第九話 目的地はキミのおうち
"水の腕"の襲撃から逃れた俺たちは、橋から一キロ程進んだ街道沿いで馬車を停めた。
「みんな、ケガしてないか?」
馬車の中の幼女たちに声を掛ける。
「大丈夫だよ、おねーちゃん!」
「ころねもだいじょうぶなの!」
「……だいじょぶ。」
「平気だよー。びっくりしたけど。」
「自分も問題無いであります!」
「妾もじゃ。」
「イタタ、おでこをぶつけましたわ~……。」
よし。被害はゼロだな。
さて、まずは……
「シュレム。」
「はっ、はいっ!?」
急に声を掛けられたシュレムが驚く。
「まず先に謝っとく。ゴメンな。」
「ふ……ぇ?」
何を謝られているかが分からず、シュレムがポカンとする。
「いや、あの"水の腕"が出てきた時な。俺、シュレムが犯人かもって思ったんだ。」
俺の言葉に、シュレムが小さく「あっ……!」と声を漏らす。
そう。
余りにもタイミング良く現れた襲撃者に、俺は第一にシュレムを疑ったのだ。
俺らの事情を知ってて、尚且つ"水の腕"の第一発見者だ。
シュレムを疑うなんてしたくは無いが……それでも妹たちに危機を及ばせるわけにはいかなかった。
もしシュレムが犯人なら、話し合いで解決出来るかもという期待もあったからな。
「で、ミリィに頼んだんだ。」
エリノアの"魂を見て嘘を見抜く"の力――。
それをミリィの"力"――"スキルリンク"で俺に繋いでもらった。
イナガウ・アッシュで暮らしていた際にも、怪しい商人や不審者が出たときには何度か繋いでもらったからな。
ミリィには『アレを頼む』ですぐに伝わったようだ。
そして"力"を繋いでもらった俺が見た限り……シュレムは"白"だった。
"水の腕"を前にして本気で焦っているシュレムに、"嘘の色"は見て取れなかった。
ついでに言うと後ろから来てた農家のおじさんも見てみたのだが……おじさんも"白"だった。
"水の腕"を操っていた奴は、もっと離れた場所から俺らを見ていたのだろう。
初撃を外したのも、遠くから"力"を使っていたせいで動作に時間差があったのかも知れないな。
「つーわけだ。スマン! 悪く思わないでくれ!」
「い、いえいえっ!! 状況的にも、ボクが疑われるのは仕方の無いことですからっ!!」
俺が詫びると、シュレムはブンブンと首を振った。
「それでシュレムの疑いは晴れたんだけど……それとは別にシュレムに聞いときたいことがあってな。」
「あ、はいっ。何でしょう?」
俺は先程の襲撃を思い返しながら、シュレムに問う。
「さっきの"水の腕"を操ってた奴……シュレムには、心当たりがあるんじゃないか?」
そう。
俺が現れた"水の腕"に『モンスターか!?』と反応した際、シュレムは『魔族の"力"で作られたものです!』と"断定"した。
モンスターでない事は知識として知っていたとしても、初めて見る"力"なら、『"力"で作られたものだと思われます。』程度の"推定"になるだろう。
だがシュレムの言葉は"断定"だった。
まるで――"知っている力"であるかのように。
問われたシュレムはしばらく言い淀んでいたが、やがて呟くように口を開いた。
「あれは……魔王選定選挙の、現在の"筆頭候補"による襲撃の可能性が高いです。」
シュレムの言葉に、俺は内心『あぁ、やっぱりな。』と納得する。
魔族復権推進派が壊滅したってんなら、俺らを狙う奴に心当たりなんか無い。
現にテノンを退けて以降、そうした危機は無かった。
じゃあ今日の襲撃が俺らを狙ったものだったと仮定して、一番有り得る相手は――?
直近で起こった"変化"――つまり"魔王選定選挙"の関係だ。
その"筆頭候補"ってんなら、俺らを邪魔に思うのも頷ける。
「筆頭候補の名は"ガリオン"。元・魔王軍の魔族で、実力だけならば幹部クラスであったと噂される程の人物です。」
ガリオン……ソイツが敵の親玉か。
「ガリオンは水棲種【クラーケン】の魔族で、"力"は"魔力を込めた水を自在に操る"というもの。先程の襲撃も、ガリオン本人によるものと思われます。」
マジか……。
「親玉さん自ら妨害って……そんなんバレたらマズいんじゃねーの?」
コッチの世界の選挙事情は知らんが、普通に違法だろ……。
「ボクたちが見たのはあくまで"力"だけですから……。ガリオン本人が"力"を使っているのを目撃出来ていれば、選挙管理委員会に訴えられたのですが……。」
なるほど。姿を見せなかったのはそういう理由か。
「すみませんっ!!ボクもまさか、敵陣営がこんな強引な手段に出るなんて思わなくて……!」
シュレムが申し訳なさそうに頭を下げる。
「シュレムのせいじゃないさ。悪いのはガリオンだ。」
まぁともあれ、敵の正体とその意図は凡そ掴めた。
後は……『これからどうするか』だな。
普通に考えたら"帰る"のが一番だ。
幼女たちを連れて、命の危険を伴う旅なんて出来ない。
だが帰るにしても……
「馬車で引き返すのは……厳しいよな。」
人間領と魔族領を繋ぐ唯一の陸路である橋は、先程の"水の腕"に壊されてしまった。
「海路はどうだ?」
俺の提案に、しかしシュレムは首を横に振る。
「漁船程度の小さな船なら乗れるかも知れませんが……。」
「……そうだよな。あの"力"で海上で襲われたら、小さな船じゃひとたまりもねぇもんな。」
"水を操る力"……海に出ちまったら逃げ場も無い。
大型船ならともかく、漁船で帰るのは避けたいところだ。
「王都の西にある貿易の街……"オーベック"まで行けば、人間領行きの大型船もあるんですが……」
俺らのいるこの大陸は、北東から南西に広がっている。
人間領は北東側、魔族領は南西側――。
"オーベック"とやらが魔族領王都の西っつーことは、結局王都まで行かなきゃダメ……か。
……うん。そんなら……
「とりあえずこのまま進むしかねぇな。襲撃を警戒しつつ大通りを避けて進んで……まずはどっかの街に入ろう。」
俺はそう結論を出す。
ここにいても追手が来る可能性はある。
立ち止まるより、前に進もう。
「あ! それならば!」
と、ここでロロが口を開く。
「この先に、自分の育った街があるであります! 大通りからも離れているので、ひとまず安心かと!」
おぉ! マジか!
「じゃあロロ、悪いけどその街まで案内頼んでいいか?」
「おまかせであります!!」
頼られたのが嬉しいのか、笑顔でそう答えたロロの案内に従い――
俺たちを乗せた馬車は、また林道を進むのだった。
お読み頂きありがとうございます♪
……既にお気付きかと思いますが、この"後日譚"、いわゆる"短編"では無いんです。
"第二幕"って言った方が正解かもです。
(なんか間が空いちゃって『新展開突入!』とか言い辛かったの。ゴメンね。)
まだしばらく続きますので、気が向いたときにでもお読み頂ければ嬉しいです。
そして……重ねてスミマセン! ちょっと投稿ペース落とします!
なんとか一日置きくらいのペースは守っていこうと思いますので、今後ともどうかよろしくお願い致します。




