第八話 平和主義ですから
俺はいつのまにか手元に現れたイチゴジャムの瓶を確認する。
……うん、確かに俺が毎朝パンに塗っていたものだ。
瓶のラベルには日本語の文字が書かれ、バーコードまで付いている。
……マジか。
これが俺の"力"だとしたら……結構なチート能力なんじゃねーの?
それだったら……アレとかコレとか……いや、いっそ……
俺がイチゴジャムを見ながら熟考に耽っていると、
――コンコン。
玄関のドアをノックする音が、家の中に響いた。
「ん? エリノア、お客さんなんじゃないか?」
だが、それが来客を知らせるものだと気づいたのは、意外にも俺が最初だったらしい。
言われたエリノアはハッとして、
「え、えぇ。そうみたいですわね。」
と言って、玄関に向かった。
ん? 来客?
人間の街で暮らす魔族に?
一瞬遅れて事の不可解さに俺は気づく。
エリノアの反応が遅れたのも、この家に来客など滅多にないからだろう。
俺はエリノアを追うように玄関に向かう。
エリノアが恐る恐るドアを開けると、そこには大柄な初老の男が立っていた。
見た目には少しガタイの良い、普通の男だが……
「早くに失礼致します。先代魔王様のご息女様。」
深々と一礼する。
――"魔王の娘"。
それを口に出来る者は、この人間の街にはいないはずだ。
つまりコイツは……
「私、魔族復権推進派の長をやっております、テノンと申します。」
間違いない。"魔族"だ。
***
「それで、何の用でしょう?」
客間に通され、椅子に座り紅茶を味わうテノンに、俺が問う。
テノンはカップを皿に置くと、単刀直入ではありますが、と前置きして話し始める。
「先代のご息女であるレティーナ様を、我らの同志としてお迎えしたく参じました。」
テノンの話を要約すると、こうだ。
魔族復権推進派は、現在の魔族の状況を快く思っていない連中の集まりらしい。
戦争で人間に敗れ、権利は維持されたものの、"敗戦種族"となった魔族。
しかしそれでは魔族の矜持は失われたままだ。
最大戦力である"魔王軍"が敗れたとはいえ、魔族全体としてはまだ十分に戦えるだけの戦力は残っている。
ならば魔族の誇りを取り戻す為に、今一度人間に挑もう! ……と。
「レティーナ様には"将軍"の地位をご用意致しております。」
ついでに魔族領にでっかい屋敷と広大な領地付きとのことだ。
「もちろん、妹様方や、そちらの侍女の方も同志としてお迎え致します。」
一家まとめて面倒見てくれるらしい。
なるほど。
これでようやく異世界らしい「俺TUEEEE!!!」な戦いが始まるわけか。
多分、連中が期待してるのは"先代魔王の娘"っていう看板。
つまりはお飾りだ。
だけど俺のさっきの"力"。
アレがもし、『異世界のあらゆる物を召喚する力』だったとしたら?
拳銃、マシンガン、ロケットランチャー、戦車、ヘリ、爆撃機……
地球の近代兵器を何でも召喚できるとしたら、そりゃ無双間違いなしだ。
魔族復権どころか、異世界天下統一だって成し得る。
「どうかレティーナ様のお力をお貸し下さい。」
テノンの言葉に、俺は笑顔で、とびっきり可愛い声を作って応えた。
「おーこーとーわーりーしーまーすー♪」
テノンの顔が一瞬ヒクッ、と歪む。
バカか。
何が悲しくて異世界まで来て戦争せにゃならんのだ。
大体戦争なんてこの世で最も陰湿な金儲けの手段じゃねぇか。
魔族の復権? 矜持?
そりゃそういう気持ちの連中もいるだろうさ。
でもソイツラを操ってる上の連中が考えてんのは?
命を懸けてまで目的を遂行しようとしてる連中の純粋な思いを――
如何にして操ってやる気にさせて、"自分の利益に役立てるか"。
……反吐が出る。
誰がテメェらの利益のために戦ってやるか。
……いや、それより何より許せねぇのは、
俺 の 可 愛 い 妹 を 戦争なんぞに参加させてたまるか!
殺すのも殺されんのもNG!
お姉ちゃん的にNGです!
例えこっちが絶対勝利確実安全無傷確定で無双出来るとし て も だ!
優しい妹達にそんな経験、させてたまるか!
俺は笑顔を崩さず、しかし心の中では絶対拒否を誓う。
そんな俺の心の内が見えたのか、テノンは口調は変えず、しかし先ほどまでより声に重さを乗せて、
「……よろしいのですか? 我々には十分な戦力の用意があるのですよ?」
そう告げた。
表の意味では、『勝ち戦だから参加した方がお得だよ?』
裏の意味は、『テメェら、俺らを敵に回してタダで済むと思ってんのか?』
だが、どっちの意味だったとしても、俺の答えは変わらない。
「すみませんが、他を当たって下さい。おr……私たちは、今の生活に満足しておりますので。」
俺がそう言うと、テノンは目を閉じ、ため息をひとつ吐いて立ち上がった。
「……今日は帰ります。気が変わりましたら、いつでもご連絡下さい。」
そう言って連絡先であろう封筒を机に置き、テノンは屋敷を後にした。
テノンが去った後、エリノアがあたふたした顔で俺を見る。
「よよよ、よろしかったんですの!?」
「何が? エリノア戦争したかったの?」
まぁエリノアがどうしてもって言うなら止めないが……。
「そうでなくて! あんな風に追い返したりして、報復でもされたら……」
あぁ、そんな事か。
「されねーよ。」
俺の断言に、エリノアは驚いた顔で俺を見る。
「アイツらが欲しがってんのは"先代魔王の娘の参画"っていう……つまりは看板だろ?」
「え、えぇ。ですから無理やりってことも……」
不安げに言うエリノアに、俺は首を振る。
「逆だ。アイツらは俺らに手出しできねぇんだ。」
俺の言葉に、エリノアは再度驚く。
「いいか。アイツらは戦力を集めてる。俺らを勧誘に来たのだって、『魔王軍の遺志を継いだ大儀の軍』っていう箔を付けたかったからだ。だったら間違っても俺らに手出しは出来ない。そんなことすりゃ、大儀もへったくれもねぇ。先代魔王への冒涜……魔族復権を純粋に志す連中にしたら、裏切りそのものだ。」
驚きながらも納得しかけたエリノアに、ただし! と前置きして、俺は続ける。
「これはあくまで俺の世界のルールならそうだ、っていう予想だ。この世界にゃあ俺の知らない"力"やら"血の盟約"やらがあんだろ? 油断はできねぇがな……。」
まぁもし奴らが無理を通して来るってんなら、こっちも最大限『抵抗』させてもらうがな。