第五十七話 わたしが呼んだら来てくれる?
「どうも。お久しぶりで御座います。レティーナ様。」
「~~ッ!!?………"テノン"!!?」
夕暮れの路地裏。
俺の行く道を塞ぐように現れたその男は――
魔族復権推進派の長――テノンであった。
「ご無沙汰しております。お元気そうで何よりで御座います。」
そう言って一礼するテノンは…しかし目が全く笑っていない。
「……あぁ。元気じゃなきゃ、テメェらは困るもんな。」
俺が突然の事態に焦りつつも、その焦りを悟られぬよう言葉を返すと、テノンは意外そうな顔をする。
「おや? もしや【煉獄】についてご存じでしたかな?」
【煉獄】の呪い――。
先代魔王軍幹部によって、俺ら幹部の娘に施された"呪術"。
成人前に死んだ際発動し、大陸の半分を焦土と化すという"爆弾"だ。
俺は答えなかったが、俺の態度からそれを"肯定"と受け取ったのだろう。
テノンは言葉を続ける。
「知っているなら、それでも結構。先代魔王軍の遺産であるその"呪術"。我々魔族復権推進派の為に……」
「断る!!」
俺はテノンの言葉を最後まで待たず返答する。
テノンは首を横に振る。
「別にレティーナ様自身でなくても結構ですよ? この街に、他にも"幹部の娘"をお集めになっていることは存じております。その中から……そうですな、三名程頂戴できれば……」
「断るっつってんだろッ!!」
俺はテノンに怒声をぶつける。
「ざっけんなッ!!! テメェらなんぞに、誰一人くれてやる気は……………~~ッ!?」
ッ!!?
何だ!!?
突然……声が出なく……ッ!?
テノンはやれやれ、と肩をすくめる。
と同時に、テノンの後方の建物の影から複数の人影が姿を現す。
「"沈黙の呪術"です。助けを呼ばれても面倒ですのでな。」
テノンの後方に現れた集団の一人が、俺に右手を向けている。
「全く……小娘のくせに小賢しい真似をしてくれますな。こんな"関所の街"などに拠点を構えるとは……。お陰で一切の武装の持ち込みが出来なかったじゃありませんか。」
テノンはもはや紳士ぶる気も無いのか、辛うじて丁寧な言葉遣いをしつつも、顔は見事な悪役のそれになっていた。
冷酷な目が、声を出せなくなった俺を見下す。
「"呪術"と"力"に長けた少数精鋭で乗り込まざるを得なかったのは……まぁ誤算と言えば誤算になりますな。」
ですが、と前置きして、テノンは続ける。
「小娘一人、ど う と で も な る のですよ?」
そう言って後ろの集団に、俺を捉える合図を出そうと右手を上げる。
その時、俺は思った。
あぁ……コイツらが……
俺 の と こ に 来 て く れ て 良 か っ た 。
……と。
俺は右手をグッと握る。
瞬時に右手に出現したそれは――
現代日本でも幼女の強い味方として名高い――
"防犯ブザー"である!!
『ビィーーーッ!!!
ビィーーーッ!!!
ビィーーーッ!!!』
夕暮れのイナガウ・アッシュの街に、けたたましい音が鳴り響く。
「……助けを呼んだのですかな? ハッ! 別に結構ですよ? しかしこの魔族の精鋭部隊の相手を出来るような戦力が、果たしてこの街におりますかな?」
余裕顔のテノン。
が、その顔は、
次の一瞬で崩れ去る事となる。
テノンと俺の間に――
空 か ら 降 っ て 来 た 影 に。
―――ズーーンッ!!!
「なッ!?」
驚愕の声を上げるテノン。
土煙を上げて着地した"ソイツ"は、俺の方を向いて立ち上がる。
酒の入った赤ら顔。
白髪混じりの黒髪。
無精ひげを生やすその男は――
「いよぉ~~! 嬢ちゃ~~ん!! 無事か~~?」
元・勇者、"レーヴス"である。




