第四十二話 お洋服とごはん
関所の街"イナガウ・アッシュ"。
ここが、今日から俺らの拠点となる街だ。
「前に来たときは無人の街でありましたのに……ずいぶん人が増えているであります!」
ロロが街道に沿って作業している人々を見て言う。
ギルドから"イナガウ・アッシュにおけるモンスター騒動の解決"が周知されたのが三日前。
来週からはこの街は、以前のように荷馬車が連日往来する交通の拠点となる。
街の住民はまだ戻っていない。
だが金の匂いに敏感な商売人どもは、早くも"屋台"や"簡易宿泊所"の臨時営業の準備を始めていた。
……しかし残念ながら、彼らの店に客が溢れることはないだろう。
「よっし! じゃあ早速"準備"するか!」
「合点じゃ!」
「了解であります!」
「……がんばる!」
俺らは領主から譲り受けた建屋に向かう。
***
「要望通りだな。」
俺らに所有権が移った建物は三つ。
元々"宿屋"として使われていた三階建ての建屋がひとつ。
そして二階建ての建屋がふたつだ。
この三件で俺らは…この街の『衣』『食』『住』を独占するッ!!
「レティさーん! お待ちどうさまっス!」
建屋を見て回っていると、クリープが数台の荷馬車を引き連れて現れた。
荷馬車から十名近い屈強な男たちがぞろぞろと降りてくる。
オーハマ・ヨークの冒険者ギルドで"依頼"しといたやつだ。
俺の出した依頼は『イナガウ・アッシュにある建屋の清掃と荷物の運び入れ』だ。
命の危険もなく、日当も割高ということですぐに人は集まった。
俺らは依頼を受けた冒険者に指示を出しつつ、それぞれの建物の"準備"を進めた。
朝から初めて午後三時ごろには清掃も終わり、大物の家具類も並べ終わった。
うん、依頼って便利だな♪
***
「よし! じゃあまずはグリム……いや、"お洋服大臣"! この店の陳列作業だ!」
「まっかせるのじゃ!」
"お洋服大臣"と呼ばれたグリムは張り切って胸を叩く。
俺の出した"パイプハンガー"や"ポールハンガー"(どちらもキャスター付き)をガラガラと引っ張って店内に配置していく。
「グリム……まずは男性客向けだ。どんなのがいいと思う?」
俺は"男性向けファッション雑誌"を出してグリムに見せる。
「これと……、これと……、お! これもカッコイイのう!」
俺はグリムの指定に従って、似たようなトップスを出していく。
"Tシャツ""ポロシャツ""タンクトップ""パーカー""ジャケット"。
「おぉ! いいのぅ! 力仕事をする者や冒険者にも売れそうじゃな!」
ボトムスも"ジーンズ"を多めにしつつ、"チノパン"や"カーゴパンツ"を数種、サイズ毎に出して並べていく。
男性客向けのものはすぐに陳列が終わった。
……が、ここからが長かった。
「じゃあ次は女性客向けのものだな。また"コレ"で指定してくれ。」
「フフ、まかせ……おぉぉー!? いいの! どれも可愛いのじゃ!!」
先ほどと同じく"女性向けファッション雑誌"を出してやったらグリムがめっちゃ食いついた。
「他にも! 他にもこーゆー本はないのか!?」
「えー? あるけど……店に並べられる分しか出さないぞ?」
俺はグリムの要望に応え、ジャンルの違う"ファッション雑誌"を数冊出して渡す。
「これは……男性客向けの陳列を狭めてでも売り場を広げたくなるのぅ。」
「オイオイ、男性客の方が多くなるから女モノは三分の一くらいで、って言っただろ?」
「そうなのじゃが……しかしそうなると悩むのぅ……。しばらく考えさせてくれぬか?」
グリムはファッション雑誌を食い入るように見つめている。
あー、これ長くなるやつだわ。
結局一時間ほど掛かって絞り込んだグリムの要望に沿い、商品を出して並べる。
グリムが悩んでいる間、俺は値札やら店内ポップの取り付けを手伝っていたのでだいぶ店らしくなった。
「どうだ?」
「いい感じじゃ! ……じゃが惜しいのう。いつか女性客向けの可愛いお洋服だけのお店を持ちたいものじゃ。」
ちょっと落ち込み気味なグリム。
しょうがねぇなあ。
「この店の経営が上手くいったら、二号店は女性客向けにするか。」
「!? ……本当か!!」
俺の言葉に、グリムは目を輝かせる。
「あぁ。だから頑張らないとな!」
「~~ッ! レティーナ!大好きじゃ~!」
グリムは俺に抱き着く。
ったく、現金なお姫様だことで。
……可愛いなぁ。
まぁ女の子だもんな。
オシャレなものにはこだわりたいよな。
***
「あ! レティ殿!」
「おー、ロロ。……いや"ごはん大臣"、順調そうだな。」
"ごはん大臣"ことロロの持ち場を訪れる。
今日運び入れた大机や丸机には、事前に渡しておいた"テーブルクロス"が被せられている。
同じく運び入れた"カウンターテーブル"の並ぶ向こう側には、"各種調理器具"が既に準備されている。
「レティ殿が出してくれる調理器具は使いやすくて有り難いであります!」
笑顔で包丁を見つめるロロ。
ちょ、ヤンデレっぽいからヤメて!
ちなみにこの一週間ほどの間、ウチのメンバーの"ごはん係"はロロの担当だ。
俺がパッと完成品を出してもいいのだが、ロロの「レティ殿に頼りきりでは申しわけないであります!」との言葉でそうなった。
元々弟くんたちのごはんを毎日作っていただけあって手際は大人顔負けのものだ。
そして……俺の出した"調味料"と"料理本"のおかげで…ロロの料理は異世界でも一級品へと昇華した。
ちなみに俺のお気に入りはロロの作ってくれる"生姜焼き"だ。マジで美味い。
「後は何か必要なモンとかある?」
「いえ、開店からしばらくは"食材"を出して頂けると助かりますが、他にはこれといって無いであります!」
ん? しばらくは、って?
「しばらく、っつーか"食材"は俺がいつでも出すつもりだったけど?」
「ダメでありますよ! レティ殿に頼らずとも、食材確保から自分で出来るようにならねば!」
お、おぅ。ロロ、料理の道に目覚めちゃったのか?
まぁロロが調理した異世界の食材ってのも興味あるし、任せてみるか。
「ん。わかった。自信作が出来たら食わせてくれよな。」
「もちろんでありますよ! 美味しい料理が出来たら、真っ先にレティ殿に食べて頂くであります!」
ロロは笑顔で言う。
あー、嫁にしてぇ……。
俺はロロの店を出て、最後の一件に向かった。




