第五十話 幕が降りきるそれまでは
ガリオンの作り出した鉄巨人は、俺の放った一撃によってグシャリと倒れた。
だが……
同時に俺は、具現化した運動エネルギーの反動によって、後方へと吹き跳ばされていた。
――バギバギバギッ!!
木製の壁を薙ぎ倒してその瓦礫に埋もれた俺は、それでも意識を保っていた。
壁が木製だったからか、それとも幼女の身体が軽くて柔らかかったからか……
全身が打撲や無数の切り傷で痛むが、幸い骨折などは無いようだ。
……右腕以外は。
(ぐぁあああああああああああああああッ!!!)
右腕は……グシャグシャだ。
皮膚はベリベリに剥がれ、肉はズタズタに裂け、骨はボキボキに折れていることが伺える。
ケガ……などと生易しいものでは無い。
通常であれば生涯を通じて治らないであろう、肉体の欠損だ。
激痛に次ぐ、激痛――。
千本の針と共に洗濯機にブチ込まれて、グルングルンにブン回されたような――
痛覚神経の大合唱に、脳が酔わされる程の"痛み"の奔流――。
さっさと意識を手放せと、全身が脳へと訴えてくる。
だが……それでも……
(まだ……ダメだ……!!)
ここで意識を失えば、ガリオンの手によって俺もシュレムも始末されるだろう。
それだけは……ダメだ……!!
そして……
(メチャクチャ死にそうだけど……バレちゃダメだ……!)
俺の放った一撃が、一発限りの後の無い攻撃だと悟られれば……それでもゲームオーバー。
怒ったガリオンによる報復が待っているだけだ。
だから……俺は"演じる"。
これが"俺の当たり前の攻撃"だと――。
俺が"やろうと思えばまだ戦える状態"だと――。
ともすれば喉から漏れ出そうになる悲鳴を、噛み殺すように奥歯を噛み締め――
痛みに歪みそうになる表情筋を、無理やりに吊り上げて隠して――
(そうだ……"笑え"……!!)
「クッ……フフ!! クフフッ!! クフフフフッ!!」
獰猛に……
自身の身を苛む激痛を、強引に捻じ伏せるように……俺は笑う。
「クフフッ!! クフフフッ!!!」
無事な左手を支えに立ち上がり、瓦礫を踏んで、進む――。
「クッフ!! クフフッ!! クフフフッフウフフ!!」
一歩を踏み出す度に、その振動が更なる激痛となって暴れ回る。
それでも……俺は辿り着く。
自身の最大の切り札を撃破され、腰を抜かしている……ガリオンの眼前へと。
「バ、馬鹿な……!! 魔王軍幹部に匹敵する私の……私の水巨人が……たった一撃で……!?」
信じられないものを見たように瞳孔を見開くガリオンに、俺は……告げる。
「クフフ。ねぇ、ガリオンさァん……。」
「ヒッ!?」
ジャリッ、と俺はガリオンに一歩、近付く。
「もう一回……"タたせて"?」
「……!?」
焦燥を隠す余裕すらないガリオンは、恐れ慄いた表情で俺の顔を見る。
「まだ……デキるんでしょ? アナタの……立派な"巨人"さん。クフフ。」
ガリオンの力は"水を操る"力だ。
鎧が破壊されて崩れはしたが、再生して攻撃してくることは可能だろう。
……当人に、戦う意思があれば。
「もう一回……シましょ? 何回だって……相手してアゲル♪」
そう告げて、俺は"左手"をガリオンに示す。
が、勿論これは"ハッタリ"だ。
俺の"力"は、今のところ"右手"でしか使えない。
左手で出来る抵抗なんぞ、正真正銘の"ぷにぷに幼女ぱんち"だけだ。
だが……そんなことをガリオンが知る筈も無い。
「それとも……もしかして、"コッチ"に欲しいの?」
「ヒッ!? や、やめっ!!?」
言いながら俺は、ガリオンの腹を左手でなぞる。
「クフフ。いいですよぉ……。気持ち良くなるくらい……グシャグシャにして ア・ゲ・ル ♪」
そこまで告げて、俺はガリオンの言葉を待つ。
もしガリオンに、俺が満身創痍であることがバレればアウト。
そして……もしガリオンが、形振り構わず攻撃してきてもアウト。
俺とシュレムは、絞め殺されるか、殴り殺されるか、蹴り殺されるか……
いずれにせよ、無残な最期を迎えることとなるだろう。
だが……
「ヒィィイイッ!!!? スミマセン!!! どうか……どうか命だけはぁぁああ!!」
ガリオンは、完全に戦いを捨てていた。
そんなガリオンを見て、俺は心の中で呟く。
――『やっぱりな』、と。
これまでの行動を見て、コイツの凡その性格は察していた。
自分が絶対的に優位な状況でなければ、力を発揮出来ないタイプ――。
最初の襲撃も、自身を目撃されない為に遠方から仕掛けてきたって話だったが……
これから始末する相手に、目撃されて困るだろうか?
"反撃される"可能性を恐れていたと考えるのが自然だ。
そして……一番気になっていたのは、コイツ自身も言っていた"魔王軍幹部に匹敵する力"ってトコだ。
じゃあなんで、コイツは魔王軍幹部になってないんだ……?
人格に難があるから?
いや。
魔族は実力主義だ。
一番の理由は……コイツの"力"がいくら強くても、戦場じゃそれほど役に立たなかった、ってことじゃないか?
死線と隣り合わせの戦場で、自分が安全じゃなきゃ力を発揮できない戦士……。
そんな奴に、幹部の座は渡せないよな……。
(やれやれ……。)
俺は足元で情けなく頭を下げるガリオンを見て、告げる
「助かりたきゃ……何かしなきゃいけないことがあるんじゃねぇか?」
俺に言われて、だがガリオンは狼狽えた表情で俺を見る。
「な、なんですか……!? この選挙から降りることですか!? それとも金!? 金ですか!?」
震えながら問うガリオンを、俺は怒鳴りつけた。
「あァ!? そんな小せぇことじゃねぇだろ!?」
「ヒ、ヒィッ!?」
縮むように小さくなるガリオンに、俺は告げた。
「シュレムに……謝れ。」
「…………は?」
間抜けにポカンとした顔を見せたガリオンに、俺はもう一度告げる。
「お前が馬鹿にして踏み付けたシュレムに、謝れっつってんだよ。」
言われたガリオンは、ようやくその意味を理解して、後方でぺたんと座っていたシュレムに頭を下げた。
「しゅ、シュレムさん! いえ、シュレム様!! 先程は、たたた大変、申し訳ありませんでしたッ!!!」
へこへこと謝るガリオンに、だが当のシュレムは目の前の出来事に理解が追い付いていない様子だった。
「どーする、シュレム? ソイツ……許してやるか?」
「え、あ……え? は、はい……。……?」
呆然としていたシュレムは、俺に促されるままに返事を返した。
「だとよ。優しいシュレムに感謝しとけよ。……じゃ、シュレム。帰るか。」
「は、はい……。」
まだぼぉっとしているシュレムの手を引いて、俺はガリオンの屋敷を後にした。
俺たちが屋敷を出るまでの間、後方ではガリオンがずっと床に頭を押し付けていた。
***
屋敷の外に出ると、既に月が昇っていた。
春が近いとはいえ、まだ冷たい夜風が、屋敷から出た俺たちを撫ぜる。
「アイツに踏まれたトコ、痛くないか?」
「は、はい……。……!! れ、レティーナさまっ!!? う、腕が……!!」
冷たい夜風に当たって、ようやくシュレムの意識が戻ってきたらしい。
俺の右腕に気付き、大きく取り乱すシュレム。
あー、しまったな……。
幼女にはちと、ショッキングな光景だったかも……。
「大丈夫だ……。」
「だだだ、大丈夫じゃないですよっ!! すぐに!! すぐに病院に……!!」
「大丈夫だって……。もう痛みにも……慣れて……あれ……?」
――バタン。
「レティーナさまっ!!? レティーナさまぁっ!!!!」
気付けば俺の身体は、街路に倒れていた。
冷たい石畳の感触を頬に受けながら、遠ざかるシュレムの叫びを聞いていた。
……あーぁ、せっかく泣き止んでくれたと思ったのに。
…………また…………泣かせ……ちまった…………な……。