第三話 わたしのハジメテをあげる
(いやいやいや、ないって! そんなコトないから!)
脱衣所でブンブンと首を振って脳内妄想をかき消さんとする俺。
アイリスのお願い……お風呂で見てもらいたいモノがあるという言葉に、俺の脳内は桃色に染まっていた。
あるはず無い。
あるはず無いと……そう思っていても、俺の頭が勝手に妄想を描画してしまう。
だってお風呂だよ!?
必然的に裸になる状況だよ!?
そこで"見てもらいたいモノ"!?
そんなん……俺じゃなくたって"そーゆーモノ"を想像するだろ!?
『おねーちゃん……アイリスのココ……見て?』
『ほら……おねーちゃんに見られて……もうこんなになってるの。』
『うん……。恥ずかしいけど……おねーちゃんなら……いいよ?』
あーあーあー!!
いかんいかん!!
もしそんな状況になったら……!
俺 の 理 性 が 耐 え ら れ な い !!
俺が頭を抱えていると、背後からアイリスの声が掛かる。
「おねーちゃん? どうしたの? 具合悪いの?」
「い、いや、大丈夫だ。」
答えながらチラリと見たアイリスは、既に脱衣を終えていた。
俺に何かを見てもらいたいと言っていたが――それらしきモノを持っている気配は無い。
ということは……
(や、やっぱり……そうなのか!?)
ゴクリと喉が鳴る。
い、いや……まだだ。
お風呂場に何かを用意しているという可能性もある……。
ドキドキしながら脱衣を終えた俺は、アイリスと共に浴場へと入る。
宿を改修して作られた大浴場には、今の時間は誰も入っていないようだった。
そして――
(俺に見てもらいたいような"何か"も……見当たらない。)
これはいよいよ俺の妄想が正解なのでは……!?
えぇい! 覚悟を決めろ俺!!
「な、なぁアイリス……? 俺に見せたいモノってのは……その……どこにあるんだ?」
少々声を上擦らせながら、アイリスに問う。
アイリスは少し俯き、頬を染める。
「えっとね……。正確に言うと"モノ"じゃなくて……」
モノじゃないって事は……!?
ヤバい……!
ヤバいヤバいヤバい……!!
「おねーちゃんに見てほしいのはね、わたしの……」
自分の鼓動が激しくなっているのが分かる。
次のアイリスの言葉次第では、俺の理性の糸は完全に切れてしまうかもしれない。
グッと覚悟を決めた俺の耳に響いたのは――
「……"力"なの。」
「………ふぇ?」
ポカン、と。
完全に予想が外れた俺は、気の抜けた声を上げてしまった。
が、一瞬の硬直から立ち直った俺は、改めて驚きの声を上げる。
「え!? アイリス……"力"が使えるようになったのか!?」
"力"――
人間には無い、魔族が生まれながらにして持つ特殊な能力――。
俺が知る限りでは、アイリスとコロネはまだ"力"を扱えなかった筈だが……
「うん。おねーちゃんみたいにスゴイ"力"じゃないから、恥ずかしいけど……。」
そう言ってまた頬を染めるアイリス。
なるほど。
それが"見てもらいたいモノ"、か。
ガッカリ……じゃなくて、安心したよ、うん!
「……見せてもらっていいか?」
俺が問うと、アイリスはコクンと頷く。
「でも……笑わないでね?」
そう言うと、アイリスは目を閉じる。
そして両手の平を胸の前で上に向ける。
すると――
「お……おぉ……!?」
アイリスの胸元で、まるでシャボン玉のように淡い光が球状に膨らむ。
――否、ただの光ではなかった。
それは――
「これって……映像か?」
シャボン玉の中には、ホームビデオのような映像が映し出されていた。
その映像の中には、俺やコロネ、シャルやロロも映っている。
「あ! これって海で遊んだ時の……!?」
それが以前、オーハマ・ヨークの浜辺で遊んだ時のものであることに、俺は遅まきながら気付く。
映像の中では、俺たちが楽しそうに水かけっこを楽しんでいた。
「えっとね。これがわたしの"力"みたい。」
アイリスが答える。
つまり――"過去に見た光景を映し出す"力、か。
「役に立たない"力"かもしれないけど……おねーちゃんに最初に見てほしかったの……。」
そう言ってアイリスは申し訳無さそうに俺を見る。
どうやら俺の役に立てるような"力"が欲しかったらしく、この"力"に少しガッカリしているようだ。
「いや、すげぇよアイリス!」
そんなアイリスの考えを否定するように、俺はその"力"を称賛する。
実際、凄い"力"だ。
過去の映像を完全再現出来るんなら、見たもの全てを記憶出来るのと同じだ。
更に言えば、それを他者と共有――仲間にも見てもらうことが出来る。
絶対に使い道はある。
「ホント? わたし、おねーちゃんの役に立てるかな?」
上目遣いに俺を見て問うアイリスの頭を、俺は撫でる。
「あぁ。きっとアイリスにお願いするときが来る。だからその時はヨロシクな!」
頭を撫でられたアイリスは、目を細めて「えへへ♪」と嬉しそうにはにかんだ。
そして「あっ! そーだ!」と何かを思い出したような声を上げ、
「おねーちゃん! あのね! 名前、付けてほしいの!」
と、俺に笑顔を向ける。
「名前って……この"力"のか?」
「うん!」
ふむ。そうだな……。
俺はしばらく考えた後、
「"追想の魔眼"……で、どうだ?」
メモリアライズ――
思い出と現実化を合わせた造語だ。
俺が提案すると、アイリスは目を輝かせた。
「わぁぁ! すっごくイイ!! おねーちゃんありがとー♪」
そう言って俺にぎゅっと抱き着いた。
ちょぉっ!? お互い裸だから感触が……!!
「さ、さぁ風呂だ! 早く入らないと風邪ひくぞ!?」
「うんっ♪」
俺たちは仲良く風呂に入った。
よほど気に入ってくれたのだろうか。
浴槽に浸かっている間、アイリスはずっと歌うように「めもりあらいずー♪ めもりあらいずー♪」と口ずさんでいた。




