第二十五話 嘘は得意なんです
「……つーわけだ! スマン! 力を貸してくれ!」
冒険者ギルドから宿に戻った俺は、シャルとエリノア、クリープに経緯を伝えた。
ギルドで会った四人の少年たちのアネキが山賊に攫われたらしいこと。
そして、それを助けてやりたいと思っていること。
「事情は分かりましたけど……山賊討伐となると、かなり危険ですわよ? 勝算はありまして?」
「ん~……まぁ一応。全部作戦通りってわけにはいかないだろうけどな。」
不測の事態には臨機応変かつ柔軟に対応だ。
俺は三人にざっくりとした作戦を伝え、準備に入った。
***
――夕方。
小さめの荷馬車が、山道を進んでいた。
日中はそれなりの往来がある道にも関わらず、夕暮れ時となると途端に閑散とする。
この時間に通れば今日のうちに隣街に着けることで知られるこの道は、しかし大変危険な道としても有名なのだ。
曰く、"山賊の襲撃に遭う道"として――。
「おぅコラ止まらんかい!」
荷馬車の前方に、突然道を塞ぐように現れた男達に、御者は馬を止める。
男達はそれぞれが剣や斧、ダガーなどで武装していた。
それらは刃こぼれこそあるものの、十分に人の命を奪い得るものであった。
「命が惜しかったら、積み荷は置いていきな。」
ドスを効かせた男の声に、しかし御者は動揺無く答えた。
「えぇ。最初からそのつもりですわ。」
「……は?」
御者の回答に、逆に男達が混乱する。
フードで顔を隠していたから、小柄な男かと思ったが……その声はどうやら女のものであった。
そしてその女が言うところには……積み荷は最初から置いていくつもりだった、だと?
女はフードを脱いで顔を見せる。
黒の艶やかな長髪の、美しい女性だ。
「わたくし、アマツハムのタービル商会長の娘、エリノアと申しますわ。今度このオーハマ・ヨークで商売を始めるに当たって、ご挨拶に参りましたの。こちら、マシューファミリーさんで間違いありませんこと?」
「あ、あぁ……俺らがマシューファミリーだが……。」
男達の中でも兄貴分らしき男が答える。
エリノアがにっこりと笑って挨拶するものだから、男も正直に答えてしまう。
「こちらの積み荷は、父からの贈り物ですわ。どうぞお受け取り下さいませ。それから……リーダーのマシューさんに直接挨拶させて頂きたいのですけど……。」
エリノアは男達の中から赤髪赤髭の男を探す。
……が、どうやらこの場には居ないようだ。
「リーダーなら出掛けてる。挨拶ってどういう意味だ?」
「こちらで商売をするのに、どうしてもアマツハムから荷馬車の往来が多くなりますわ。そんな時に毎回襲撃を恐れていては面倒ですし……。だったらいっそ、皆さんとは良好な関係を築きたい! というのが父の考えですわ。毎月皆さんに贈り物をさせて頂く代わりに、我が商会の荷馬車は狙わないで頂きたい、と。そんなお願いを、リーダーさんに直接させて頂きに参りましたの。」
「……リーダーは夜にならねぇと戻らねぇよ。俺が伝えて……」
「まぁ! でしたら、アジトで待たせて頂けませんこと? 積み荷も結構な量がありますので、わたくしも運ぶのを手伝いますわ。山の中をこれだけの積み荷を担いで歩くのは大変でしょうし。フフ、ちょうどウチの新商品で、荷物を楽に運べるものがあるんですのよ? ぜひ皆さまにも使って頂きたいですわー。」
アジトで待たせろと言い出したエリノアに、兄貴分の男は普通なら拒否するべきだった。
しかし返答より先に、そうなった場合の話をぐいぐい進め……
あくまでこちらの為を思っての気遣いの言葉を掛け……
あまつさえ自身も手伝うと言い出したエリノア。
男に考える暇を与えない話術は……ぶっちゃけ、詐欺師のそれに近いものだった。
リーダー格の男が断るタイミングを逸したのに気付いた時には、既にエリノアは他数名の男に、荷馬車から出した"荷物を楽に運べる商品"とやらの説明を始めていた。
***
「おぉう。さすが嘘の専門家のエリノアだ。口が上手いなー。」
「レティさん、それエリノアさんに聞かれたら怒られるっスよ?」
俺とクリープ、それに木箱を抱えたシャルは、近くの茂みに身を隠しその様子を観察していた。
「……エリノア、……大丈夫かな。」
「シャル、心配しなくて大丈夫だと思うぞ? なんてったってサキュバスだからな! 男を手玉に取るのはむしろ専門だろ?」
まぁ当人は幼女がお好きなんですけどね。
「……エリノア、……レティに信頼されてて、……うらやましい。」
「何言ってんだよ? シャルの事も信頼してんだぜ? 荷馬車の見張り、頼んだぞ。」
「……! ……うん。……がんばる。」
シャルはここに残ってもらう。
一人で残しておくのは少々心配でもあるが……
まぁ何かあれば木箱からクリープに"念話"が入るだろう。
山賊達が荷物を積んで荷馬車を離れた頃、俺とクリープはその後を追い、山に入った。




