章末閑話:いつかアナタのとなりで
第二章完結。シャル視点の閑話です。
鬱っぽいのはニガテなんですが、シャルのキャラクターを掘り下げる為に書きました。
この子には幸せになって欲しい……。
あ、ストーリーは進まないので読み飛ばして頂いてもだいじょぶです。
わたしはシャル。
シャルピー=ロックウェル。
霊峰の街"アッシズオーク"の教会に従事するシスターで、魔族 物質種の【ミスリルゴーレム】で、そして……
"捨てられた子"だ。
***
一年前までは従者のクリープと一緒に暮らしていた。
クリープはじじ様の従者だった人。
じじ様が戦争で亡くなった後も、わたしのお世話をしてくれていた。
「ロックウェル様には生前、お世話になったっスからね! 当然スよ!」
クリープはそう言ってくれてたけど、正直わたしは不安だった。
幼いわたしは、何も出来ない。
クリープにお給料も払えないし、役に立つ特技もない。
いつか『おまえの面倒なんかみてられない』って、捨てられちゃうんじゃないか、って……。
***
ある日、クリープは帰ってこなかった。
夕方になっても、夜になっても……。
わたしは夜中のアッシズオークの街を、クリープを探して走り周った。
わたしの中にある小さな不安が、だんだんと大きな声となって私に告げる。
捨てられた、捨てられた、捨てられた……。
走り疲れた私は、夜中の街道に座りこんだ。
心も身体も疲れ果てて、意識が朦朧としていた。
手のひらを見ると、指の先が水晶のように変化していた。
"魔族化"……。
魔族の"力"を使ったり、生命の危機や感情の昂ぶりによって起こる"身体の変化"。
あぁ……こんなところ"人間"に見られたら、捕まっちゃうな……。
「あー、君。こんな時間にどうしたんだね?」
ビクッ!
突然掛けられた声に、わたしは両手をさっ、と背中の後ろに隠す。
声のした方を向くと、夜中の街道におじいさんが立っていた。
見られて……ないよね?
「儂はこの先の教会で司祭をしておるバチェラーという者なんだが……もしかして"捨て子"かな?」
――ズキンッ
バチェラーと名乗ったおじいさんの言葉に、わたしの胸が痛む。
「もしそうなら、儂のところへ来なさい。」
おじいさんはそう言って、わたしを教会へと引き取った。
***
それからは、司祭さまの元でシスターをしていた。
……いや、"シスター"なんて数ある仕事のうちのひとつでしかない。
司祭さまがわたしに与える仕事は、シスター以外にもたくさんあった。
清掃、配達、ゴミ処理……。
それこそ、眠る暇もない程に……。
それだけ働いても、わたしが貰えるお給料はほとんどない。
正直に言えば辛かった。
でも……仕事をしている時は、少しだけ気が楽だった。
きちんと仕事をしている限り……『おまえなんか要らない』とは言われないハズだから……。
***
「おーい!」
ある日、いつものように"仕事"をしていると、女の子がわたしに声を掛けてきた。
……誰だろう? この街の人ではないみたいだけど。
仕事の休憩に入り話を聞く。
彼女はレティ。
どうやら魔族の……それも先代魔王さまの娘らしい。
彼女が聞きたかったのは、"魔王の娘"について"特別な事情"を知らないか、ってことみたい。
「……確かに不自然。……でも、……心当たりはない。」
「ん。そうか。」
わたしがクリープなら知ってるかもと言ったら会いたいと言われたが、わたしは無理だと答えた。
ごめんね。
わたしはやっぱり今回も、何の役にも立てなかったみたい。
「ん~。それならシャル。俺らと一緒に来ないか?」
「……?」
レティはわたしを見て問う。
事情が分かって安心できるまでは、一緒に居た方がいいと。
「俺らと来れば、とりあえず食うのに心配はいらないぞ?」
レティは右手を握ると、手品みたいにパンを出してくれた。
わたしにそれを手渡し、食べるよう促す。
「……! ……おいしい。」
すごく……すごく美味しかった。
そして……不思議だった。
どうしてわたしなんかに、一緒に行こうって言ってくれるの?
どうして優しくしてくれるの?
わたしは役立たずなんだよ?
「……でもダメなの。……"司祭さま"の言いつけだから。……わたしは仕事しなくちゃ、……ダメなの。」
……わたしは逃げた。
優しく差し伸べられた手を、取るのが怖くて……。
それがいつか……離れていってしまうのが怖くて……。
仲良くなってからの『サヨナラ』は……とっても"痛い"から……。
それならわたしは……痛くない『サヨナラ』を選ぶ。
「……ありがとう。……すごく、……おいしかった。」
そう言ってわたしはレティに背を向け、仕事に戻った。
さよなら。きっともう会うことも無い、優しい子……。
***
「シャル。」
二日後の朝。
わたしが朝の新聞配達を終えた頃、聞き覚えのある声が、わたしの背に掛けられた。
振り返ると……レティが居た。
レティは驚くわたしの手を引き、裏路地に引っぱって行く。
「今から伝えることは、もしかしたらシャルにとってすごくショックなことかも知れない。でも聞いてくれ。」
そう言って、レティは話してくれた。
司祭さまが、わたしが魔族であることに気付いているコト。
それを利用してお金を稼がせているコト。
そのお金を、自分の為に使っているコト。
「……どうして?」
「そうだよな。あの司祭、どうしてこんなヒドイ事が出来んのか……」
「……そうじゃ、……ないの。」
「ん?」
そう。
「どうして……わたしなんかに……ここまでしてくれるの?」
少し考えただけでもわかる。
これだけの証拠を集めるのに、どれだけ苦労してくれたか……。
「……わたし、……アナタに、……何もしてあげられないよ?」
わたしの言葉に、レティはわたしを見る。
そして少し考えてから、微笑んで告げる。
「笑ってくれりゃ、それでいい。」
「……え?」
「これでシャルがいつか、笑ってくれるならそれでいい。別に俺が見てる前じゃなくていい。シャルがいつか、辛かったコトを忘れて笑ってくれんだったら、報酬としちゃそれで十分だ。」
!!
「……そんなコトの、……ために?」
「そんなコト? 幼女の笑顔は地球より重いんだぞ?」
大真面目な顔でレティは告げる。
わたしは泣きそうになるのを堪えるのに必死だった。
本当に何なんだろう? この子は……。
たぶんわたしはこのときもう、心に決めていたんだ。
この子に……レティについて行こうと。
このとびっきりお人好しで優しい女の子と、ずっとずっと一緒に居たいと。
そしていつか……わたしの百点満点の笑顔を、すぐとなりで見せてあげようと。
空っぽだったわたしの心の中に、火が灯ったような気がした。
見ててね、レティ。
きっとレティのとなりにいて恥にならない、立派な女の子になるからね。




