第三十八話 お茶会の天使たち
――翌朝。
【ヴァンパイアロード】の少女、グリムはいつものように起床する。
そろそろ朝食の時間……ドアの外に、従者のモワが朝食を置きにくる時間だ。
「お嬢さまー。朝ごはんをお持ちしましたー。」
ドアの外からモワの声がする。
昨日は「お客さまが来ている」だのと言っていたが……帰ったのだろうか?
(まぁ誰が来ようと、妾がこの部屋から出ることなどあり得ぬが……)
外の世界は……怖い。
あの日……"魔族"であることが衆目に晒されたときに感じた恐怖は、忘れられるものでは無い。
人々の、驚きと恐怖が入り混じった目線……。
そんなものに晒されるくらいなら……この部屋の中で一生を過ごした方がマシだ。
モワが階段を下りていく足音を聞き、グリムはドアを開ける。
いつも通り、盆に置かれた朝食……の傍らに、
(紙袋と……手紙?)
それはこれまで見たことも無いような綺麗な紙……。
いや、それだけではない。
金色の細い線で精巧な草花の意匠が施された、なんとも美しい封筒であった。
(なんのつもりじゃ?)
紙袋も気になるが……まずはこの美しい封筒を調べたい。
グリムは封筒を開封し、そこに添えられた便箋に目を通す。
封筒と同じく美しい意匠が施された便箋には、次のような内容が書かれていた。
『拝啓 グリム=メタモルフォーゼ 様
昨日は急な来訪の為、
お目通り叶わなかった事 残念に思います。
つきましては、本日改めて
お時間を頂戴したく存じます。
本日、お宅のお庭にて
ティーパーティーを催させて頂きます。
グリム様のご参加を、
心よりお待ち申し上げております。
レティーナ=ランドルト』
(………。)
グリムは考える。
これは……本当になんのつもりなんだ?
ティーパーティー?
うちの庭で?
まさかと思いつつ、グリムはカーテンを閉め切った二階の窓から階下を見下ろす。
すると……
(何じゃと!?)
庭では既に、ティーパーティーの準備が出来上がっていた。
大きなテーブルに真っ白なテーブルクロス。
その上には、ケーキスタンドにティーポッド、金縁のカップが並び……
それらを囲むように造花や色とりどりのバルーン(グリムには何か分からないが綺麗な丸いもの)が飾られている。
耳を澄ませば、どこからか美しい弦楽器の演奏まで聞こえてくる始末だ。
(何なのじゃ!? これは一体何なのじゃ!?)
混乱するグリムは、手に持った便箋に二枚目があることに、ここで気づく。
『追伸
本パーティーには
ドレスコードが御座います。
僭越ながら、
グリム様へのプレゼントとして
同梱させて頂きましたので
どうぞお召しになってご参加下さい。』
ドレスコード? プレゼント?
そこで、グリムは先ほどの紙袋を思い出す。
グリムが恐る恐る紙袋を検めると……
(こ……これは……!!)
***
――キィ。
屋敷の玄関のドアが、控えめな音を立てて開かれる。
ドアを開けたのは……この屋敷の主、半年ぶりに外に出た"グリム=メタモルフォーゼ"だ。
「ようこそ、グリム様!」
おどけたように歓待するのは、男装タキシードに身を包んだレティーナ=ランドルト。
……すなわち、俺である。
「よくぞおいで下さいました!」
俺は笑顔でグリムを迎える。
が、グリムの表情は険しい。
「……卑怯じゃぞ。」
「ん?」
グリムは小さな両手でぎゅ、とスカートを握る。
「こんな……こ ん な 可 愛 い 服 を贈られたら、出てこぬわけにはいかぬじゃろう!」
グリムは顔を真っ赤にして訴える。
それはフリルとレースがふんだんにあしらわれた……俗に言う"ロリィタファッション"であった。
髪色と同じ菫色のブラウスと、胸元に深紅のリボン。
黒を基調としたふわりと膨らんだジャンパースカートには縦にフリルが流れ、頭に付けた黒のヘッドドレスには、ボリュームたっぷりのレースが添えられている。
「似合ってるぞ。」
「ふ、ふん! 当たり前じゃ! 妾を誰だと思っておる!」
まだ顔を赤くしたままのグリムを、俺は庭へと案内する。
「さぁ。お茶会を始めよう。"みんな"待ってるぞ。」
「……"みんな"?」
ティーパーティーの準備が整った庭には、既に"みんな"集まっていた。
「グリムおねーちゃん! はじめまして! アイリスだよ!」
「こんにちわなの。ころねなの。」
アイリスは赤ずきんちゃんのような赤ワンピースに、赤いリボンが幾重にも描かれた白ニーソックス。
頭には赤と白のハーフボンネットを乗せている。
コロネは純白のブラウスに、同じく純白のスカート。
スカートには黄緑とピンクの刺繍で木苺が描かれている。
「……グリム。……ようこそ……ティーパーティーへ。……シャルって呼んでね。」
「自分はロロであります! グリム殿! ぜひ楽しんでいってくださいであります!」
シャルは水色がメインのアリス風コーデ。
トランプのカードが描かれたスカートと、ニーソックスにもトランプマークが散りばめられている。
ロロはチョコレートを連想させる茶色のグレンチェックのベストとスカート。
頭に被った同色の小さなシルクハットには深緑色のリボンも付いている。
「な、な、な……!」
グリムは言葉にならないとでもいうように驚いていた。
いつも眺めていた簡素な自宅の庭が、極上のパーティー会場に変わっていただけでなく……自分を迎える、たくさんのお人形さんのような可愛い少女たち……。
そりゃそうだろう。
主催者の俺ですら、ワンダーランドにでも迷い込んだかと思うような眺めだ。
……つか皆マジ可愛い。
全員持ち帰って永久に眺めていたい……。
しばらくして落ち着きを取り戻したのか、グリムは顔を伏せたまま言葉を発する。
「これ全部……妾のために……?」
「あぁ。怖がりなお姫様が、安心して外に出られるように、な。」
俺が答える。
まぁ服やお茶会はあくまで"オマケ"だけどな。
本当に作りたかったのは、グリムが"安心して"出て来られるような"空間"だ。
『ここには君を虐めるようなヤツは居ないよ』
『みんなが君が来てくれるのを心から待ってるんだよ』
それが伝わったから、グリムも出て来れたんだと思う。
グリムはまたスカートをぎゅ、と握って、涙声で小さく呟いた。
「……ありがとう……なのじゃ。」




