第四十八話 だまされて、捨てられて
――カツン!
元・勇者に抱えられ一瞬で塔の最上階に到達した俺は、窓枠に足を掛け塔内へ侵入する。
薄 暗い部屋を、月明かりが静かに照らしている。
「ど、どなた!?」
部屋の奥から驚きの混じった問いかけが響く。
「……泥棒です。」
「ど、泥棒さん!?」
「あ、ゴメン。言ってみたかっただけだ。」
少女の声がちょっと怯えてたので慌てて訂正する。
「怪しいモンじゃない……っつっても信じられないかもだけど、俺は味方だ。」
部屋の奥には少女が一人、座っていた。
橙色のセミロングヘア―。
太陽を思わせる金色の瞳が、不安げに俺たちを見つめている。
歳は俺のいっこ上くらいかな?
なんか……今更だけど、うん。
やっぱ美少女なんだよね。……嬉しいことに。
特に縛られたり、鎖で繋がれたりはしてないみたいだ。
「俺はレティーナ。レティでいい。アンタと同じ"魔族"だ。」
俺の言葉に驚きながらも、魔族だと名乗ったことで少女は少し警戒を解く。
「わ、わたしミランダです! ミランダ=ウィンチェスター。親しい人は"ミリィ"って呼んでくれます。」
「んじゃミリィでいい?」
「う、うん! わたしも"レティちゃん"って呼ぶね!」
お、おぅ……。ちゃん付けは初めてだ。
なんかむずむずするな。
「ミリィ。事情は……後で説明する。とりあえず俺と一緒に来てくれ。」
魔族復権推進派やら【煉獄】の呪いやらの話は帰ってから説明しよう。
ここに長居すんのは得策じゃない。
元・勇者曰く『コワい警備兵さん』に見つかる前に、とっととオサラバしよう。
「う、うん。わかった。」
ミリィも頷く。
「つーわけで……悪いんだけど、もうひとっ跳び頼んでいいか?」
俺は後ろを振り向き、元・勇者にそう依頼する。
だが……
「ん~……。そ れ は 出 来 な い な ~ 。」
元・勇者は、先ほどまでのおどけた口調は変えず、だが目が全く笑っていなかった。
「せっかく"捕らえた"魔族二人を……逃がすなんてバカな真似は出来ないね~。」
「なッ……!?」
なんだって……!?
「嬢ちゃん~……人が良すぎるんだよな~。まぁ の こ の こ 付 い て 来 て く れ て 、こっちは楽だったが……。」
オイオイ……。マジかよ。
「テメェ……騙したのか!!」
俺は元・勇者に向かって吠える。
「騙したなんて人聞きが悪いな~。『連れだせるかどうかは嬢ちゃん次第』って言っただろ~?」
元・勇者は肩をすくめて見せる。
「魔族なんてのは人間にとって"有害"なんでな~。ただ魔族が居るってだけで、街は混乱しちまうんだわ~。もしどうしても出して欲しけりゃ、嬢ちゃんたちが"人間にとって無害"な証拠を見せてくれや~。そしたら出してやるぜ~?」
「無害な証拠!? ふざけんなよ!! さっさと……」
俺の言葉を最後まで聞かず、元・勇者は、
「無理なら諦めて大人しくしとくんだな~。」
その言葉だけを残して、塔の窓から外へと跳んだ。
塔の最上階の部屋には、ミリィと、呆然と立ち尽くす俺だけが残されたのだった。




