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魔王の長女に転生したけど平和主義じゃダメですか?  作者: 初瀬ケイム
花降り編 最終章 はるかぜとともに
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第五十二話 思い出をこの空に

「ガリオン様! 敵陣営に動きがありました!」


 魔王選定選挙の投票日を明日に控えたその日――。


 秘書にそう告げられたガリオンは、心の内で冷や汗を流した。


 先日敵対陣営の少女に対して攻撃を仕掛けたガリオンは、見事に返り討ちにあった。


 もしその事を選挙管理委員会にでも通報されれば……ガリオンの出馬資格は剥奪されてしまうだろう。


 そう考え、ガリオンは敵対候補の関係者の動向を部下に命じて見張らせていたのだ。


「誰が動いた?」


「ログマー氏の娘さんと、そのお連れの少女たちです。」


 やはりか……と焦るガリオンは、次の報告を促す。


「……どこに向かった? 選挙管理委員会か?」


 もしそうなら、なんとしても止めねばならない。

 そう覚悟したガリオンに、だが秘書は怪訝そうな表情で告げた。


「それが……」


***


 魔族領王都の西に位置する街――【オーベック】。


 その東部に聳える"ロッカ山"と呼ばれる山の山頂近くへと、ガリオンは足を運んでいた。


 魔王選定選挙の投票日を明日に控えた今日は、本来であれば最後の一押しにと王都で演説をしていなければならないのだが――そうもいかなくなったのだ。


(何をしている……?)


 ガリオンの視線の先には、先日ガリオンを返り討ちにした少女――その一団が居た。


 現状、ガリオンがこの選挙に敗北しうるとすれば、この少女たちが"先日の襲撃"を選挙管理委員会に通報すること以外に無い。


 そう考え、その動向を見張るべく彼女らを監視しに赴いたのだが……


 当の少女たちがしていることは――


 どこからどう見ても"ピクニック"なのだ。


 鮮やかな青色のレジャーシートを見晴らしの良い山頂付近に広げ、その上でお弁当をつついている。


(いや! 奴らとてこの選挙の重要性は心得ている筈! 恐らく……何か狙いがある!!)


 そう考え、部下と共に茂みの中から前方を注視するガリオン。


 そんな折、銀髪の少女の隣に座る少女――少し癖っ毛の少女が、銀髪の少女に耳打ちする。


「レティ殿。あちらに……。」


 銀髪の少女はその耳打ちを聞いて……ガリオンの隠れる茂みの方へと声を発した。


「ガリオンさぁーん! 隠れてないで出てきてくださいよー!」


 ギクリ! とガリオンの肩が跳ねる。


 気付かれた!?

 何故!?


 ……いや、そうか。

 あの癖っ毛の少女は"獣種"の魔族か。

 おそらく匂いで悟られたのだろう。


 ならば……出て行くしか無い……!!


 意を決して茂みから出るガリオン。

 そんなガリオンに、銀髪の少女は笑顔で手を振る。


「こんにちはー。先日はどうもー。」


 ヒラヒラと振られた左手を見て、ガリオンの身体が先日の恐怖を思い出す。


 が、今更退くわけにもいかない。

 せめてコイツらの目的だけでも探らねば……!


 ガリオンは気持ちを落ち着ける為にオホン、と咳払いをひとつしてから問い掛けた。


「こんなところで何をしているんです?」


「見てわかりませんか? ピクニックです!」


 笑顔で答える銀髪の少女。


 いや、むしろピクニックにしか見えないからこそ混乱しているのだが……


「明日には選定選挙の投票が行われるというのに、呑気なものですね。」


 内心の動揺を隠しつつ告げるガリオン。


 そんなガリオンに、銀髪の少女は告げる。


「えぇ。でも投票が終われば、わたしたちは人間領に戻らなければなりませんので……その前に"思い出作り"をしておこうと、こうしてピクニックに来たんです!」


 その言葉が本音か嘘かはわからない。


 だが、実際にやっていることはピクニック以外の何物でもない。


 銀髪の少女はレジャーシートから立ち上がると、ガリオンの隣に並んで立つ。


 近付かれたガリオンは一瞬ビクッ! と動揺するが、少女はそんなガリオンに構わず落ち着いた口調で告げる。


「ここからの景色……とっても素敵ですよね。」


 視線を遠方に向けてそう語る少女。

 ガリオンも自然とその視線の先を見る。


 確かに良い景観だ。

 良く晴れた青空の下には、魔族領王都が一望出来る。


 ふと――

 並び立つ二人の背後から、ピュゥーッ、と強い風が吹く。


 長い銀髪を風に遊ばせながら、少女は告げる。


「知ってますか? このロッカ山から吹き降ろす風は、魔族領全土に春を運ぶ"春風"になるそうですよ?」


 そう言って微笑む少女。


「あ、それから! この場所は"お花見"の名所でもあるらしいです!」


「花見……?」


 クルリと振り向いて山頂の側を向く少女に、しかしガリオンは怪訝な顔を向ける。


「……花なんて咲いてないじゃないですか。」


 ここ数日で肌に感じる空気はだいぶ暖かくなってきたとはいえ、まだこの山に自生する木々は花を咲かせてはいない。

 ぽつぽつと蕾が見られる程度だ。


「そうですね。まだちょっと早かったみたいです。……でも大丈夫!」


 そう言って、少女はレジャーシートの上へと戻る。


 そして――何やら"黒い箱"のようなものを手に取る。


 すると――


『フィイイイイイン』


「……!?」


 レジャーシートの傍らに置かれていた、棒を組み合わせたような物体が音を立て始めた。


「なッ!?」


 その物体は、そのままゆっくりと――宙に"浮いた"。


「あ、大丈夫ですよ? 危ないモノじゃないです。"ドローン"っていう……まぁオモチャみたいなものです。」


 笑って告げる少女。

 驚くガリオンの視線の先で、"ドローン"とやらはゆっくりと高度を上げていく。


(なんだ……? "魔道具"か? それとも……コイツらの中の誰かの"力"か……?)


 動揺しつつも、ガリオンはその得体の知れない物体を目で追う。


 そして――


 "ドローン"がかなりの高度まで上昇した時――それは起こった。


――ブワァッ!


「!?!?」


 青い空に、薄桃色の"花びら"のようなものがばら撒かれた。


 ……いや、それはよくよく見れば花びらではなかった。


「……紙?」


 二センチ四方ほどの――大量の"紙切れ"。


 それが"ドローン"からばら撒かれたのだ。


「ね? まるで舞い散る花びらみたいで綺麗でしょ?」


 シートの上で、ニッコリと笑う少女。


 ガリオンは風に吹かれて宙を舞う紙吹雪を、呆けた顔で見ていた。


「あ! 大丈夫ですよ! ちゃんと"水に溶ける紙"を使ってます! ゴミにはならないです!」


 焦ったようにそう告げる少女。


 だがガリオンは、そんな心配などしている筈もなかった。


(なんなんだ、コイツ……。まさか本当に……"思い出作り"に来ただけなのか……?)


 レジャーシートの上では他の少女たちが、風に舞う紙吹雪を見て歓声を上げていた。


「すごーい!」


「きれいなのー!!」


 目を輝かせる少女たち。


「……フン。」


 くだらない。

 とんだ時間の無駄だった。


「あれ? もう帰っちゃうんですか?」


 背を向けたガリオンに、少女が問う。


「……えぇ。明日の投票に向けて、最後の演説がありますので。皆さんはどうぞごゆっくり。」


 そう言って、視線すら合わせずにその場を立ち去るガリオン。


 そうだ。

 せいぜい遊んでいろ。


「引き続き、監視を続けろ。」


「はっ。」


 後方に控えていた部下に指示を出し、ガリオンは王都へと戻る道を歩いた。


(明日の夜には、貴様らのその笑顔も消えていることだろうよ……。)


 そう内心で毒づきながら――


***


 こうして、投票日前日の時間は過ぎていった。


 夜になり、各陣営の候補者も選挙事務所に帰る。


 これ以降の選挙活動は無い。


(明日だ……!)


 自室の椅子に座り、宙を睨むガリオン。


 もはや自身の勝利が揺らぐことは無い。


(あの小娘ども……私が魔王の座に就いたのなら、必ず始末してやる……!!)


 魔王の座に就く事――


 それは魔族の持つ"軍事力"を自由に出来ることでもある。


 あの少女がどれほど強力な"力"を持っていようとも、"軍"を相手に出来る筈が無い。


(待っていろ……! 明日だ……!!)


 心の内に渦巻く敵意と共に、ガリオンは自身の勝利を祈りながら、眠れぬ夜を過ごした。


***


 そう。


 もはやこの選挙の結果は決したも同じだった。


 ログマーの掲げる"人間との和睦"か――

 ガリオンの掲げる"人間との敵対"か――


 魔族の今後を大きく左右するこの選挙の結果は、魔族領に住む人々の投票に委ねられた。


 候補者たちには、祈ることしか出来ない。


 何か活動を行おうにも、有権者たる民衆は既に床に着いた後――。


 どちらの陣営の候補者にも――


 否、たとえ世界中の誰であったとしても――


 この選挙の行く末を左右する事など、もはや叶わない。


 ……


 ……


「みんな、準備はいいか?」


「……だいじょぶ。」


「準備万端であります!」


「バッチリなのじゃ!」


「オーケーだよー!」


「いつでもいけるよー!」


「がんばるのー!」


「ボクも……はい! 任せてください!」


 そう。

 ただ一組……"彼女たち"を除いては――。


「よぉし、そんじゃ……"配信開始"だ!」

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