第十九話 探し物はどこですか?
「お嬢!すんませんっした!!」
クリープと呼ばれた男を連れ、俺たちは連泊している宿へと戻っていた。
アイリスとコロネはメロンパン販売で疲れたようで、宿に着くなり眠ってしまった。
部屋に入り大きな荷物を下ろすと、クリープは開口一番シャルに謝罪し、全力で土下座した。
おぉ。この世界に来て初めて見る土下座。
つかこの世界にも土下座あんのね。
「従者でありながらお嬢を置いて一年も……ホント、申し訳ありませんっした!!」
クリープは尚も謝罪を繰り返す。
あ、ちなみに俺らが魔族だってことは、宿に来るまでに話してある。
……と、そこへエリノアがポットとティーカップを運んでくる。
そうそう。お茶でも飲んで落ち着いて話を……
「ホ ン ト ! どういう神経してらっしゃるんでしょうねぇ!! 従者が主人を置いて遠出なんて! しかもこんなに! こんなに幼くて可愛いシャルさんを一人で置いていくなんて!! わたくしだったら絶対に致しません!! まったく! 魔族の風上にも置けませんわ!!」
エリノアがティーカップを握りつぶす勢いでクリープを責める。
ちょ、ティーカップにヒビ入ってっから! やめろって!!
「まぁ待てってエリノア。まずはコイツの言い分を聞いてからだ。」
このままじゃ話が進まんと思い、俺が割って入る。
俺はクリープを一瞥する。
外見や喋り方はチャラそうに見えるが、部屋に入るなり謝罪を口にしたコイツは、そこまでのクズ野郎には見えない。
それにもしコイツをぶん殴る権利があるとしても、それは俺やエリノアではなくシャルのはずだ。
「なぁクリープ。事情があったんだろ? 話してくれないか?」
俺が促すと、クリープは苦い顔で話し始める。
「一年前のその日、オレはいつものように街に買い出しに出ていたっス。」
まぁ従者だもんな。
「街を歩いていると、不意に頭の中に"声"が聞こえたんス。」
「声? ……って、もしかして"念話"ってやつか!?」
エリノアが前に説明してくれた。
確か……離れた場所にいる者と連絡を取る高位の呪術だっけ。
「はいっス。最初は呻き声みたいなモンだったんすけど……よく聞いてみるとそれは聞き覚えのある声だったんス。微かな声だったっスけど、それは間違いなく……"ロックウェル様"の声だったんス!」
"ロックウェル様"……シャルと同じ姓で、クリープが"様"を付けて呼ぶってことは……
「まさか……! 魔王軍幹部の……【オリハルコンゴーレム】のロックウェル様ですの!?」
エリノアが驚愕して問う。
「でもロックウェル様は、人間の軍勢に攻められた際にお亡くなりになったんじゃ……!?」
「オレもそう思ってたっス。でもその声は明らかにロックウェル様のものだったんス。」
クリープは頷いて続ける。
***
(ロックウェル様!? ロックウェル様なんスか!?)
(クリープよ……聞こえるか……?)
(聞こえるっスよ! ご無事だったんスね!?)
(……返事は無いか。)
(え? 聞こえてるっスよ!)
(……何も見えぬ。……何も聞こえぬ。……クリープよ、すぐに来い。)
(え!? ちょ、お嬢どうするんスか!? 置いてっちゃマズいスよ!?)
(……すぐに来い! ……今すぐにだ!)
(ちょ! ロックウェル様!? ロックウェルさまぁーー!!?)
――ブツン。
***
「ロックウェル様の一方通行な念話に呼ばれて、オレはお嬢を置いて街を出たんス。オレも必死で抵抗したんスけど、"血の盟約"で命じられちゃ逆らえなかったんスよ。そんなワケで……お嬢、マジすんませんっした!!」
クリープは再び土下座する。
つってもこれ、完全な不可抗力だよね?
むしろ悪いのロックウェル様じゃね?
「それで、ロックウェル様は見つかったんですの?」
「はいっス。一年掛かったスけど、なんとか見つけました!」
クリープが答える。
しかし生きてたんなら何でもっと早くに発見されなかったんだ?
俺の納得いかない表情に気付いたらしく、クリープが付け足す。
「ロックウェル様は、人間の軍勢に攻められた際、最後に"自爆"したんス。」
自爆!?
「周囲数百メートルを更地にする程の爆発だったんスけど……オレは思ったんス。もしロックウェル様が生きてる可能性があるとすれば、自爆の際に運良く"コア"だけがどこかに飛ばされたんじゃないかと。だからオレ、魔族領に戻ってロックウェル様を探したんス。」
エリノアはその話に驚きながらも補足する。
「【物質種】はコアがあれば最低限の自己保存が可能らしいですわ。でも……コアだけでは活動は不可能。食事も移動も出来ず、通常は時間と共に消滅してしまうハズでは……?」
クリープは頷く。
「そうっス。短期間ならともかく、数年を経て生存しているってのは普通じゃあり得ないコトなんス。だから残るのは……"何らかの方法で他の生物の体を借りて生存してる"って可能性だと思ったんスよ。」
「体を借りる!? そんなコト出来んの?」
俺の言葉に、クリープは深く頷いて続けた。
「魔族の文献にある事例なんスけどね。強い力を持った物質種のコアを弱い魔物が取り込んだ場合、それを内側から乗っ取ることが稀にあるらしいス。」
マジか……。
つまりロックウェルは他の魔物に運良く取り込まれて、その体を乗っ取ってたのか。
「……クリープ……じじ様、……見つけ……たの?」
シャルはクリープを見つめる。
「見つけてなきゃ、申し訳なくてお嬢の元に戻れなかったっスよ。ちゃんと見つけたっス! ご存命っスよ! 余りにも元と違う見た目なんで、見つけるのに時間が掛かったっスけどね。」
クリープの言葉に、シャルは明るい表情を見せる。
「で? その"弱い魔物"って?」
俺の問いに、クリープは視線を部屋の隅に向ける。
「"アレ"っス。」
そこにはクリープが背負っていた大きな荷物が置かれていた。
……は?
アレって……この荷物が?
俺は荷物を包んでいる梱包を解いていく。
厳重に包まれたその荷物の正体は……
「……箱?」
箱だ。
木で作られた大き目の箱……にしか見えない。
「そろそろ"起きる"と思うっスよ。」
クリープがそう言ってしばらく待つ。
すると……
「ふぁ~~~あ! ん? 着いたのか?」
喋った!!?
木箱が喋った!!?
その場にいる全員が驚く中、クリープが告げる。
「ロックウェル様……【ミミック】に食われちゃってたんスよ。」




