第二十話 ごめんなさいは膝の上で
「【ミミック】て……」
突然言葉を発した木箱を前に俺が呟くと、それを疑問と受け取ってエリノアが説明する。
「【ミミック】は低級の魔物ですわ。宝箱に擬態して殆ど動かず、近づいた生物を捕食する生態を持ってますの。」
いや、そりゃ知ってるけど……。
あ、ちなみに"魔族"と"魔物"は全然別らしい。
以前エリノアに違うの?って聞いたら「失礼しちゃいますわ!」ってぷりぷりしてた。
「……じじ様?」
シャルが木箱に向かって呟く。
「お? おぉ!! シャル!? シャルか!!? おぉぉぉぉぉぉ!! 会いたかったぞシャル!!」
おぉ……、木箱のフタがパックンパックンしてる。
「……じじ様。……久しぶり。」
「おぉ!! 久しぶりじゃな!! 元気か!? ケガや病気はしとらんか!? おぉ!! またシャルに生きて会えるとは……何という幸運じゃ!!」
木箱はシャルを見るなりピョンピョンと跳ねて喜んでいる。
箱のくせによく動くなコイツ。
「あぁ! ロックウェル様! あんまり動くと回復が遅れるっスよ!」
「バカ者! 数年ぶりの親子の再開じゃ! 感極まって回復どころでは無いわ!!」
クリープが慌てて止めるが、木箱は聞かない。
「回復が遅れる……?」
「そうっス。ロックウェル様はミミックの身体を乗っ取ったとはいえ、自爆で魔力を殆ど失った状態っス。だから一日のうち起きていられるのは一時間程度なんスよ。」
マジか。
しかしそれなら悠長に感動の再開を眺めているわけにもいかんな……。
「あ~、ロックウェルさま? ちょいといいですかね?」
俺はシャルの膝に抱えられて嬉しそうな木箱に話しかける。
「ん? なんじゃお主は?」
「えーと、魔王の娘、って言えばわかります?」
「おん? ……おぉ! ランドルト王の娘か!! ほ~! 大きくなったのぉ!」
親戚のおっさんか!
「あ~、悪いんですけど、ちょっと質問いいですかね?」
俺の頼みに、しかし木箱はぷいっ、と背(?)を向ける。
「ダメじゃ! 今ワシはシャルとの再会の感動を噛みしめておる! 話は明日にしてもらおう!」
イラッ。
このクソ木箱が……。
まぁそんなら仕方ねぇ。話の主導権を握ろう。
「あー、そうですか! せっかく楽しい話をして差し上げようかと思ったんですけどねぇ! ど っ か の 誰 か さ ん が 考え無しに従者呼びつけたせいで苦しい思いをしてた可哀想な娘さんの話とかを!」
「……なんじゃと?」
木箱の気配が変わった。
俺は追撃だとばかりに言葉を続ける。
「アンタがクリープを呼びつけた後、シャルがどんな思いしてたか知ってるか? ある日突然、何の説明も無く、この街に一人取り残されたんだ。いや、それだけじゃねぇ。傲慢な司祭に寝る間もなく働かされてボロボロだったんだぞ?」
「な、何じゃと!? ……お、おのれ人間め! 今すぐ制裁して……!」
「それはもう済んだ。……だが元を辿ればアンタが従者を無理やり呼びつけたせいだろ? まずはシャルに詫びんのが先じゃねぇのか?」
「うっ……ぐぬ。」
木箱は言葉に詰まる。
こんだけ溺愛してる娘を、自分の行動で苦しめてしまったことに自責の念を感じているのだろう。
「……シャル、すまぬ。ワシが悪かった。」
「……じじ様。……わたしはいいの。……だから、……レティの話、……聞いてあげて?」
シャルが俺にウィンクする。
うん、やっぱこの子かしこいわ。
俺の意図をばっちり汲み取ってくれた。
……そしてウィンクにちょっとドキっとした。可愛い。
シャルは膝の上の木箱をくるっと回し、俺に対面させる。
「ランドルトの娘よ。シャルを助けてくれた事、礼を言う。そしてワシの行動が浅はかだった……すまぬ。」
木箱はすっかりしおらしくなった。
「して、質問とはなんじゃ?」
木箱が俺に問う。
ふぅ。ようやく話が出来るようになったな。
俺は木箱に、これまでの経緯を話した。
魔族復権推進派からの襲撃と、その違和感について。
「で、何か俺らを狙う特別な事情について知らないか? って話なんだが……」
そこまで話すと、木箱は考え込むように黙った。
そしてしばし逡巡した後、告げた。
「……ひとつ、心当たりがある。」




