第二十四話 泣き顔は見たくないの
「……無いな。エリノアー! そっちはー?」
「こちらもありませんわー。」
俺とエリノアは冒険者ランクを一気にDまで上げるべく、ギルドの壁一面にびっしりと掲示されている依頼書の中から、Cランク相当のものを探していた。
……が、条件に合うものが見つからない。
Cランク相当の依頼自体はあるのだが……
期間が数か月に渡る長期の偵察依頼だったり、冒険者ランクD以上限定等の制限があるものだったり……
あるいはもっとシンプルに『男性冒険者限定』と謳われていたり……。
「あのー……。」
俺たちが依頼書を見ながら頭を抱えていると、さっきの受付のお姉さんが声を掛けてきた。
「もし条件に合う依頼が無いようでしたら、明日の朝一番に来てみたらいいと思いますよ?」
「ん? 時間とか関係あんの?」
「はい。依頼は毎朝更新されますので。依頼の受注は早いもの勝ちなので、条件の良い依頼は取り合いになることもあるんです。」
なるほど。
今は昼前くらいだから、今日更新されたオイシイ依頼は既に他の冒険者に取られちまったってことか。
「しゃあねぇな。明日にすっかー。」
「そうですわね。妹さま方も待ってますし、明日出直しましょう。」
「んじゃ、エリノアは先に宿に戻っててくれ。俺はもうちょっと依頼を探してみる。」
「わかりましたわ。」
エリノアはそう言ってギルドを出ていった。
俺が残った理由は、半分はさっき言った通り、条件に合う依頼書を探すため。
もう半分は……冒険者ギルドの依頼書って、なんか見ててワクワクするじゃん?
俺の中の少年心というか中二心というか……。
お、魔導石の採掘依頼!
おぉ! こっちは新生ダンジョンの調査!
そんな風に俺が時間を忘れて依頼書とにらめっこしていると、入り口からドッタドッタといくつかの足音が入ってくるのが聞こえた。
「すみませんっ! いらいをっ! いらいを出させてくださいっ!」
妙に焦った声に目線を向けると、先ほど俺も利用した受付カウンターに四人の少年が押しかけていた。
少年たちはみんな俺より幼い。
たぶんコロネと同じくらいの歳かな?
「すぐにっ! すぐにおねがいしますっ!」
「お、落ち着いて! ね。どうしたの?」
先ほどのお姉さんが対応している。
俺はそのやりとりに耳を傾けた。
「あのっ! さんぞくをっ! さんぞくをやっつけてほしいんですっ!」
「えぇ!? 山賊!!?」
「そうですっ! おねがいしますっ!」
「アネキを! アネキを助けてくださいっ!」
「早くしないとアネキがっ……!」
少年たちは必死な声で訴えている。
アネキ……少年たちの姉だろうか?
「山賊って……この辺りを縄張りにしてる"マシューファミリー"のこと?」
「わかんないですけど……赤いかみの男のひと! あごにひげが生えてました!」
「……間違いないわ。リーダーのマシューね。」
お姉さんは今日何度か見た中でも一番の困り顔になった。
「憲兵も手を焼く連中よ? 討伐依頼となるとBランク相当になるけど、……依頼料は払える?」
「……これだけしかないです。」
お姉さんの言葉に、少年がカウンターに数枚の銀貨を出す。
「……残念だけど、これじゃ受けてくれる冒険者はいないと思うわ。」
「そんな……。」
少年たちは今にも泣きそうな顔になる。
……ったく! しゃあねぇな!
「お! おねーさん! 依頼が来たの?」
そんな少年たちの後ろから、俺は声を掛ける。
「さっき登録したわたしのお姉ちゃんがね、やっぱ明日の朝まで待てないって言うからさー! 今来た依頼があるなら受けさせてあげてよ! ね!」
俺の言葉にお姉さんも、そして少年たちもびっくりしている。
「……えっと、Bランク相当の危険な依頼ですよ? それに依頼料もこれしか……」
「でも別にランク制限無しの依頼なんでしょ? 実はわたしのお姉ちゃん、すっごい強いんだよー。モンスターの大群を、素手で皆殺しにしたんだー。わたしの地元じゃ『虐殺戦鬼のエリノア』って呼ばれてるんだよー。」
本人不在をいいことに、俺はデタラメを言う。
「お願い! お姉ちゃん、定期的に暴れないと発狂して誰彼かまわず喧嘩売るの! 依頼料とかどうでもいいからさ! 受けさせて! ね?」
俺の頼みに受付のお姉さんは遂に折れて、依頼書を作成し受注の判子を押した。
「……依頼を受けた以上は、何が起きても自己責任となってしまいます。でもくれぐれも無理はしないよう、お姉ちゃんに伝えてあげてね?」
「うん! ありがと!」
依頼書を受け取り、俺は冒険者ギルドを出る。
「あ、あのっ……!」
ギルドを出たところで背後から声が掛かる。
振り返ると、先ほど依頼を出した少年たちが不安そうに並んでいた。
本当に受けてくれるの?
なんで受けてくれるの?
本当に信じていいの?
疑問を口にしたいけど、できない。
口にして、気が変わったなんて言われたら最後の希望すら失われてしまうから。
そんな戸惑いの表情が並んでいた。
俺は逆に、少年たちに問う。
「なぁ……アネキって、ねーちゃんか?」
少年の一人が答える。
「血はつながってないけど……ぼくたちの大切な人です。としはぼくたちのよっつ上で……すっごくやさしくて、すっごくいいアネキなんです!」
オーケー。そんなら……
「じゃあ依頼料に追加を頼む。」
「えっ……おかねはあれだけしか……」
不安な表情になりかけた少年の鼻先に人差し指をぴっと当てて、
「ねーちゃんを無事助けたら、一日デートする権利。お前らから頼んでくれよな♪」




