第六話 元気で帰ってくるからね!
――シュレムが俺を訪ねて来た日の翌朝。
「わぁ~! おっきぃ~~!!」
「すごいの! おうまさんもおっきいの!!」
俺の可愛い妹――
アイリスとコロネは、"魔族領の最高級"と謳われる馬車を前に大はしゃぎしていた。
「全く! レティーナはいつも急なのじゃ!」
「まぁまぁグリム殿。せっかくなんだから楽しむでありますよ!」
「フフ。みんなで旅行、楽しみだね♪」
「……楽しみ♪」
荷物の入った鞄を背負い、馬車の前に勢揃いする幼女一同。
「ウフフ。楽しい旅になりそうですわぁ~♪」
――と、エリノア。
「よーし! みんな揃ったなー! こちらがガイドのシュレムさんです! はい、挨拶っ!」
俺が促すと幼女たちはシュレムにぺこりと頭を下げ、口々によろしくと挨拶していく。
――が、当のシュレムは状況が飲み込めず、頭に?マークを浮かべオロオロしている。
「あっ、あのっ!? レティーナさまっ!? これは一体……!?」
あー、うん、ゴメン。言ってなかったね。
「シュレムの頼み通り、魔族領には行く。但し……この子たちも一緒にな。」
「え、えええぇぇっ!?」
昨日シュレムに確認したところ、馬車は御者を含めず大人が六人は乗れるとのことだった。
大人六人――。
だったら幼女七人プラス保護者くらい大丈夫だろう!
そう考えた俺は、昨日の内に幼女たちを集め、準備していた。
二週間ほど店を開けられるよう幼女たちの従者に店番を頼み、商品在庫も無くならないよう多めに準備した。
なぁに。どうせ冬の間はどの店も閑古鳥状態だ。
ならばこの期に、慰安旅行も兼ねたお出掛けをするのもアリだろう!
実際、この街を拠点にしてからはしっかりした休みってなかったからな。
みんな楽しく働いてるからいいのかもしれんが……
たまには羽を伸ばして違う景色を見てみるのも、幼女たちの健全な成長には必要だ。
「宿代はコッチで持つからさ! 頼む! みんなで一緒に旅させてくれ!」
俺が両手を合わせてシュレムに頭を下げると、シュレムはまたあわあわと慌てる。
「わっ! わかりましたっ! 大丈夫ですから! 頭を上げてくださいぃ!」
シュレムにしてみれば、俺は大切な客人だ。
下手に出られると立つ瀬が無いのだろう。
シュレムの言質を取った俺は――心の内でガッツポーズを取る。
やったぜ!
これで快適な高級馬車と可愛いガイドさんをゲットだ♪
まぁシュレムにしたって、このまま魔族領に向かう予定に変更は無いんだから迷惑は掛からないだろう。
……馬車を牽くお馬さんには、荷が予定より重くなって少々申し訳ないけどな。
「シュレムさん。わたくし、お嬢さまの従者をしております、エリノアと申しますわ。よろしくお願いしますわね♪」
エリノアがシュレムに挨拶する。
コイツ……ガイドさんが可愛い幼女だからってすげー嬉しそうだな。
……気持ちは分かるが。
「あっ、貴方がエリノアさまですかっ!?」
シュレムが驚きの声を上げる。
「ん? エリノアのことも知ってるのか?」
「は、はいっ! 先代魔王さまの頃より仕えていらっしゃる忠実で優秀な従者さまと伺っておりますっ!」
エリノアは「まぁ! 照れますわ~!」と嬉しそうだ。
優秀……ねぇ。
まぁ忠実さは認めるけどな。
だって本人、大好きなお嬢さまたちのお世話がしたいと魔王の死後も世話してくれてるわけだし。
忠義的な意味じゃなく、自分の欲望に忠実なのは確かだ。
「あ、あのっ! 出発前にエリノアさまと少しお話させて頂いてもよろしいですかっ!?」
シュレムが焦ったような様子で俺に問う。
え? 何? もしかしてシュレム、エリノアに憧れてんの?
やめとけ。本性知ったら幻滅するぞ?
「いいけど……エリノア! シュレムに変なコトするなよ?」
「も、もちろんですわ!」
シュレムがお話したいと言い出した時のエリノアの顔が蕩けていたので釘を刺しておく。
出発前にガイドさんにセクハラなんぞしてもらっちゃ困るからな。
エリノアがシュレムを伴って俺から離れるのと入れ替わりに、二人の人物が俺に歩み寄って来る。
「レティさん、お嬢たちの事、お願いするっス!」
「お店の方は心配しないで下さいね。私たちで回しておきますので。」
見送りに来たクリープとモワが告げる。
二人はそれぞれ、シャルとグリムの従者だ。
二人には俺らが居ない間の店番を頼んである。
優秀で信頼出来る奴らだ。
少しくらい問題が起こっても対処してくれる筈だ。
「アネキー! お気をつけて!」
「ちゃんとごはん食べてくださいね!」
「よふかしはダメですよー!」
「ねる前には歯をみがくんですよー!」
「大丈夫でありますよー! みんないい子でお留守番しててでありますー!」
ロロの弟たちも見送ってくれた。
馬車に余裕があればあの子たちも連れて行きたかったんだけどな……。
……うん、決めた。
皆にはお土産いっぱい買ってきてやろう。
「そんじゃ、そろそろ出発すっか!」
俺の言葉で、一同が馬車に乗り込む。
「すご~い!! お部屋みたい~!」
「ふぉぉ~~! ねころがれるの~!!」
馬車に我先にと乗り込んだアイリスとコロネが更にはしゃぐ。
流石最高級馬車だ。
以前乗った馬車に比べて断然広い。
小型貨物車を思わせる広々とした車内空間――
具体的に言うと某"ハイ〇ース"くらいの広さはあるかな。
……他意はない。他意はないぞ?
「で、では出発しますっ!」
シュレムの言葉を合図に、馬車がゆっくりと動き出す。
見送ってくれている皆と――
そして長らく拠点とさせてもらっていた"イナガウ・アッシュ"の街とも、しばしの別れだ。
また元気に戻って来られるようにとの祈りも込めて――俺は笑顔で告げた。
「よぉし! そんじゃ……行ってきます! っと。」




