第二十三話 せっかちなので待てません
「……レティ、……これは?」
「あー、これは反語表現だな。わざと疑問系で問うことで、断定を強めてるんだ。」
「……なるほど。……ありがと。」
霊峰の街"アッシズオーク"を旅立ち、一日馬車に揺られた俺達は、
次の目的地、交易の街"オーハマ・ヨーク"への旅程の途中、宿に泊まっていた。
宿の部屋は三部屋借りている。
エリノア、アイリス、コロネが一部屋。
クリープとロックウェルが一部屋。
そして……俺とシャルが一部屋。
「無理しなくてもいいんだぞ?」
「……うぅん。……無理してない。」
シャルは旅の間、俺が貸したライトノベルを翻訳しながら読んでいた。
ひらがな、カタカナの読みは俺がこの世界の文字で発音表にしてやった。
漢字までは教えられないので、辞書をいくつか出してやった。
それ以外はたまに質問されて答える程度で読み進められているようだ。
半端ない集中力と理解力だ。
俺はシャルの横顔を見る。
俺の出した"LEDランタン"の明かりが、白い肌を照らす。
左手の指で文字列をなぞりつつ、時折右手の辞書に目線を向け、また戻す。
その度に艶やかな前髪が揺れる。
「……レティ? ……なぁに?」
シャルが俺の目線に気づき、問う。
「ん? シャルが可愛いくて、見てて飽きないなーって。」
俺は本心を告げる。
「……あんまり、……そういうこと、……言わないで。」
シャルは目を伏せる。
え? 引かれちゃった?
「……どきどきして、……本の内容、……忘れちゃうから。」
見ると、シャルの頬はほんのりと染まっていた。
あーもー! 可愛いなちくしょー!
俺の身体が幼女じゃなかったらこの後めちゃくちゃ×××……!!!
***
――翌日。
「うわぁー! おねーちゃん! 見て! 海! 海だよ!!」
「すごいの! 広いの! おっきいの!!」
アイリスとコロネの言葉に、荷馬車の外に身を乗り出してみると、馬車が走る道の右手側に海の鮮やかな青色が広がっていた。
「おぉー! 絶景だな!」
白い砂浜に、煌々と照りつける太陽。
そして太陽光を反射してキラキラと光る海……。
アイリス達だけでなく俺のテンションまでも否応なく上がる。
「海が見えたということは、もうすぐ"オーハマ・ヨーク"ですわね。」
エリノアの声も心なしか楽し気に感じる。
そんな馬車の中、シャルの表情だけはあまり明るくないように思えた。
車中でずっと本を読んでたから酔ったのかな?
俺は不思議に思い、シャルに声を掛ける。
「シャル? 大丈夫か?」
「……わたしは、……宿で留守番してる。」
俺の問いに、シャルはいつものように短く答える。
「本もいいけどさ! せっかくの海なんだ! 泳がなくちゃ勿体ないぞ!」
「………ないの。」
シャルが小声で返事らしきものを返す。
ん? なんだって?
「……泳げ……ないの。……わたし。」
恥ずかしそうにそう答えた。
あー……カナヅチだったか。
「んー、じゃあ俺が泳ぎ方教えてやるからさ!」
そう笑顔で言うと、シャルはちょっとびっくりして俺を見た後、
「……じゃあ、……行く。」
小さくそう言った。
よし、これでシャルの水着が見られ……じゃなく!
これでシャルも一緒に海を楽しめるな!
「おねーちゃん! わたしも! わたしも教えてー!」
「ころねにも! おしえるの!」
俺とシャルの話を聞いて、妹二人も乗っかった。
二人ともカナヅチさんか!
まぁプールなんてない世界だし、内陸の生まれだと泳げる方が少ないのかもな。
おーおー。喜んで教えて差し上げますともさ。
***
俺たちを乗せた馬車は、交易の街"オーハマ・ヨーク"に到着する。
海に近い宿にチェックインして荷物を降ろす。
オーシャンビューを売りにしているだけあって、窓からの景色は最高だ。
さて。
今日のうちにやれることはやっておこう。
俺たちは街の中央にある、冒険者ギルドの門をくぐった。
あれ? 店間違ったか?
中に入ると木製の丸机がいくつも並べられている。
いくつかのテーブルでは、まだ昼前にも関わらず酒盛りが行われていた。
……うん。酒場だこれ。
「ほとんどの冒険者ギルドは酒場に併設されていますわ。」
そういうもんかねぇ……。
とりあえず酒の匂いがプンプンするこの店に、幼女を連れて入るのはちょっとまずいな。
クリープにシャルと妹達を連れて店の外で待つよう頼んでから、エリノアと共に店に入り直す。
……うん、まぁ俺も今は幼女なんだけどね。
「こんにちは。冒険者ギルド オーハマ・ヨーク支部へようこそ!」
カウンターに座ると愛想の良いお姉さんが対応してくれる。
「本日はご依頼ですか?」
「いえ、冒険者登録をしたいんですけど。」
俺が答えると、お姉さんは少し困った顔になる。
「えっと、ごめんなさいね。お嬢ちゃんの歳だと、冒険者にはなれないのよ。もう少し大きくなってからまた来てね。」
Oh……。まじかぁ。
「あの、わたくしは登録できますの?」
エリノアが俺の後ろからお姉さんに問う。
「あ、ハイ。登録可能です。それではこちらに必要事項をご記入下さい。」
エリノアは渡された羊皮紙にペンを滑らせる。
まぁ目的は情報だし、エリノアでもオーケーなんだが……。
冒険者……なってみたかったなー。
「はい。冒険者として登録致しました。」
エリノアが用紙を記入し、登録料を支払うとお姉さんが笑顔で受領した。
「さっそくなんですけど、冒険者向けの情報を見せて頂けませんこと?」
エリノアの要望に、受付のお姉さんはまた困った顔をする。
「すみません。冒険者向けの情報は、Dランク以上の冒険者の方にのみ開示できるようになっているんです。まずは壁に貼られている一般依頼を受けて、冒険者ランクを上げて下さい。」
げ! マジか!
うわー。メンドクセェ。
「手っ取り早くランク上げられないんですか?」
俺が問うと、お姉さんが更に困った顔をして、
「う~ん。Cランク相当の依頼を達成すれば、一度でDランク認定もあり得ますけど……やめた方が良いと思いますよ? まずはFランクの薬草の採取からはじめて、ある程度慣れたらEランクの荷馬車の護衛なんかで経験を積んで、一年くらい経ったらDランクの小型モンスターの討伐。そうやって実力と一緒にゆっくりランクは上げていくものなんです。」
「そっかー。うん、わかった! ありがとー、おねーさん!」
そう言って俺たちはカウンターから離れ、
壁に貼られた依頼の中から 迷 わ ず Cランクのものを探した。




