第十話 お姫さまの手を取って
魔王選定選挙の筆頭候補、ガリオンによる襲撃――。
それを避けながら進む為、俺たちはロロの故郷の街へと馬車を走らせていた。
「こちらですか?」
「はいであります! この林道を越えればすぐであります!」
車内から御者席に顔を出している為、四つん這いでお尻をこちらに向けているロロ。
……うん、可愛い。
「なぁ、ロロの故郷の街ってどんなトコなんだ?」
案内を終え、車内に戻ったロロに俺は問う。
「ん~……、一言で言えば"前線基地"でありましょうか?」
前線基地!?
「あ! といっても戦時中の話でありますよ!? 今は皆、普通に暮らしているはずであります。」
お、おぅ……なるほど。
まぁ考えてみれば当たり前か。
この辺は戦時中、最前線だったんだろうからな。
防衛の為の施設があってもおかしくないか。
「防衛の街"アナ・ゴーイ"。それが自分の故郷の名前であります。元々兵士だった方が、今も多く残ってはいますが……皆、気のいい方たちばかりでありますので、心配は無用であります!」
昔を懐かしむように、ロロはそう語った。
ロロにとっては数年ぶりの帰省だ。
会いたい人、話したい人もいるのかもな。
そんな事を思っていると、御者席のシュレムから声が掛かった。
「レティーナさま……。」
少し力無く告げるシュレムに、俺は首を傾げる。
困っているようだが、襲撃の時ほどの焦りも無い。
「どした? 道に迷ったか?」
「い、いえっ! 街には到着したのですが……」
歯切れ悪く答えるシュレムに、俺は御者席へと身を乗り出す。
「あ……あー……。」
前方にはロロの故郷――防衛の街"アナ・ゴーイ"と思われる街が見えている。
見えているのだが……
「え? 何? 通行止め??」
街への入り口である門は、まだ昼間だというのにピッタリと閉じていた。
俺は馬車を降り、門へと歩み寄る。
「あのー! すみませーん!! 開けてもらえませんかー!?」
門越しに呼びかけると、門の脇にある櫓の上から二人の男が顔を出した。
「旅の方よ! 失礼だが……人間領からいらしたのか?」
「あ、はい! そーです!」
この街は魔族領でも最東端だ。
東側の門から入ろうとするのは、人間領から来る者くらいなのだろう。
誤魔化してもしょうがないと思い、俺は素直に答えた。
が、俺の返答を聞き、男たちは顔を見合わせる。
「申し訳ないが、この街は魔族領の防衛拠点を兼ねておってな!」
「素性のわからぬ者を入れる訳にはいかん! スマンがお引き取り頂きたい!」
お、おぅ……なんてこった。
くそぅ。じゃあさっさと他の街に行かないと野宿になっちまう。
可愛い幼女たちを野宿させるなんて出来ないッ……!!
……あ、でもアイリスとコロネは「キャンプだー!」ってはしゃぎそうかも。
「では……素性がわかれば入れて頂けるでありますかー!?」
その声に振り向けば、馬車を降りたロロが先程の男たちに呼びかけていた。
櫓の上の男たちは、ロロの姿を確認するなり目を丸くした。
「ろっ、ロロ様っ!?」
「ロロ様!? 本当にロロ様なのですか!?!?」
どうやらロロの顔見知りだったらしい二人は、信じられないといったように櫓から身を乗り出す。
そんな二人に、ロロは微笑んで告げた。
「トーブ殿、ウェノー殿、しばらくぶりでありますっ!」
***
「よくぞ……よくぞお戻りくださいました……!!」
「先程の無礼、心よりお詫び申し上げます……!!」
トーブとウェノーと呼ばれた二人は、その後すぐに門を開けてくれた。
二人はこの街の憲兵長らしい。
戦時中は最前線で戦った叩き上げの兵士だ。
鍛え上げられた体をした二人の男は、ロロを前に膝を付いて迎え入れた。
「お二人とも、お元気そうで何よりであります!」
ロロはそんな二人に微笑みを返した。
一通りの挨拶を終えると、トーブはキョロキョロと辺りを見回すような動作をした。
「"ウォレス先輩"はご一緒ではないのですか?」
その言葉に、ロロの表情が曇る。
ウォレスさん――。
ロロの従者"だった"人は……
「はい……。ウォレス殿は……」
***
「ありがとな。ロロのお陰で助かったよ。」
「いえいえであります!」
宿を取ることが出来た俺たちは、とりあえず部屋に荷物を下ろした。
「でもさっきのロロ……なんかお姫様みたいだったな。」
屈強な二人の兵士に首を垂れさせたロロの姿がそう見えたので、俺は冗談っぽく言ってみる。
するとロロは、顔を赤くして首を横に振った。
「ち、違うでありますよっ! ほらっ! 自分は父上が魔王軍幹部でありましたからっ! 獣種の魔族にとって、偉大な主君に仕えることは名誉とされていますのでっ! それで父上が尊敬されていてっ! なので自分は全然すごくないでありますよっ!?」
……ゴメン。
必死になって否定するロロが可愛くて、後半あんまり話が入ってこなかった。
「まぁ久しぶりの故郷なんだろ? 話したい人とかいたら、今日のうちに会っといたらどうだ?」
俺がロロにそう提案すると……ロロは少し暗い表情になった。
「そう……でありますね。 」
俯き加減に答えるロロ。
「実はもうひとり会いたい……いえ、会わねばならない方がいるのですが……」
言葉に詰まるロロを見て、俺は悟る。
(あぁ……そっか。)
そんなロロに、俺は後ろからそっと肩を抱いて告げる。
「俺も……一緒に会ってもいいか?」
その問いに、ロロは少しだけ逡巡した後――小さく、コクリと頷いた。




