第五十一話 白衣の天使たち
ガリオンの屋敷からの帰り道で、意識を失った俺――
そんな俺が目を覚ました場所は――"天国"だった。
……天国だ。
……まごうことなき天国。
……だってそうだろ?
目を覚ましたら目の前に……"白衣の天使"が七人もいたんだぜ?
***
「……レティ? だいじょぶ?」
「おなかは空いてないでありますか?」
「着替えたくなったら言うのじゃぞ? 妾が着替えさせてやる。」
「なにか欲しいものとかない? 買ってこようか?」
俺のベッドの周りには、心配そうに俺を見つめる幼女たち。
あぁ!
なんと素晴らしい入院生活!!
こんな可愛い幼女たちに甲斐甲斐しく看護してもらえるなら、一生入院しててもいいとさえ思える!!
と、まぁ現状の幸せを噛みしめるのはこのくらいにして……
俺はガリオンの屋敷からの帰り道でぶっ倒れた後、シュレムによって病院に運ばれた。
可能な限りの処置をしてもらった俺は、それでも丸一日以上眠っていたらしい。
目を覚ましたのは、ガリオンの屋敷を訪れた日の二日後の朝。
意識が戻った俺は負傷した右腕のことを思い出し、『やべぇ! またあの激痛がくる!!』と冷や汗を流したが……
待てども待てども、右腕から痛みは登ってこなかった。
「やっぱ"呪装"ってすげーんだな。」
俺は"黒色の包帯"でぐるぐる巻きになった右手に目を落とす。
これまでの旅でも経験した通り、魔族の扱う"呪装"は、"妨害・弱体化"することを得意としている。
俺の右腕に巻かれた黒色の包帯も呪装の一種で――"痛覚遮断"の呪術が込められているらしい。
要するに部分麻酔みたいな感じだ。
ピクリとも動かせない代わりに、痛みをほとんど感じずに済んでいる。
あと壊死防止や腐敗防止、止血の効果もあるんだとか。
すげーな呪装。
まぁ反対に呪装は"強化・活性化"は不得手らしく、回復を早めたりとかは出来ないらしいけど……
今の俺には、痛みを感じないってだけで涙が出るほどにありがたい。
最悪、あの激痛に苛まれたまま帰るのも覚悟してたからな。
「レティーナさま……。ごめんなさい……ボクのせいで……。」
悲しげな表情でそう詫びるシュレム。
「シュレムのせいじゃねーよ。俺が、シュレムの泣き顔を見たくなかったからやったってだけだ。」
そういって、左手でシュレムの頭を撫でる。
まぁ人間領に戻ればクリープが治してくれるし、問題は無いさ。
「それより……例のバッグに入れといた"手紙"、読んでくれたんだよな?」
シュレムに、『もし俺の身に何かあったら、そのバッグを開けてくれ。』と伝えて預けてあったバッグ。
話題を逸らすようにその件について問うと、シュレムはコクンと頷いた。
「はい。……でも、よかったんでしょうか? 『ガリオンに何かされたとしても、選挙管理委員会に訴えることはしないでくれ。』なんて……。」
そう。
それが手紙に記した"最も重要な指示"。
「あれだけのことをされたんです。もし訴えれば、ガリオンをこの選挙から"降ろす"こともできたと思うんですけど……。」
少し残念そうに呟くシュレムに、俺は微笑んで答える。
「いいんだ。そんなことしたら……シュレムの父ちゃんの"狙い"まで台無しにしちまうからな。」
「……? "狙い"……?」
俺が答えると、シュレムは首を傾げた。
……まぁいずれ分かることだ。
俺の口から言わなくてもいいだろう。
それよりも、今大事なのは……
シュレムに与えた、"二番目に重要な指示"の方だ。
「……やっぱり俺の目に狂いは無かったな。シュレムもみんなも、よく似合ってるぞ。」
シュレムに預けてあったバッグ――。
その中身は……今、幼女たちの着ている"ナース服"なのだ!
可愛いミニスカナース服!
もちろんナースキャップ付きである!
白衣とはいっても厳密にはパステルカラーのコスプレ用ナース服なのだが……
幼女たちにはその柔らかな色合いがまたなんとも似合っていて……最っ高に可愛いのだ!!
「え、えと……! 重要な指示とのことだったので着たのですけど……これって何の意味があるんですか?」
「ん? 俺の趣味だけど?」
そうキッパリと答えると、シュレムはガックリと肩を落とした。
まぁガリオンと話をつける以上、荒事になる可能性は十分にあったからな。
だったら!
もし入院するようになったとしても!
可愛いナースさんに看護してもらいたい!!
そう思って事前に用意しておいたのだ。
「はぁ~~!! みなさんホントに天使みたいですわぁ~~!!」
エリノアが涎を垂らす勢いで幼女たちを眺めてウットリとしている。
いつもの事だと慣れた表情の幼女たちが並ぶ中、シュレムだけが恥ずかしそうにミニスカートをキュっと握って顔を赤らめていた。
……うむ。照れた表情もまた良し!
ずっと眺めていたいくらいだ!
「……といっても、明日で退院なんだよなー。」
俺は少し残念そうに呟く。
完治ではなく、『これ以上手の施しようが無い』という意味の退院だ。
「シュレム。アレって調べておいてくれたか?」
俺が問うと、照れていたシュレムはハッとして答える。
「は、はい! レティーナさまのご要望に応えるとしたら……"この場所"がいいと思います。」
そう言って、シュレムは王都周辺の地図を手渡してくれた。
その中の一点に、赤い丸が付けられている。
「ここは?」
「えっと。魔族領王都の西に位置する【オーベック】という町にある"ロッカ山"という山です。」
"ロッカ山"か……。
……うん!
じゃあこの場所にしよう!
「アイリス、コロネ。準備は大丈夫そうか?」
ベッドの脇で"子供用はさみ"をチョキチョキと動かしていたアイリスとコロネは、俺の問いに笑顔で答える。
「うんっ! いっぱい作ったよー!」
「がんばったの!!」
そう言って俺に、二センチ四方くらいに切られたビニール袋いっぱいの"紙"を見せてくれる。
おぉー! がんばったな!
うん。これだけあれば大丈夫だ。
「そんじゃ、明日退院したらその場所に向かおうか。」
俺が告げると、幼女たちが頷いた。
さぁて、そんじゃ……
快気祝いも兼ねた、楽しい"ピクニック"に行くとしようか!!