第三話 身体はちゃんと幼女です
彼女の部屋に引き入れられた俺は、ひたすらに混乱していた。
どういうことだ?
挨拶するなり、「アナタ、誰ですの?」って言ったよな?
つまり俺がこの身体の持ち主の幼女じゃないってバレてんだよな?
じゃあなんで自分の部屋に引き入れる?
さっさと大声を出すなり人を呼ぶなり……はっ! まさか!
この密室で俺を拷問でもするつもりか!?
それとももっと手っ取り早く、ナイフでグサーッ!みたいな展開か!?
俺は自身の想像に、小さい幼女の身体をガクブルさせる。
そんな俺の想像を後押しするように、彼女は部屋のドアを背にして立ち、カギをかける。
あ、コレあかんやつや。
このまま人生終わるやつや。
短かったなー、俺の異世界転生……。
こんなことならせめてもうちょっとベッドの中で幼女とキャッキャしてれば良かった……。
そんな俺の心中を知ってか知らずか、俺を部屋に引き入れた女性は俺の前に仁王立ちになる。
そして……
さながら名探偵が犯人を追い詰めたときよろしくビシッ!と人差し指を立て、
「アナタ! お嬢さまじゃありませんわね!?」
そう断言した。
えぇ、そうですとも。
俺は貴方の言う"お嬢さま"じゃありませんよ、ええ。
「いくら見目麗しいお嬢さまの姿を真似たところで、わたくしの目は誤魔化せませんわ!」
再びビシッ!と効果音が入りそうなポーズで断言する。
えぇ。もうとっくに詰んでますって。えぇ。
「もし違うと仰るなら、わたくしに何か命じてみせなさいな! 本物のお嬢さまなら、"血の盟約"でわたくしは逆らえないハズですわ!」
もういいって。これ以上俺を追い詰めても……ん?
………今、何て言った?
本物のお嬢さまなら、血の盟約で、逆らえない?
うん。
確かに俺は"お嬢さま"じゃない。
でもこの身体は……この女が言うところの"お嬢さま"のものに間違いない。
そんで"血の盟約"ってのが何なのかは分からんけど……
でもそれがもし……
"お嬢さまの肉体を持つ者"からの命令に逆らえないものだとしたら……?
俺は先ほどまでの降参モードから一転、唇の端を上げる。
どーせダメ元だ。やってやんよ!
「……じゃあ語尾に"にゃん"って付けて喋って。」
「フフッ、わたくしがそのような命令を聞くわけがありません! ……にゃん。……ハッ!」
彼女が自身の失態に気付き、混乱している隙に!
俺は考えうる限りの命令をゲリラ豪雨の如く降り注がせた。
「逃げるな! 寄るな! 大声出すな! 俺に危害を加えるな! 俺が許可を出さない限りは呼吸以外を行うなッ!」
「なっ……!? ……ッ!!?」
どうやら俺の考えは正しかったらしく、目の前には驚愕の表情で棒立ちするしか出来ない女性が出来上がっていた。
「クククッ! 形成逆転だなァ!」
俺は幼女の顔には似つかわしくない……
つーかハッキリ言って自分でも過剰なくらいの悪役ヅラを彼女に向ける。
何も出来なくされた彼女は、驚愕と恐怖が入り混じった表情を浮かべている。
「何でも命令出来るんだったよなァ? そんじゃあ、まずはァ……!」
俺の次の言葉を涙目で待っていた彼女は、
「とりあえず、名前教えて?」
その一言に、ガクッと崩れ落ちた。
あれ? コケるのは許可してないんだけどな。
「あ~、すまん。脅かしすぎたな。」
急に有利な立場になったんで調子に乗ってしまった。
「アンタに危害を加える気はないんだ。名前、教えてくれないか?」
彼女は俺に顔を向ける。
先ほどまでより多少気を許したような表情だ。
……といってもまだバッチリ警戒してるが。
「わたくしは……エリノアと申しますわ。」
エリノアと名乗った彼女は、それ以上何も言わない。
……あ、俺が許可してないから喋れないのか。
「エリノア、大声出さなけりゃ普通に喋っていいし、動いていいぞ。」
「……はぁ。アナタ、何者ですの?」
疲れたようなため息と共に当然の疑問を投げかける。
奪われた自由が戻り、緊張の糸も切れたのだろう。その場にペタンと座りこむ。
……まぁ、もうバレてるし教えてもいいか。
最悪の場合は口止めを命令すれば済みそうだし。
「俺は……ここじゃない世界から転生してきた者だ。」
俺はエリノアに包み隠さず告げる。
「俺自身も状況が飲み込めてない部分も多々あるんだが、エリノアの言うところの"お嬢さま"の身体を借りてるってことになるらしい。」
俺の言葉に、エリノアは一瞬驚いた後、何かを考え、頷いた。
「とても信じられませんけど……でも、そうでもなければ説明できませんものね。信じますわ。」
……え? 信じるの?
いや、結構トンでもないこと言ってると思うよ? 俺。
正直「そんなの信じられるわけありませんわ!」みたいなリアクションを予想していたのだが……。
俺が「何で信じられるの?」みたいな顔をしていたからだろう。
エリノアが補足して話す。
「わたくしにはおじょ……いえ、アナタの"魂"が見えてますの。」
なんと!
「"魂"がお嬢さまとは別……なのに身体は間違いなくお嬢さまのもの……。こんなの、アナタの言うように転生でもなければ説明出来ませんわ。」
な、なるほど……。
魂見えるとかすげーな、異世界。
「あ、今更だけど、エリノアの"お嬢さま"には迷惑掛けちまってるよな。スマン。」
俺が身体を借りちまってる以上、"お嬢さま"とやらは身体の自由が利かないワケだ。
「いえ、お嬢さまは……たぶん、気になさらなくて大丈夫ですわ。」
……?
何だろう? 何かを言いかけたような雰囲気だったが……まぁ、追々わかるだろう。
「じゃあ悪いんだけど、異世界……じゃなく、この世界や俺の周りの状況について教えてもらえないか?」
俺が頼むと、エリノアは諦めたような笑顔で、
「どうせ逆らえませんもの。わたくしにわかる範囲で教えて差し上げますわ。」
そう言って、顎に指を当て、目を閉じた。
どこから説明しようか?
そんな間がしばし流れた後、エリノアは目をゆっくり開き、告げた。
「お嬢さまは……いえ、お嬢さまを含むわたくしたちは……"魔族"ですわ。」