第十二話 小さなナイトたち
「アイリス!」
宿に戻った俺は、アイリスの部屋のドアを開く。
部屋の中ではアイリスとコロネが仲良くお絵かきをしていた。
「あ! おねーちゃん! おかえりなさーい!」
「れてぃねぇもおえかきするの……?」
「悪いけどその前にアイリスに頼みたい事があるんだ。」
「……? 頼みたいこと?」
***
俺はアイリスを伴って診療所へと戻る。
「はじめまして。レティーナおねーちゃんの妹の、アイリスです。」
アイリスはミサキさんにぺこりと頭を下げて自己紹介する。
診療所まで来る途中にミサキさんのことは伝えてある。
そして、アイリスに"頼みたい事"も――。
「じゃあアイリス、頼む。」
「うん!」
事態を飲み込めていないミサキさんとロロが不思議がる中――
アイリスが胸の前で、両手の平を上へと向ける。
「「えっ!?」」
ミサキさんとロロが驚きの声を上げる。
アイリスの胸元で、まるでシャボン玉のように淡い光が球状に膨らむ。
シャボン玉の中に写されたその映像は――
「こ、これって……シェーンたちの……!?」
ロロが驚きの声を上げる。
ミサキさんも、映像を注視したまま驚いている。
そう。
アイリスの"力"――"追想の魔眼"で映し出したのは、ロロの弟くんたちの姿だ。
アイリスに『最近弟くんたちと遊んだときの映像を、ミサキさんに見せてやりたい』と頼むと快くOKしてくれた。
映像の中ではアイリスの視点が、元気に遊ぶロロの弟くんたちを映していた。
『シェーンくん、何してるのー?』
『あ! アイリスおねえさん! みんなで"とっくん"です!』
『"特訓"?』
『はい! みんなでつよくなれるように、とっくんしてるんです!』
そう言って胸を張るシェーン。
『どうして強くなりたいの?』
アイリスが問うと、シェーンたちは少し切ないような顔になる。
『ぼくたち……まえにアネキがさんぞくにさらわれたとき……なにもできなかったんです。』
『しんじゃったおとーさんから……アネキをまもってくれって……たのまれたのに……。』
『だから! もしつぎにアネキがあぶなくなったら、ぜったいぼくたちがまもるんです!』
『そのために、つよくなりたいんですっ!!』
幼いながらも真剣なその目には、過去の悔しい記憶があるのだろう。
無力さ故に、大切な人を守れなかった悔しさが……。
「あの子たち……。」
映像を見ているミサキさんは、泣きそうな顔で口元を押さえている。
『それでいつか……いつかアネキといっしょに、ぼくたちのうまれたまちにかえったら……おかーさんにいうんです。「ちゃんとアネキをまもったよ」って。それが、おとーさんとのやくそくなんです。』
遂に耐えられなくなったのだろう。
ミサキさんは……大粒の涙をぼろぼろ零して、泣いた。
***
「ありがとう。ロロちゃん。レティーナちゃん。アイリスちゃん。」
まだ目を赤く腫らしているミサキさんは、そう言って俺たちに頭を下げた。
「大丈夫でありますか? ミサキ殿……。」
ロロが心配そうな声で問う。
その問いにミサキさんは涙声で、しかし先程とは違う爽やかな微笑みを返す。
「あの子たちだって頑張ってるんですもの。 私が弱音なんて吐けないわ。」
どこか吹っ切れたような、そんな強さがそこにはあった。
「いつかあの子たちが帰って来る時まで、この診療所は私が守るわ。」
「守る……? 経営が上手くいってないのか?」
俺が問うと、ミサキさんは頷いた。
「実は……三ヶ月ほど前に、貴族の方から提案があったの。『融資をするから、診療所の設備を一新しないか?』って……。」
ミサキさんは苦い顔で語り始める。
「その頃の経営状況からすれば、返済の目途は立っていたの。患者さんたちにも良い設備を使って貰いたかったから、私はその融資を受け入れたわ。」
でも……、とミサキさんは続ける。
「設備を一新してしばらくすると、それまで医療品を仕入れていた業者が突然値上げを始めたの。それも、普通じゃありえないくらいに……。」
「えっ!?」
ロロは驚きの声を上げるが……俺はそこまでを聞いて、凡そ事態を把握していた。
「融資を提案した貴族と、医療品の業者が裏で繋がってた……ってことか。」
俺が言うと、ロロはまた驚いて俺を見る。
ミサキさんは……小さく頷いた。
よくある話だ。
困ってもねぇのに金貸しを提案してくる奴が考えてる事なんざ、『利息で儲ける事』か、もしくは……『"もっと大切なもの"を奪う事』。
わざわざ業者に手を回してこっちの首を絞めてきたんなら、間違い無く後者だ。
ミサキさんは、躊躇いつつも口を開く。
「『返済が出来ないのなら、自分の愛人になれ』……。それがあの貴族……"レゴル"の出した条件なの。」
マジかよ……。絵に描いたような下衆じゃねぇか……!
「そんなの……! そんなのダメでありますよ……!! だって!! だってミサキ殿は……!!」
ロロの心配そうな声に、ミサキさんは宥めるように言う。
「大丈夫よ、ロロちゃん。返済は、まだこれまでの貯えから出せているから。お金を返せているうちは、レゴルも強い事は言ってこないわ。」
そう言ってミサキさんは笑う。
が、それは『貯えが無くなれば、無茶を通してくる』とも取れる。
「その貴族って……もしかして、さっき入り口ですれ違った奴か?」
俺が問うと、ミサキさんは頷く。
やっぱりあのチャラい金髪の男か……。
「しつこい男で、ここ三ヶ月くらい毎日来てるの……。」
弱味に付け込む時点でろくでもねぇのは確定だが……その上ストーカーかよ。
「憲兵に知らせれば……それこそ、トーブやウェノーなら力になってくれるんじゃねぇか?」
トーブとウェノー……この街の憲兵長でもある二人は、ミサキさんの後輩らしい。
だがミサキさんは首を横に振る。
「レゴルは、ああ見えて慎重な男よ。法的に問題になるような行動は見せないわ。トーブ君たちには"真面目なアプローチ"をしてるだけだって言い張ってるの。」
その言葉に、ロロは膝の上に置いた拳を震える程握りしめていた。
「でも大丈夫よ。あの子たちの為にも、あんな男に負けたりしないわ。ロロちゃんたちは心配しないで!」
そう強がって笑うミサキさんに背中を押され、俺たちは診療所を後にしたのだった。




