさえ救えりゃとりあえず良し!


 そう考えていた俺なのだが――


「いいえ。それだけじゃ足りないわ。」


 ここで当のミサキさんが口を挟んだ。


 え……? ミサキさん?

 そんなの台本に無いんですけど……?


 ミサキさんは俺に小さく『ここは任せて』と呟いて、レゴルの前に歩み出る。


「レゴルさん。私の事は"遊び"だったのよね?」


「い、いや……!! そ、そんな事は……!!」


 ミサキさんの視線から逃れるように、レゴルは目を逸らす。

 そんなレゴルにミサキさんは、


「あのね。それは別に構わないの。」


 そう告げた。

 告げられたレゴルは「へっ……?」と気の抜けた声を上げる。


「私ね、アナタが本気だなんて最初から思ってなかったもの。」


 そう言ってレゴルを見るミサキさんの目は――氷のように冷たかった。


「だけどね。曲りなりにも"真面目なアプローチ"をしに来てると思ってたから今まで言わなかったんだけど……」


 そう言ってミサキさんはレゴルにニコッと笑い、


「"診療費"、払ってもらえるかしら?」


 綺麗な笑顔で、そう告げた。


「し、しんりょうひ……?」


 何を言われたのか分からないレゴルは、壊れた玩具のようにミサキさんの言葉を復唱する。


「ええ。 "遊び"で毎日お医者さんとお話ししてたのだから、払ってもらえるわよね? 予約無しの緊急扱いだから十五分で三千。アナタ、毎日一時間は居座ってたでしょ? それが三ヶ月以上だから……」


 一ミリの慈悲も無い笑顔で、ミサキさんはレゴルに告げる。


「百二十万。払って頂けるかしら?」


 ずいっ、とレゴルに顔を近づけるミサキさん。


「断るって言うなら、後の事は後ろの二人に任せるわ。」


 そう言ってミサキさんはトーブとウェノーを指す。


「払って頂けるなら、そうね……"ビンタ一発"でチャラでどうかしら?」


「ひ、ひぃっ!! 払う!! 払いますっ!!」


 レゴルは慌てて懐から財布を取り出している。


 ミサキさん……ここぞとばかりに搾り取るなぁ。

 まぁこれから診療所を守っていかなきゃいけないんだから、それくらい強かな方がいい。


 しかし"ビンタ一発"とは……可愛らしい復讐だ。

 まぁでも、これでトーブとウェノーの怒りも少しは治まるか。


 そう思い、俺が隣に立つトーブとウェノーの顔を見ると――


 先程まで怒りで顔を真っ赤にしていた二人は――今は何故か、顔を"真っ青"にしていた。


「お、おい……。あの男……バカか……?」


「あぁ……。あれだけ言い寄ってた癖に、ミサキさんの事何にも知らねぇんだな……。」


 そう言ってガクガクと震えている。


 え……? 何……?


 疑問符を浮かべる俺に気付いたトーブとウェノーが、しゃがんで俺に耳打ちする。


「ミサキさんが元・軍医って話は聞いてますか?」


「ん? あぁ、そうらしいな。」


 俺が答えると、二人は昔を思い出すような表情をする。


「負傷兵なんてのは手負いの獣と一緒なんです。痛みに暴れまわって、並の医者じゃ治療どころじゃない。」


「そんな負傷兵も、ミサキさんが"アレ"を使うと一瞬で静かになる。いや、静かになっちまう(・・・・・)んです。」


 え、まさか……


「どんな屈強な兵士の意識も一瞬で刈り取るその一撃に、付いた異名は"死神のビンタ(デスサイズ)"。腕を撃たれた負傷兵が、治療後はケツを押さえてたなんて話さえありました。」


「あれを受けて意識を飛ばさなかったのは、後にも先にもウォレス先輩だけだったそうな……。」


 なにそれこわい!!


「はい確かに。診療費、頂戴しました。で、これが融資してもらった分の残り。完済ね。」


 俺たちがヒソヒソ話をしている間に、レゴルはミサキさんへの支払いを終えたようだ。

 流石貴族だ。百二十万持ち歩いてんのな。


「じゃあ約束通り、ね。」


 そう言ってミサキさんは――"構え"に入る。


 あ、これ俺の知ってるビンタじゃない……。

 某漫画の"最初はグー"みたいになってる……。

 幻聴なのか『キイイィィ』ってオーラが集まってるみたいな音まで聞こえる……。


「ちょっ!? え……!?」


 ようやくそのヤバさに気付いたレゴルが身を引こうとするが――既に手遅れだった。


 俺は傍に居たロロの視界を手の平で覆う。

 これは流石にバイオレンス過ぎて見せられないよ……。


――ドゴォォォッ!!!


 ビンタに有るまじき効果音と共に、レゴルの身体は宙を舞った。

 台風の日のビニール袋のように無残に飛んだレゴルは、空中で綺麗な四回転半を決めた後――バーの壁にめり込んだ。


「がっ……ガガッ……」


 壊れたラジオのように呻き声を上げるレゴルは、完全に失神してはいるが――生きてはいるみたいだ。


「ふぅ……、やっぱり鈍ってるわね。全盛期の半分くらいかしら?」


 そう言って拳をパキリと鳴らすミサキさん。

 全盛期だったらレゴル捩じり切れてんなコレ……。


 静寂が戻った店内には、その一部始終を目撃して目を点にしたバーのマスター。

 そんなマスターに、エリノアが遠慮がちに告げる。


「あ、あのー……。今日のお支払いは、レゴルさんが全て出すとのことでしたので……壁の修理費も、そちらにお願いしますわね?」

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