第四話 それは冬の日の吐息のように
「まったく……相変わらずですわね。」
風呂から上がった俺は、アイリスを寝室に送った後、エリノアに今日の呼び出しの件を報告していた。
宿の一階ロビーで、エリノアの入れたホットミルクを飲む。
「領主さまの使いの方も災難ですわ。」
「あれはアイツが悪い。俺みたいな可憐な幼女相手に机ドンとかやっちゃダメだろ。」
よく言いますわ、とエリノアが零す。
まぁ俺だって相手が平和的に話し合うつもりならそれに応じただろーけどさ。
「そもそも永久無税の件だって、領主さまは"住民税"を取らないと約束したつもりでしょうに……。」
エリノアが呆れたような口調で言う。
確かに領主と約束した時点では、この街で商売をするなんて話は一切無かった。
だが……
「そりゃー、そう思わせるように話したからな。」
とある一件で、ここの領主に貸しが出来た際、この街に住む為の"居住権"を貰う話の中で出した条件だ。
そこで"永久無税"を約束してくれと言えば、誰だって"住民税"の話だと考える。
まぁ領主にとってはご愁傷さまな話だが、お陰で俺らのこの街の儲けはまるっきり無課税だ。
「やっぱり詐欺師ですわぁ……。」
「はいはい。おやすみー。」
失礼なことを言うエリノアを背に、俺は自分の部屋へと戻り、眠りに就いた。
***
「ふあぁ~…。寒っ!」
――翌朝。
目を覚ました俺は、朝の冷え込みに襲われて身震いした。
この世界にも四季はあるらしく、最近はめっきり冷え込んでいた。
「ん~……? あー……、魔力切れか……。」
部屋の隅に備え付けられたモノを布団の中から確認し、俺はため息をつく。
暖を取る為の"魔道具"――"暖炉石"が光を失っていることに気付いたのだ。
この世界には"魔道具"と呼ばれるモノがある。
魔法使いが魔力を込め、魔法的な特性を付与した道具に与えられる総称だ。
複雑な機構を持つ魔道具は魔法使いにしか扱えないが、暖炉石のようにただ温めるだけの単純な性質を付与したモノは、こうして一般人にも利用されている。
但し最初に封入した魔力が切れれば、このように効果を失ってしまうのが難点だ。
「よっと。」
俺は右手をぐっと握る。
すると――次の瞬間、俺の手元にほっかほかの"湯たんぽ"が出現する。
俺の"力"――。
過去に見た物を出現させる能力、"既視の魔眼"によるものだ。
まぁ元の世界の物限定だったり、他にもいろいろ制限はあるのだが……。
「はぁ~。ぬくいぬくい~。」
湯たんぽをぎゅっと抱きしめて暖を取る俺。
はぁ~。快適。
「にしても今日は一段と冷えるな。」
俺は二度寝の誘惑を振り払い、布団から身を起こして湯たんぽを抱っこしたまま窓へと歩み寄る。
シャッとカーテンを開けると――
「……おぉ。」
――雪。
この世界に来て、初めて見る"雪"だ。
「どーりで冷えるワケだ。」
窓の外で絶え間なく降る白い欠片たち――。
こりゃ積もるかな?
あ、積もったら幼女と雪だるまでも作ろうかな。
妹たち――アイリスとコロネなんかは大はしゃぎだろうな。
そんな事を考えながら、早朝の静かなイナガウ・アッシュの街を見下ろしていた俺の目に――
「……ん?」
フラフラと歩く、一つの人影が映った。
いや、ただの人影だったら別に気にならないんだ。
ただ――その人影が、妙に"背丈の低い"人物なのが気になった。
「よっ。」
俺は"力"で"双眼鏡"を取り出し、構える。
倍率三十倍のレンズ越しに映ったその人影は――
「!!?」
――"幼女"であった。
それも――艶やかな黒髪をした"ツインテールの美幼女"であった。
――バッ!!
俺は先程まで寒さで鈍っていた動きとは比較にならない速さで部屋を飛び出した。
二度寝してる場合じゃねぇ!
こんな雪空の下、一人で歩く幼女をほっといていいだろうか?――否!
俺の部屋で……!
出来ることなら俺の体温で……!!
冷えた身体を温めてあげた方がいい!
いや温めてあげるべきだ!! そうだろう!?
走りながら出した"冬用コート"を身に纏った俺は、程無く先程見下ろした街道へと至った。
先程の幼女は、まだフラフラと歩いていた。
「あっ、あの、君っ!」
走り寄る俺に気付いた幼女が振り向く。
ツインテールに結んだ黒髪が、ふわっと踊る。
透き通るような水色の瞳が、俺を見つめる。
雪の舞い散る中、それだけでも映画のワンシーンのようなシチュエーションだ。
――それが美幼女であれば、見惚れてしまうのは必然だろう。
(うっわぁ……! めっちゃ可愛い……!)
思わずドキリとしてしまい、二の句が継げなくなる俺。
そんな俺を見て、不思議そうに首を傾げる幼女。
……可愛い。
ってイカンイカン!
このままじゃ只の声掛け事案だ!
「あのさ。俺……レティーナっていうんだけど、」
なんで一人で歩いてるの?――と。
そう言葉を発し終えるよりも早く、名も知らぬ幼女は――
(なっ……!? えぇぇ!?)
俺の胸に――抱き着いてきた。
「レティーナさまぁぁっ!! お逢いしたかったですっ!!!」
何が起きたのか理解が追い付かず、硬直する俺。
そんな俺の身体を、ぎゅっと抱きしめる幼女。
柔らかな温もりと、降りしきる雪と――
そして微かな"面倒ごとの予感"に包まれながら、俺は――
俺の望む"平穏"が、緩やかに霞んで溶けてゆくのを感じていた。




