第二十六話 お酒はほどほどにね
「しっかし……アンタんとこの商会、すげーな。」
アジトに到着し、荷車の荷を降ろし終えた後、兄貴分の男はエリノアに告げた。
「あの黒くて柔らかい車輪……"たいや"って言ったっけ? あれの付いてる荷車だけでも十分楽だった。」
いつもは木製の車輪の付いた荷車を、山の凹凸に悪戦苦闘しながら運んでいた男は、"ゴム製タイヤ"の付いた荷車での運び易さに感動すら覚えた。
「しかし極め付けはアンタの使ってたあの荷車だ。なんなんだありゃ?」
エリノアが使っていたのは、"電動キャリア"。
農業用の台車で、電動モーターが荷物運びをサポートするものだ。
これのお陰でエリノアは、百キロはある荷物を一人でスイスイ運んで来ていた。
「魔法の使えねぇオレらでも使えるし……魔道具ってわけでもねぇんだよな?」
「あら? 皆さん、魔法は使えませんの?」
「ウチのファミリーで魔法使えんのはリーダーだけだ。」
「そうなんですのね。よろしければ、一台差し上げますわよ?」
「マジかよ! 助かるぜ!」
一仕事終え、山賊達のエリノアへの姿勢は大分打ち解けたようだ。
最初のような警戒心はほとんど無い。
「あ、そうでしたわ! 皆さんにも贈り物を預かってますのよ?」
「お? 俺らみてぇな下っ端にか?」
ファミリーの部下の取り分は、リーダーの匙加減だ。
マシューは部下が離れない程度に調整してはいるが……正直、不満が無いと言えば嘘になる。
「フフ。部下を大切にしない組織は、決して大成しない。父がいつも申しておりますわ。」
そう言いながら、エリノアはカバンから酒瓶と袋をいくつか出す。
「酒はわかるが……こっちはなんでい?」
「"ポテトチップス"というものですわ。お酒によく合いますのよ?」
エリノアは酒瓶とポテトチップスの封を開け、アジトの大机に広げていく。
「お酒もいろんな種類を持って参りましたの。あ! 毒見が必要ならわたくしが先に飲みますわよ?」
「お、おぅ……。」
男に頼まれるより早く、エリノアは酒をグラスに注ぎ、グイっと飲み干した。
「ぷはぁ~~。美味しいですわ~~♪」
エリノアの飲みっぷりに、仕事終わりの男たちはゴクリと喉を鳴らす。
「アニキぃ、俺らも飲みましょうや!」
「い、いやしかしリーダーが戻る前に酒盛りってのも……」
「リーダーだってさっきの贈り物見たら上機嫌になりますって!」
「そ、そうか? ……そうだな。」
男達が相談している間に、エリノアは既に人数分のグラスに酒を注いでいた。
「どうぞお召し上がりくださいな。」
笑顔で言うエリノアに、遂に兄貴分の男は折れた。
「よ、よし! じゃあちょっとだけ! ちょっとだけだからな!」
「ひゅー! さすがアニキ!」
「よーし! お前ら! アニキのお許しが出たぞー!」
十名程の山賊達は、大机に集まって酒盛りを始めた。
「うめぇー! なんだこの酒! 超うめぇ!」
「おい! コッチもうめぇぞ! 喉ごしがサイッコーだ!」
「この"ぽてとちっぷす"ってのパリッパリだぜ! 酒が進む!」
「お! こっちの赤い袋のは……辛っ! くぅ~! これも酒が美味くなりやがる!」
「お酒はまだまだありますわー! 皆さんじゃんじゃん飲んでくださいなー!」
「「「「おー!」」」
***
――数刻後。
「……静かになったみたいっス。」
「結構かかったな。」
俺とクリープは、荷物を運ぶエリノア達を尾行して山賊のアジトの場所を突き止めた後、茂みに身を隠した。
そこは使われなくなったコテージのような建物で、窓は全て木で塞がれていた。
「山賊は酒に強いイメージっスけど……上手いこと潰れてくれるモンなんスね。」
「あぁ。エリノアに持たせた酒には細工しといたからな。」
酒には市販の"睡眠薬"を、味が変わらない程度に粉末にして混ぜた。
微量といえど睡眠薬入りの酒を、しかも各種チャンポンで飲めばそりゃ潰れるわな。
「クリープ。念のため、確認してもらっていいか?」
「承知っス。」
そう言ってクリープは"力"を使う。
コテージの窓に近づくと、小指の先ほどの裂け目に指を近づける。
すると……指の先端部分が半透明の液体状になった。
ドロドロになった指先は、そのまま裂け目の中に入っていった。
クリープは物質種【スライム】の魔族だ。
その"力"は"肉体再編成"とのことだ。つまり……
「レティさん! 見えました! ばっちりっス! 全員オネムみたいっスよ!」
肉体や器官を自由に"変形""形成"できるってものらしい。
今回であれば、"指先"を変形させて裂け目から中に入れ、先端に"目"を形成して中の様子を観察したというわけだ。
ちなみに"翼"みたいな元々身体に無いものはイメージ出来ない為、形成出来ないらしい。
「さんきゅー。んじゃ、突入と行きますか。」
俺とクリープは、山賊のアジトに入る。
大部屋では十名程の山賊と、エリノアが潰れていた。
「なんかこう……酒に潰れてる女のヒトって……グッとくるっスね。」
「その言葉に俺は同意すべきなんだろうが……スマンな。宗派が違うようだ。」
俺はエリノアのほっぺをぺちぺちする。
「エリノアー。起きろー。」
「ぅーん。……おじょうさまぁ……そんなとこ舐めちゃダメですわ~……ふへへ~……♪♪」
……なんの夢見てんだコイツ。
口の中に"刺激系のミント味タブレット"でも放り込めば跳び起きそうだが……まぁ止めておくか。
「レティさーん! 居たっス! こっちの部屋っスよ!」
俺がエリノアを見ている間に、山賊どもを縛り上げたクリープから声が掛かる。
どうやら目的の部屋を見つけたようだ。
仕事はえーなアイツ。
俺は駆け寄り、暗い部屋の中を覗く。
その部屋には……少女が一人、捕らわれていた。




