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魔王の長女に転生したけど平和主義じゃダメですか?  作者: 初瀬ケイム
花降り編 第一章 はつゆきとともに
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第八話 雨が降り出すその前に

「なっ……んだよ……!? あれ……!?」


 俺たちの馬車の前方に現れた巨大な二本の"水の腕"――。


 橋の両脇に一本ずつ――。

 川面から伸びるそれは、高さにして優に二十メートルを超えているだろう。


 馬車の進行方向百メートル程先に、"万歳"でもしているかのように手の平をこちらに向けていた。


「モンスター……か!?」


 俺が焦りながら呟くと、御者であるシュレムがそれを否定する。


「い、いえ……! あれは……魔族の"力"で作られたものですっ……!」


 そう断定するシュレムに、俺は少々の違和感を覚えたが――


(いや、今はそれどころじゃねぇか……。)


 対応を考えるべく、頭を回すことに集中する。


(俺らが橋を渡るタイミングで出てきたってことは……)


 "水の腕"は明らかに"物騒な気配"を放っている。


 まさか橋を行く人々に水のオブジェを眺めてもらおうなんて理由ではあるまい。


("威嚇"か、あるいは……"攻撃"か!?)


 通り魔なのか、金品目当てなのか――はたまた"魔王の娘(おれ)ら"だと知っていてなのか――。

 理由は不明だが、あんなデケぇモン――危険性はかなり高いだろう。


 うむ。とりあえず……。


「みんな。ちょっと揺れたりするかも知れないから、出来るだけ姿勢を低くしててくれ。」


 俺は馬車の中の幼女たちに声を掛ける。

 幼女たちは素直に従って、馬車の中で体育座りの姿勢で身を寄せ合った。


「それと、ミリィ。」


「なぁに? レティちゃん?」


「"アレ"……頼んでいいか?」


「……あっ、うん! まかせて!」


 俺に依頼されたミリィは、可愛く頷いた。


 これでよし。

 幼女たちの安全確保が最優先だからな。


「あぁっ! レティーナさまっ!! 動き出しましたっ!! にっ、逃げないとっ!!」


 シュレムに言われ前方を見やると、水の腕の内の一本――"左の腕"がこちらに近付き始めていた。


「くっ!! 下がr……っ!!」


 シュレムに『下がれ!!』と指示をしようと後方を確認した際に――目が合ってしまった。


 先ほど妹たちが手を振って別れた――ソキアの街の農家のおじさんが、俺たちの馬車のすぐ後ろまで来ていた。

 おじさんは俺たちと同じように、前方の"水の腕"を目にして凍り付いている。


(……どうする!?)


 この"最高級馬車"は旋回能力も高い。

 今なら逃げきれるだろう。


 そうだ。

 あのおじさんには囮になってもらえばいい。

 俺が一番に守らなきゃいけないのは妹と幼女たちだ。


 俺の"力"は戦闘向きじゃない。

 どんな強敵に襲われても、目に映るモン全部助けられるような出鱈目(チート)じゃない。

 そんな余裕は無い。

 切り捨てるべきものを切り捨てるのは当然の選択だ。


 そう……。そうだ……。

 それが俺の取るべき、最善で最良の策だ。


 ……。


 …………だけどさ、


(あのおじさん、妹たちにすげー優しかったよなぁ……。)


 初めて会った俺たちに、気さくに話しかけてくれて、果物までくれて……。


(あのおじさんが死んだら……アイリスもコロネも泣くんだろーな。)


 優しい妹たちは、名前も知らないあのおじさんの為に、きっとボロボロ涙を流すだろう。


(『妹と幼女を守る』。それが俺の一番しなきゃいけない事だ。)


 それは揺ぎ無い俺の行動理念だ。


 ……だけど、……だけどっ!!


(だけど……幼女の泣き顔だって、見 た く ね ぇ ん だ よ ッ !!!!)


「シュレム!! "前進"だ!! 走り抜けろ!!」


「え、えぇぇっ!?」


「早くっ!!」


「はっ、はいっ!!!」


 俺が吠えるように指示すると、シュレムは握っていた手綱を前方に譲りながら鞭を入れ、馬車を急発進させる。


 "水の腕"は既に馬車の目前――数メートル上空から、馬車に手の平を向けていた。


 その"手の平"が――馬車の発進とほぼ同時に、落 ち て き た 。

 自由落下ではなく、明らかに勢いを伴って橋の床板に叩きつけられた手の平は――


――メギィッ!!


 鈍い音を伴って、木製の 床 板 を 砕 い た 。


(あっっっぶねぇぇええ!!!)


 一瞬発進が遅ければ、俺たちも床板と同じ結末を辿っただろう。

 冷や汗が俺の頬を伝う。


 落下した"水の腕"は、衝撃と共に水の粒となって弾けたようだ。


 後方を見れば数メートルに渡ってバキバキに壊れた橋の床板と――


(……ほっ。)


 俺と同じように冷や汗を流す、農家のおじさんの無事な姿が確認出来た。

 おじさんは一瞬、こちらに心配そうな視線を向けたが、


「コッチは大丈夫ー! おじさんはすぐ引き返してーー!!」


 俺の言葉で馬車を旋回させて橋の反対側へと戻っていった。


 さて……。


「れ、レティーナさまっ!! もう一本が!!」


 シュレムの焦り声に、視線を前方に戻す。

 そこではもう一本の"水の腕"が、橋を塞ぐように待ち構えていた。


 既に退路を失っている俺たちを、ここで仕留めるつもりのようだ。


 あーもー!!しゃーねぇな!!

 いいよ! やってやんよ!!


 俺は右手を握り、"スリングショット(パチンコ)"を取り出す。


「レティーナさまっ! あ、あれに半端な物理攻撃は効かないですよっ!!」


 相手は"水"だ。

 パチンコ玉だろーが銃弾だろーが効きゃしねぇだろうな。


 だから――


「大丈夫だ。" 物 理 " じ ゃ ね ぇ か ら 。」


 再度右手を握って取り出した"ソレ"を、俺はバンドにセットし、ゴムを力の限り引き絞り――


「" 化 学 " だ 。」


 その言葉と共に――放った。


 水で出来た手の平の中心に、吸い込まれるように跳んだソレは――


 ――"ルビジウム"。


 アルカリ金属に分類されるコイツを生で見たのは、確か高二の夏休み。

 地元の科学館の期間限定展示――『金属のふしぎ展』とやらだ。


 ショーケースの中で、更に小瓶に厳重に密閉されて展示されていたコイツは――隕石や岩石の年代特定に使われたり、花火の紫色を出すのに使われてたりするらしい。


 が、コイツを扱いたきゃまず第一に知っとかなきゃいけない性質は――『水の中にぶち込むと超絶な勢いで酸化する』ってことだ。


 水(H2O)の中で、酸化――つまり酸素(O)をぶんどる。


 必然的に水素(H2)を発生させ、加えて酸化の反応熱もパねぇ。


 となりゃ、後はどうなるかは――お察しの通り。


――ドッ……パァーン!!!!!


 そう、爆発(ドパーン)だ。


「なッ!? 」


 シュレムが驚愕する。

 大気を震わす衝撃音と共に、"水の腕"の手首から上が四散したのだ。


「おっと。」


 降り注ぐ雨粒を防ぐ為に"ビニール傘"を出す。

 シュレムも入れてやろうと肩を抱き寄せた際「ひゃあっ!」と可愛い声を上げてくれたが……今は相合傘を楽しむ余裕はまだ無いな。


「やった……よな?」


 ビニール傘越しに前方を見れば、"水の腕"の手首から下が、崩れるように川へと落ちていくのが確認出来た。


 馬車は障害物の無くなった橋の上をそのまま進み、今はもう既に渡り切ろうとしている。


("力"っつーなら操ってる奴が近くにいそうだが……今は逃げるのが先決だな。)


 橋を抜けた先は林道だ。

 そこまでは追って来ないだろう。


「……ったく、妹たちとの楽しいお出掛けに"水差し"やがって。」


 姿の見えない襲撃者に向かって小さく文句を言いながら――


 俺たちを乗せた馬車は、林道へと進んで行った。

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