第七話 朝ごはんは甘味と共に
「んじゃ、散歩でもしてくる。この世界の街も見てみたいし。」
「そうですわね。」
俺は部屋を出ようとドアノブに手を掛け、「あ、そうそう!」とエリノアに向き直る。
「妹たちと……"お嬢さま"の名前も教えてくれ。」
バレないようにするんなら、基本情報は知っとかないとな。
エリノアは「そうでしたわね。」と笑ってから、
「お嬢さまが長女のレティ様、レティーナ=ランドルト様ですわ。妹さまお二方のうち、次女がアイリス様、三女がコロネ様。ちなみにお三方とも、種族は悪魔種の【アークデーモン】にあたりますわ。」
アイリスが金髪ショート、コロネがピンク髪ぱっつんらしい。
つか【アークデーモン】なんだ。
悪魔っ娘というにはちょっと重い感じだな。
「あとは……あ! しゃべり方とか変えないとマズいよな?」
お嬢さま言葉とか正直恥ずかしいが……。
「あ、いえ。アナタの喋り方、ほとんどお嬢さまと同じですわよ?知ってて真似してるのかと思いましたもの。」
え、えー……。
レティーナお嬢さま、「俺」とか「マジで?」とか言っちゃってたの?
魔王の教育方針どーなん……?
***
俺は屋敷を出て、歩を進めた。
初めての異世界の街。
湖の街"アマツハム"とか言ってたっけ。
この屋敷は街の外れにあるらしく、近くに民家は無い。
その代わりに、すぐ近くに森と大きな湖がある。
豊かな自然と、美味しい空気。
……って、なんか異世界っていうより田舎に来た気分だな。
俺は石畳を歩いて、街の中心へと続いているであろう道を進む。
朝の空気がひんやりとして気持ちいい。
しばらく行くと、小さな教会らしき建物がある。
司祭らしき白髭のじーさんが朝の掃除をしているのが目に入った。
と、その教会に、見知った人影が入ろうとしているのが見えた。
金髪とピンク髪の幼女二人……アイリスとコロネだ。
じーさんが二人に話しかける。
一瞬、事案か!? と思ったが、どうやら顔見知りらしい。
俺はその会話に、物陰から耳を傾ける。
「おぉ、二人ともおはよう。今日もお祈りかい?」
「ううん! 今日はね! 神さまにお礼を言いに来たの!」
アイリスが笑顔で答える。
「おや? ということは、お姉さんは良くなったのかい?」
「そうなの! 今日はころねたちより早起きだったの!」
コロネも自慢げに胸を張る。
「おぉ! それは良かったねぇ。」
「うん! おじいさんもありがとー!」
そう言って、二人はじーさんに頭を下げると、教会に入って行った。
俺はじーさんに近づき、軽く挨拶してから問う。
「……さっきの女の子たちは、いつもここに?」
「おぉ、そうじゃよ。熱心なことに、ご病気のお姉さんの為に祈りを捧げておったんじゃ。遊びたい年頃だろうに、毎日休むことも無くのぅ。」
……俺は正直、目頭が熱くなった。
なんて……なんていい子たちだ……!
ちくしょう! レティおねーちゃん愛され過ぎかよ!
俺は胸に熱いものが込み上げてくるのを感じ、一足先に屋敷に戻ることにした。
異世界の街はまた今度にしよう。
***
「ただいまー! あ! おねーちゃん! おはよー!」
屋敷に戻りしばらくすると妹たちが帰って来た。
「もー。起きたらおねーちゃんいないんだもん!」
何してたの? とアイリスが尋ねる。
「わりぃわりぃ。早く目が覚めちまったからエリノアと世間話をちょっとな。」
気さくを装い返答しつつも、俺は内心ドキドキしていた。
え? お嬢さまマジでこんな喋り方で大丈夫?
「えー! エリノアずるーい! わたしもおねーちゃんと朝のおしゃべりしたかったー!」
「ころねもなのー!」
そう言うとアイリスとコロネは、俺を両サイドからギュッと抱きしめてきた。
お、おーぅ。ダイジョブっぽい。
しかしこれは……別の意味でドキドキしてしまう……!
「ま、まぁとりあえず朝ごはんにしよーぜ。おしゃべりはその後でな?」
俺がそう言うとふたりは「はぁい!」と言って着席した。
……うん、正直に言おう。
めっちゃカワイイ!
俺はニヤけそうになる表情筋をあくびをするフリをして誤魔化し、朝食の席に着く。
エリノアが隣に座り、対面にアイリスとコロネが座っての朝食だ。
メニューはパンと野菜のスープとスクランブルエッグ。
少なめに感じるが、幼女の身体には丁度いいかもしれない。
俺はパンを千切って口の中に放り込む。
……うん、パッサパサしてる。
異世界の飯は美味くないってのは噂通りだな。
しかし空腹で異世界の情報をいろいろ聞いた後だ。
脳が糖分を要求している。
甘味が欲しい。
あー、せめてイチゴジャムでもあればなー。
日本にいた頃、ウチでは朝食のトーストにはイチゴジャムが定番だった。
食べたいなー、イチゴジャム。
イチゴ……ジャム……。
………。
「おねーちゃん! それ何!?」
アイリスの声に、ウトウトしていた俺はハッと意識を戻す。
おっといかん。二度寝しそうになっていた。
アイリスの顔を見ると、テーブルの一点――
俺の手元をびっくりした表情で見ている。
ん? 何に驚いてんだ?
俺がその視線の先を追いかけるとそこには……
瓶詰のイチゴジャムが置かれていた。
「お? おぉ!??」
……イチゴジャムだ。
まごうことなきイチゴジャムだ。
それも、俺が毎朝トーストに塗っていたものと全く同じ!
「なにそれー!? どこから出したの!?」
アイリスは再度問う。
見ればコロネとエリノアも驚いている。
「イチゴジャム……だな……。」
「「「イチゴジャム?」」」
三人が声を揃えて俺を見る。
「イチゴジャムって……何ですの?」
エリノアが続けて問う。
「あー、イチゴっていう果物を使った食品で……こうやってパンに塗って食べるんだ。」
俺もどうしてここにイチゴジャムが現れたかはわからん。
だが、イチゴジャムそのものを知らない三人に説明する為、俺はジャムをパンに塗って口に運ぶ。
……うん。甘い。
味も間違いなく、いつものイチゴジャムだ。
「わ、わたしも食べたい!」
「ころねも! なの!」
「わ、わたくしも頂きたいですわ!」
イチゴジャムに興味深々の三人。
つーか幼女二人はしょうがないとして、エリノア。お前もか。
俺は三人のパンにジャムを塗ってやる。
三人がパンを口に運ぶ。
「あまーい! なにこれなにこれ!? すっごくおいしいよー!」
「あまさが……くちのなかにひろがって……ふみゅぅ、すっごくおいしぃの……。」
「ホントですわ!こんなに美味しいもの、魔王さまにお仕えしていた頃でも食べたことありませんでしたわ!」
三人はイチゴジャムを大絶賛だ。
異世界だと砂糖が高価で、甘いものは中々口に出来ない、なんて話はありがちだが。
感激する三人を後目に、俺は今起こったことを思い返す。
もしかして、これが俺の"力"なのか……?