第六十話 きっと誰かが夢見た世界
「……アンタ、随分恐がりだな。」
「……何……ですと?」
自らの"力"の絶対性を誇るテノンに、俺は呆れたように告げる。
「だってそーだろ? どんな"力"だって持てたのに、どんな"願い"だって叶えられただろうに、"戦争したいけど死ぬのイヤだからぜーんぶ防御に振りましたー"って……。そんなに恐いなら、戦場なんて来なけりゃいいのに。馬鹿なの? アホなの? 何? そこまでして安全圏から俺TUEEE!! したかったの?」
溜息交じりに告げる俺。
何でも叶えられるのに、なんでわざわざ戦争すんだよ……。
ブラック企業に勤めてる人間の願いが『寝なくても疲れない身体にしてくれ』だったよーなモンだ。
だが、俺の呆れ具合に、テノンは怒りを露わにする。
「貴様如き小娘が偉そうな事をほざくなッ!! 戦時中に生まれ、戦時中に育った我らにとって、戦争に生き残り、名を上げ、人間に勝利することこそが、最大にして至上の幸福なのだッ! だからこの力と貴様の【煉獄】を使って、平和ボケした人間に伝えねばならぬッ!! まだ戦争は終わってなどいないとなッ!!」
首筋の血管を浮き上がらせて吠えるテノン。
しかし俺の感想は……
"あーあ、こりゃ相当こじらせてるわ"
であった。
「……聞いた話なんだけどさ、」
俺は怒るテノンを見据えて続ける。
「俺のとーちゃんたち……魔王と幹部連中な、最後に望んだのは、"名声"なんぞより"娘たちの健やかな成長"だったらしいぜ? 俺は戦争を経験しちゃいないが、そーゆー奴らも間違いなくいたんだ。」
木箱……ロックウェルから聞いた話では、そうらしい。
「それに"平和ボケ"って悪いことか? 今の俺らが享受してる"平和"は、戦争してた当時、誰もが望んだ世界だ。明日の飯を心配せず食えて、明日の目覚めを心配せず眠りに着ける。戦争に勝ったか負けたかなんぞどーでもいい。俺はそんな世界を"勝ち取ってくれた"先人に、心から敬意を表する。」
"平和ボケ"……。
悪い言葉として使われがちだが……果たして本当に悪いことだろうか?
……俺はそうは思わない。
先人の築いてくれた"平和"。
寝るにも着るにも食べるにも不自由しない"今"を、俺らは誇るべきだ。
間違ってもケチつけるようなモンじゃねぇ。
そう。
テノンの思想がこじれちまってるのは、戦争が、"目的"ではなく、ただの"手段"である、というが見えなくなってる点だ。
戦争だろーが、仕事だろーが、勉強だろーが……
それらは全て、"手段"でしかない。
自分や、自分の大切に思う者を……
"幸せにする為の手段"に過ぎないのだ。
俺の言葉に、しかし、
「私は……私は認めぬぞ……ッ!! そんな"平和"なんぞ……ッ!! 魔族が勝利すること以外に、重要なことなど無いのだッ!!!」
……テノンはもはや聞く耳を持ってはいなかった。
……しゃーねーか。
ここまでの人生、ずっと"戦争"がヤツの中心だったんだろう。
「そんなら……灸を据えてやる。」
俺はテノンに向けて、右手を構えた。




