第四十六話 知らないひとに連れられて
マズい!
マズいぞコレ! え? マズいよな?
絡んできた酔っ払いに、なんでか知らんが"魔族"ってバレとる!?
マテマテ待て!
冷静になれ俺!
コイツは何者だ? わからん!
じゃあ仮定しよう。
仮定一、コイツが"人間"だった場合。
……アウト。俺この後王国軍に捕まっちゃう。
仮定二、コイツが"魔族"だった場合。
……やっぱアウト。俺の顔知ってる魔族なんて"魔族復権推進派"の連中くらいだ。
ってどの道アウトじゃねぇか!!?
「くッ……!? 離せッ……よ!!」
俺は肩を掴む酔っ払いの腕を、力任せに振りほどこうとする。
……が、オッサンのくせに妙に力強いその腕は、いくら力を込めてもビクともしない。
「まぁまぁ、焦んなって~。ほ~れ! たかいたか~い!」
酔っ払いは俺の身体を両手で掴むと、軽々と持ち上げた。
そりゃ幼女の身体だから軽いけど!
「離せッつってんだろ!! アンタに用はねぇんだよ!!」
俺は持ち上げられた体勢のままジタバタする。
くそう! 手足が短くて酔っ払いに届かねぇ!
「ん~オジサンはあるぞ~? じゃああっちでお話しようか~。」
そう言って男は俺を小脇に抱えて歩み出す。
誰かー! おまわりさん助けて! 事案です!! 誘拐です!!
(クソッ! これは使いたくなかったが……!)
俺は右手を握る。
右手に現れたのは"スタンガン"。
以前、夜襲を掛けてきた男を撃退したのと同じヤツだ。
(くらえッ!)
俺は俺を抱える酔っ払いの首筋にスタンガンを押し当て、スイッチを握る。
――バヂンッ!!
空気を爆ぜさせたような音と手に返ってくる衝撃から、確かにスタンガンがその威力を発揮させたことを伺わせる。
……が、
「……痛って~。嬢ちゃん~、オジサンもう歳なんだからあんまイジメんなよ~?」
効いてねぇ!?
嘘だろ!?
「ほ~ら。もう少しで着くからな~。」
男はそのまま平然と歩き続けた。……俺を抱えたまま。
***
「……で、なんでここなんだ?」
俺が連れて行かれた先。
そこは王国軍の詰め所でも、魔族復権推進派のアジトでもなく、……屋台だった。
現代で言うラーメン屋やオデン屋の屋台に近い造りだ。
移動式の屋台の前に木製の椅子を並べて飲み食い出来るようにしてある。
「バッカだな嬢ちゃん。飲んだ後はシメが食いたくなるだろ?」
そりゃそうだが……って俺は飲んでねぇし!
俺が文句言いたげにしている横で、酔っ払いはよくわからんモノを屋台のオヤジに注文してた。
「いい店なんだぜ~。安いし、味も文句ナシっ! そんで大将は寡黙だけど空気の読める男前だ~。」
大将と呼ばれた屋台のオヤジは、無言で料理を出すと、屋台から離れた場所でタバコを吸い始めた。
聞かれたくない話になるだろうから席を外した、ってコトか。
「アンタ……ホントなんなの?」
俺は呆れ気味に問う。
俺に危害を加えたりどこかに拘束する気なら、こんなとこで飲み食いする訳ねぇ。
そういう意味じゃ、俺の警戒は薄れてきている。
とりあえず、直ちに危険は無いっぽい。
……が、コイツの目的が不明のままなのも気味が悪い。
「ん~? 俺か~? フフフ~。」
酔っ払いは機嫌良さげに溜めを作る。
「俺ね~、"元・勇者"さまなんだわ~。」
元……勇者? ……勇者!?
「勇者って……何!? アンタもしかして"魔王"を倒した人!?」
「お! 大正解~! どうだ~? すごいだろ~?」
マジか……。
とーちゃんの仇じゃん……。
つっても別に、俺の中に恨んだりとかって気持ちは無いんだけど……。
しかし……なるほど。
"勇者"ってんなら、さっきの"スタンガン"が効かなかったのも納得……か?
「んで~? 今度は嬢ちゃんの番だぜ~?」
「……はい?」
勇者は俺に顔を近づける。
「オイオイ~! 嬢ちゃんが俺に『何者か』って聞いて、俺は答えたんだぜ~? 今度は嬢ちゃんが『何者か』答えてくれなきゃ~。」
なるほど。
しかしその前に確認しときたい。
「俺のコト、"魔族"って言ったのは……その……なんで?」
カマ掛けるにしたって出来すぎだ。
何か根拠があるなら、こっちも諦めて名乗ろう。
「あ~? そんなモン"匂い"だよ"ニオイ"~。嬢ちゃん、"アイツ"とおんなじ"ニオイ"がするんだよな~。」
え? 俺匂うの?
自分じゃわからんが……帰ったらロロに聞いてみるか。
「アイツってのは?」
「アイツはアイツだよ~。"魔王ランドルト"。そっくりなんだわ~。」
マジか。
なんか根拠がはっきりしない気もするけど、この元・勇者の中では確信してるっぽいな。
俺は観念しましたという風に両手を上げた。
「俺は……レティーナ。アンタの言う通り"魔族"だよ。」
俺は諦めて名乗る。
これで捕まるんならしゃーない。
「レティーナちゃんね。……家名は?」
「……ランドルト。」
俺がそう言った途端、元・勇者は噴出した後、大笑いした。
「ぶっっっはははははは!!! マジで!!? 何!? 嬢ちゃん魔王の娘!? ハハハハハ!!!」
元・勇者は腹を抱えている。
しばらくしてようやく笑いが収まった元・勇者が、涙を拭いながら俺に告げる。
「いや~世の中狭いな~。で~? その"娘"さんが何で王都なんかほっつき歩いてんの~?」
……まぁここまで来たら言ってもいいか。
「王城に捕らわれてるっていう"魔族の娘"さんに会いに……出来れば連れ出したくて来たんだ。」
そう言うと、元・勇者はうんうんと頷き、
「そっか~。なるほどね~。んじゃ~……」
言いながら無精ひげを一撫でして、平然と告げた。
「会わせてやろっか~?」




