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魔王の長女に転生したけど平和主義じゃダメですか?  作者: 初瀬ケイム
花降り編 最終章 はるかぜとともに
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第五十三話 桜色の招待状

 魔王選定選挙の投票日当日――。


 その日は朝から多くの人々が投票所に赴いた。


 ログマー候補の掲げる"人間との和睦"。

 ガリオン候補の掲げる"人間との敵対"。


 魔族の今後を大きく左右する選挙だけあって、民衆の関心も高い。

 各街に設置された投票所には朝から長蛇の列が形成された。


 どの街の投票所でも、投票期限の夕刻まで人々の出入りは途絶える事は無かった。


 投票期限を過ぎると、各街での投票結果は集計され、高位呪術の"念話"によって王都の選挙管理委員会本部へと運ばれた。


 選挙管理委員会による厳正な総集計が行われたのち――

 各陣営、そして魔族領全土へと、選挙結果が報じられた。


 "魔王"の座に選ばれたのは……


***


――ドンドンドンッ!


 投票日の夜――。


 俺が泊めてもらっている屋敷……つまりシュレムとログマーさんの家の扉が、乱暴に叩かれた。


「はーい。」


 俺はその来客に対応すべく、ドアを開ける。


 まぁ開けなくても、誰が来たのかは凡そ察しがつくけどな。


――ガチャリ。


 ドアの外に立っていたは……


「あら。ガリオンさん、こんばんはー。」


 魔王選定選挙の敵対候補――"ガリオン"だった。


 ……いや。

 敵対候補"だった"、が正解か。


「……何をした?」


「はい……?」


「何をしたかと聞いているんだッ!!」


 ガリオンの表情には、憎悪と焦燥が浮かんでいた。


 呼吸は荒く、以前会ったときには整っていた髪も乱れている。


「大丈夫ですかぁ? 目が真っ赤ですよ? 寝てないんですか?」


 相変わらずの猫かぶりモードで応対する俺に、ガリオンは掴みかかる勢いで吠える。


「とぼけるなッ!! 貴様がッ!! 貴様が何かしたのだろうッ!! でなければ……でなければ何故!! 私が"敗ける"のだッ!!」


 認められない――。

 いや、認めたくないと慟哭するガリオン。


 そう……。

 ガリオンは敗れた。


 魔王選定選挙に勝利したのは、シュレムの親父さん……ログマーさんだった。


 この結果は既にこちらの陣営にも、もちろん魔族領全土にも報じられている。


 今更何をしたとしても、ガリオンは魔王の座に就くことは出来ない。


 それでも……

 それでも理由を聞かねば納得出来ない。


 ガリオンが訪れたのは、そんな想いからだろう。


 選挙ってのは、蓋を開けなければ結果のわからないギャンブルじゃない。


 選挙活動を通じて自陣営の立ち位置というのは凡そ分かる。


 優勢か、劣勢か、或いは接戦になるか……。


 その感覚で言えば、ガリオンは自陣営の勝利を確信していたのだろう。


 ……少なくとも、"昨日"までは。


 やれやれ、と。

 俺はため息をひとつ吐いてから、猫を被るのをやめてガリオンの問いに応じる。


「んー。まぁ強いて言えば"一挙放送"かな。」


「いっ……きょ……?」


「そう。よく動画サイトとかでよくやってんだろ? 一話から最終話までダァーーっと一気に生放送するアレ! あれ最後まで見ると達成感あるけど眠気がハンパないんだよな~。」


 うんうん、と一人で納得する俺。

 だがガリオンには当然理解出来る筈も無い。


「何だ……何を言っている!?」


 混乱するガリオンに、俺は告げる。


「だから言ってんだろ? 一挙放送だって。まぁお借りしたのは動画サイトじゃなくて……魔族の皆さんの"夢"なんだけどな。」


 そこまで言うと、ガリオンはハッとした顔をする。


「まさか……あの小娘の"力"かっ!?」


 その言葉を聞いて、俺はニヤリと笑う。


「ん。正解。」


 そう。

 使ったのはシュレムの"夢渡り"の力だ。


 それを使って、魔族領に住む人々に呼びかけたのだ。


 その結果……一夜にして選挙結果が覆った、と。


「その"力"で……貴様が演説を行ったというのか……!!」


 そう言って俺を睨むガリオンに、俺は訂正する。


「あぁ、違う違う。俺はそんなことしてねぇよ?」


 俺はガリオンに付けられた"公言封じの首輪"に触れる。


 コイツが夢の中にまで効力を発揮するかはわからねぇが……一応約束だからな。

 俺はこの選挙について、表舞台には一切出ちゃいない。


「見てもらったのは……"あの子たち"だよ。」


 そう言って、俺は屋敷の奥に目をやる。


 ここからは見えないが……

 屋敷の奥では、ログマーさんの当選をお祝いしようとパーティーの準備をしている幼女たちの楽しげな声が聞こえた。


「知ってるだろ? 俺たちは今まで人間領で暮らしてきた。その中であの子たちがした"経験"……。それをそのまま……"見て"もらったんだ。」


 そう。

 うちの幼女たちは戦後、人間領で暮らしてきた。

 それを包み隠さず、そのまま見てもらったのだ。


 アイリスの"力"――記憶を映像化する"追想の魔眼(メモリアライズ・アイ)"の力を――

 ミリィの"力"――"スキルリンク"で幼女たち全員に繋いで――

 シュレムの目を通して、魔族領に住む人々に届けたのだ。


「経験を……見せただと……!?」


「そ。あの子たちのしてきた経験を……な。」


 だがこれは、必ずしもこちらに利することとは言えない。

 

 ログマーさんが掲げるのは"人間との和睦"。


 そしてうちの幼女たちが経験したことは……どちらかと言えば、人間によって苦しめられた割合が大きいのだ。


 シャルは人間によって強制労働を強いられ、


 ロロは人間の山賊に身売りされる寸前だった。


 グリムは人間の目に晒される恐怖から屋敷に引き籠っていたし


 ミリィは人間領の王城にひとりぼっちで幽閉されていた。


 だが、それでも……


 それでもあの子たちは――願った。


 人間と仲良くしたいと。

 人間と分かり合いたいと。


 そうして――あの日。

 終戦記念日の"舞台(ステージ)"――。


 罵詈雑言に晒されながらも、必死に届けたあの子たちの(ことば)は――


 多くの人の胸を打った。


 そして……今あの子たちは、人間領で暮らしている。


 ……ここまで見て貰えれば、魔族領の人々にも伝わるはずだ。


 人間と魔族の"和睦"――

 その実現は――"可能"だと。


「今回の選挙ってさ……アンタとログマーさんで、"討論(ディベート)"やってたようなモンだろ?」


「……"討論(ディベート)"?」


「そう。人間と魔族の和睦は"可能か否か"、ってな。」


 真向から対立する公約――

 今回の選挙は、それをお互いが、より説得力のあるよう伝えていたに過ぎない。


「じゃあ"出来る出来ない"の"討論(ディベート)"において、最強の切り札(カード)って何だと思う?」


 困惑するガリオンに、俺は瞳を閉じて告げる。


「"出来た"っていう"実証"だ。」


 そうなのだ。

 これを出されてしまうと、"出来ない"を主張するのは最早不可能なのだ。


 あの子たちが勇気を振り絞って踏み出した平和への一歩――。


 その小さな一歩は、この世界において変えようの無い"事実"となった。


 そう。

 最初から俺の演説(ことば)なんて必要なかったのだ。


 あの子たちが歩いた道が、そのまま魔族領に住む人々の"道しるべ"となってくれた。


「ぐっ……くぅぅ……!!」


 悔しそうに奥歯を噛み締めるガリオン。


「だが……だが……!!」


 ガリオンはそれでも、まだ納得出来ないといった風に俺を睨む。


「ならば……ならばどうやって!! それほどの人々に"力"を使ったのだ!?」


 目を血走らせながらガリオンは問う。


「あの小娘の"力"には魔力を込めた"呪印"が必要な筈だ! それ程の多数の呪印を作れる筈が無い! ……いや、それ以前に!! "眠る前半日以内"に見せねば、呪印の効果は無い筈!! 貴様らの行動は常に監視していたが、そんな素振りは見せなかったではないか!!」


 おーおー。

 さすが慎重派のガリオンだ。

 相手の持つ"力"についてもよく調べてるらしい。


 ……そう。

 ガリオンの言う通りだ。


 呪印は精密なもので、一枚作るのに半日ほど掛かる。

 選挙結果に影響する程の枚数を作るのは困難だろう。


 そしてシュレムの"夢渡り"の力を使うには、相手に魔力を込めた"呪印"を、眠る前半日以内に見せる必要がある。

 ガリオンに監視されていた中で、それらをいつ見せたというのか。


「まず呪印の量産だけど……説明しても分かんねぇと思うけど、俺にとっては簡単なんだ。」


 精密に刻印された"呪印"――。


 しかしその原料は、所詮"紙とインク"だ。


 そして――


 現代の印刷技術ってのは、"精密な大量印刷"をいとも容易く実現する。


 "ノートPC" "スキャナ" "プリンター"――。


 この三機器さえ揃えば、ご家庭でも余裕で大量印刷が可能だ。

 ……まぁ全部がUSB接続だったせいで、ノートPCのモバイルバッテリーをひっきりなしに交換する必要はあったけどな。


 ちなみに、本当に"呪印"としての効果があるのかは不安だったから、お昼寝していたコロネに実験してもらった。

 結果、問題無く機能することが確認出来たってワケだ。


「では……では呪印を有権者に届けたのは何時だ!?」


 最後の問いを放つガリオン。


 そんなガリオンに、俺は微笑んで告げた。


「……郵便屋さんに頼んだんだよ。」


「郵便だと!? う、嘘をつけ!! 貴様らが郵便物を投函などすれば、すぐに報告がある筈だ!!」


 まさか部下が報告を漏らしたのか!? と焦るガリオンに、しかし俺は微笑みを崩さず言う。


「ホントだって。預けてすぐに配達に出発してくれて、地形も関所も領地の堺もぜーんぶ無視して、魔族領全土に運んでくれる有能な郵便屋さんだ。」


「そ、そんな者がいるわけが……!!」


 無い、と言おうとしたガリオンは、そこでハッとした表情をする。


 俺の発した言葉に、聞き覚えがあったのだろう。


 "魔族領全土に運ぶ"。


 その言葉を、ガリオンはつい最近(・・・・)聞いた筈だ。


(――知ってますか? このロッカ山から吹き降ろす風は、魔族領全土に春を運ぶ"春風"になるそうですよ?)


「まさか……!!」


(――あ、それから! この場所は"お花見"の名所でもあるらしいです!)


「まさか……まさか……!!」


(――ね? まるで舞い散る花びらみたいで綺麗でしょ?)


「あの時の……"紙吹雪"……!?」


「ん。ご名答。」


 俺はポケットから、あの時の紙吹雪と同じ紙片を取り出す。


 二センチ四方ほどに切られたその紙片には――ゲームやアニメに出てくる"魔法陣"のような図形が刻印されている。


 魔族領の春風の風速は十二メートル毎秒の"強風"だ。

 半日もあれば、五百キロの彼方まで紙吹雪を運んでくれる。


 街道で、草原で、水面で――

 少しだけ早いその"春の知らせ"を人々がちらりとでも目にしたのなら……


 それがそのまま、夢の上映会への招待券(チケット)となる。


「そんな……そんな……ことが……!!」


 全てを理解したガリオンは、膝を付いて崩れ落ちた。


「……長年戦争を続けてきた魔族領の人々にとって、アンタの掲げた"人間との敵対"ってのはある意味じゃ"現状維持"だ。リスクを避けたい人々が、その公約に惹かれた気持ちも分かる。だけど……」


 俺は少しだけ俯いた後、顔を上げて告げた。


「だけど、そんな人々の凍った気持ちは……もう溶けたんだ。あの子たちの想いを乗せた……暖かな"春風"によって、な。」

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