第十八話 美味しい天使たち
――翌日。
その日はこちらの世界での"日曜日"に当たる日らしく、街は外出する人々で賑わっていた。
天気は快晴。行楽日和だ。
街の中央に位置する教会にも、多くの信者が礼拝に訪れていた。
そんな教会前の広場に、俺たちは集まっていた。
俺たちの背後には、教会から借りたイベント用の大きなテントが張られている。
因みにテントもこの場所も、司祭のバチェラーに"相談"したら"快く"貸してくれた。
「んじゃ、そろそろ始めっか!」
時刻は正午の少し前。
そろそろ教会から礼拝を終えた信者が出てくる時間だ。
俺たちはいそいそと"開店準備"を始める。
シャルがテントの前に"A型ブラックボード"を立てる。
カフェとかレストランの前に『今日のメニュー』とか書いて出してあるアレだ。
アイリスとコロネがテントの奥から大きなプラスチック製の入れ物(『番重』と言うらしい)を、テント前側に用意した机に運んでくる。
最後に俺とエリノアがテントの屋根から布製の"横断幕"を垂らせば……
「わぁー! すっごーい!」
「すごいのー!」
『即席メロンパン販売所』の出来上がりだ!
……まぁ即席と言っても看板やら横断幕は事前に作っておいたわけだが。
"横断幕"には"極太油性マーカー"でカラフルな文字が並び、でかでかとメロンパンの絵も入っている。
「完璧ですわね! きっと売れますわ!」
エリノアが俺を見る。
まぁ苦労して作ったからな。
が!
これで終わりだと思うなかれ!
「完璧? オイオイ、最後のピースがまだだろうが。」
「最後のピース? まだ何か必要ですの?」
俺はニヤリと笑う。
そう。
商売をする上で重要な要素は揃えた。
『立地』……人通りの多い街の中心地。抜群だ。
『ロケーション』……天気の良い日曜の昼前。最高だ。
『商品』……異世界のメロンパン。もちろんこの世界では超絶ウケるだろう。
『宣伝』……地味な看板ばかりのこの世界でカラフルなこの店はそれだけで目を引く。
だが! 俺はやるからには妥協はしない!
最後のピースはもちろん!
「『制服』だッ!!」
俺は目をカッ、と見開き、次々に"エプロンドレス"を出現させる。
シャルには水色を基調としたギンガムチェック。
アイリスにはイチゴをイメージした赤地に白の水玉。
コロネにはピンクに白のエプロン、紺色のリボンを添えて。
「わぁー! かっわいー!!」
アイリスが嬉しそうにくるりと回る。
スカートの裾がふわりと広がってなんとも絵になる。うむ。
「ふぉぉ! ふりふりなの!」
コロネがスカートを手で掴んでぱたぱたする。
ちょ、はしたないぞ! 可愛いけども!
「……ちょっと恥ずかしい、……でも、……可愛い♪」
シャルも嬉しそうにはにかんだ。
照れた表情と合わせ技一本で最高に可愛い。
制服に身を包んだ三人。
そんな三人を見てエリノアはさっきから「可愛いですわー!!!」と狂喜乱舞している。
フハハハハ!
どうだ異世界よ!
この天使達の提供する至高のメロンパンだぞ?
素通りできるものならしてみるがいい!!
***
……うん。
大繁盛だったよ。
大繁盛だったんだけど……解せぬ。超解せぬ。
なんでエリノアが一番ウケが良いんだよ……。
そりゃエリノアだけいつもの服じゃバランス悪いと思って出したよ? 制服。
白黒ミニスカートのテンプレ的メイド服。
"なんとかホーテ"で四千円くらいで売ってるようなやつをさ。
な の に !この世界の男どもときたら!
エリノアの客引きに鼻の下伸ばして買いに来やがって!!
あれだな。今度異世界向けに幼女講習会を開催せねばいかんな。
メロンパンも用意してた分じゃ全然足りなくて、途中からテント裏で補給係しか出来てなかった。
もうひたすら右手を握って開いて握って開いて……。
時間の感覚も無くなる程集中してたわ。
くそぅ……右手が筋肉痛でだるい……。
「おねーちゃん、おつかれさま! 大丈夫?」
「れてぃねぇ、おつかれなの。」
アイリスとコロネがテント裏に顔を出す。
「ん、大丈夫だ。アイリスとコロネもご苦労さん。疲れただろ?」
「全然へーきだよ! 楽しかったもん!」
「そうなの! おきゃくさんいっぱいでお祭りみたいだったの!」
アイリスとコロネは元気そうだ。
「おつかれさまですわー。もう、こんなに繁盛するなんて思いませんでしたわ!」
「……レティ、……お疲れさま。……大丈夫?」
エリノアとシャルもテント裏に来る。
どうやらあの長蛇の列は消化しきれたみたいだ。
気づけばもう日が傾きかけている。
「おかげさまで十分すぎるくらいの売り上げが出ましたわ。」
「どんくらい?」
「この世界の平均的な年収くらいですわね。」
「……マジか。」
最初はエリノアに釣られた男共ばかりだったが、途中から口コミで主婦やらも買いに来てたからな。
その上、商品の仕入れ値がゼロ円だ。そりゃ儲かるわな。
つーかまぁ、金儲けの手段自体はぶっちゃけ何でも良かった。
だが大量の貴金属とか明らかなオーバーテクノロジーなモンは避けたかったのも事実。
魔族復権推進派に追われてるかも知れない状況で、変な目立ち方はしたくなかったからな。
そういう意味じゃ、メロンパンはちょうど良かった。
あとはまぁ……『幼女のパン屋さん』って可愛いじゃん? っていう俺の趣味だ。
「んじゃ、今日はここで店じまいにすっか。看板片付けてくるわ。」
「じゃあわたくし達は、テントを教会に返してきますわ。」
俺はテントを出る。
日中はあれだけ沢山の人がいた広場は、日が沈んで閑散としていた。
「あ! すんません! もう閉店っスか!?」
俺がA型ブラックボードを畳んでいると、背中に大きな荷物を背負った一人の若い男が声を掛けて来た。
口コミを聞いて来てくれたのだろうが、残念。一歩遅かったな。
「今日は閉店ですねー。また来て下さいー。」
俺はそう言って男を帰そうとする。
しかし男は食い下がった。
「そんなぁ! なんとか売ってもらえませんか? この店で売ってるパンが天にも昇る味だって聞いたんスよー!」
そう言われて悪い気はしない。
が! 今日の俺はもう仕事しないって決めたんだ!
「すみませんけど売り切れなんですよー。」
「そこをなんとか! 一年前この街に置いてったお嬢に、手土産の一つでも持って行かないとオレ、
会わせる顔が無いんスよ!」
そう言われてもなー。
……ん?
「……今、なんつった?」
「だからぁ、手土産を買って行かないと会わせる顔が無いって……」
「違う! その前!」
襟を掴んで前後に激しく揺さぶる俺に、男は狼狽えながらも、
「ぅえー? 一年前この街に置いてったお嬢……」
「そこ!! なぁアンタ。そのお嬢ってまさか……!」
「……クリープ?」
後ろからの声に振り返ると、横断幕を丸めて抱えたシャルが、目を見開いて立っていた。
「え? お、……お嬢!!? こんなトコで何やってんスか!?」
あー……、やっぱそーゆー展開?




