第三十六話 こわくないから出ておいで
俺の呼び掛けに建物の影から顔を出した人物……。
それはエリノアよりちょっと年下くらいの女性だった。
「ほ、ほんとに……魔族なんですかぁ……?」
女性はまだ建物に半身を隠したまま、警戒するようにこちらを見ている。
「おー。安心してくれー。」
俺の声に、女性は通りへゆっくりと歩み出る。
「あの……えっと……」
綺麗な茶色の髪と、下がった眉が特徴的な女性だ。
うーむ。これこっちから名乗った方がいいパターンかな?
「はじめまして。レティーナ=ランドルトだ。」
俺の自己紹介に「ふぇ!?」と声を漏らす女性。
「ランドルトって……まさか! 魔王さまのご息女さまですかぁ!?」
驚き顔の女性に、俺はこくんと頷き、シャルとロロにも名乗るよう促す。
「……シャルピー=ロックウェル。」
「自分はロロ=フォン・リンネであります!」
二人の紹介に女性はまた「ふえぇ!?」と声を漏らす。
「【オリハルコンゴーレム】さまと……【キングベヒーモス】さまのご息女さままで……!?」
女性はおろおろしている。
……そりゃ先代魔王軍幹部の関係者がこれだけ押しかけりゃ焦るわな。
しばらくして、ようやく落ち着いたらしい。
女性は胸に手を当てて呼吸を整えながら、ようやく自己紹介してくれた。
「わ、私は……"霊種"【レイス】のモワと申します。」
モワは丁寧にお辞儀する。
おー、やっぱ"霊種"の魔族なんだ。
「モワ。さっきの"キマイラ"……アンタが作った"幻術"なんだよな?」
俺に聞かれ、モワは申し訳なさそうにこくんと頷いた。
「なんであんなことを?」
「それは……」
モワはしばし悩んだ後、答えた。
「"お嬢さま"の……命令なんです。」
***
俺たちはモワに案内され、無人の街道を進む。
モワの話を要約すると、こうだ。
半年ほど前まで、モワは"お嬢さま"と一緒にこの街で暮らしていた。
もちろん、"魔族"だということは隠して……。
それが半年前……
"ある出来事"がきっかけで、"お嬢さま"は屋敷から出なくなってしまったそうだ。
その"ある出来事"っていうのが……
「お嬢さまの正体が……"魔族"であることがバレてしまったんです……。」
夕暮れの街、いつものように買い物をしていたモワと"お嬢さま"。
その帰り道で、たまたま近くを通った馬車の荷台から積み荷が落下し、二人の近くに大きな音を立てて落ちた。
ケガは無かったものの、それに驚いた"お嬢さま"は、身体の一部を"魔族化"させてしまったんだという……。
「"力"を使った時以外でも、身の危険を感じた時や、感情が昂ぶった時は"魔族化"してしまうんですわ。」
エリノアが補足する。
と、まぁそんなわけでお嬢さまはそれ以来、人間を恐れて屋敷から出なくなっちまった。
「で、引きこもるだけでは気が済まなかったお嬢さまは……従者であるモワに『この街に人間を近づけるな!』って"血の盟約"で命じたってことか。」
「はい。その通りです……。」
気持ちはわからんでもないが……
街から人間を追い出したのはちとやり過ぎだろーに。
「食事とかはどうしてるんだ?」
「私がいつも屋敷までお運びしてます。」
「"お嬢さま"と会話は?」
「……半年前から一度もしてません。」
Oh……なんという引きニート……。
ネット環境も無い異世界でよく引きこもりなんて出来るな。
「モワ。一応確認しとくが……モワはお嬢さまに、出てきて欲しいんだよな?」
俺の問いに、モワはぎゅっと目を閉じて、
「出てきて……欲しいです……! また一緒に……、お話がしたいです……ッ!」
涙ながらにそう答えた。
「……わかった。」
そんな会話をしているうちに、俺たちはその"屋敷"に到着する。
さて、そんじゃ"お嬢さま"を"安心"させてあげましょーかね。




