第四十九話 零れる涙を止めたくて
「……。」
自身の"力"によって作り出した二体の水人形を、一瞬で消滅させられたガリオン――。
そのガリオンと相対するは……怒りの形相の、レティーナ=ランドルトだ。
(コイツだったか……。)
ガリオンは、以前この少女の一行に襲撃を仕掛けている。
その際にも、"力"で作った水の大腕を一瞬で破壊されたことがあった。
少女の仲間に腕利きの護衛でも居るのかと思ってはいたが――
まさかこの少女自身だったとは……。
「……ふっ。」
だがガリオンは、この状況に――
「ふはっ! ははははは!」
――笑った。
「そうですか! なるほど! ここからは"力ずく"ですか!!」
対面する怒りの形相の少女とは対照的に、両手を広げて高らかに笑う。
ログマーの娘……シュレムを手に掛けようとしているところを見られた以上、どの道この少女もここで"消さ"ねばならない。
「構いません構いません! 私は全く構いませんよ!!」
そこまで告げたガリオンは、「但し!」とレティーナを睨む。
「"コイツ"を倒せるものならなッ!!」
そう叫んだガリオンは、床に両の掌を押し当てる。
すると……
「……!?」
異変を察知したレティーナが、後方へと跳ぶ。
直後、先程まで居た場所の足元が……"下から"せり上がり始める。
――メギメギメギメギッ!!
木製の床板が、下からの力によって山のように盛り上がり、やがて耐え切れずに音を立てて割れる。
そうして現れたのは――
――高さ五メートルはあろうかという、巨大な"鋼鉄鎧"の上半身であった。
その巨人の後方から、ガリオンが笑いながら告げる。
「どうやらアナタの"力"は私の操る"水"に対して相性が良いようだ。ですが!! 果たして全身を鎧で覆われたコイツに対しても通用しますかッ!?」
***
(なるほど。そーきたか……。)
俺は目の前に現れた鉄の巨人の上半身を見上げて考える。
これわざわざ特注で作ったのかなぁ?
いや、まぁそんなことはどうでもいいや。
(確かにこうされちまうと、ルビジウム先輩の爆発は使えそうにねーか……。)
普通の鋼鉄鎧ならば空いていそうな呼吸や通気用の隙間も無い。
関節部すら鎖帷子によって塞がれていて、内部の水への干渉を防いでいる。
(そんで……この状況じゃ"アレ"も使えねぇんだよなぁ……。)
以前、魔族復権推進派の長、"テノン"と戦った時に使った"大技"――。
アレを使っちまうと、多分俺は半身黒コゲになってすぐ倒れちまう。
そうなると鉄巨人は倒せたとしても、その後でガリオンにボコられてエンドだ。
鉄巨人を倒した後、少なくともしばらくは意識を保っておかないと……
(……しゃーねぇな。"アレ"を使うか。)
俺は右手をぎゅっと握りながら、その時のことを回想する。
***
魔族復権推進派の長、テノンによる襲撃からしばらく経ったある日――。
俺は拠点であるイナガウ・アッシュからほど近い荒野を訪れていた。
この場所に来たのは……ある"実験"をする為だ。
「レティちゃん、気を付けてね……。」
「ヤバそうだったら、すぐ中止してくださいっス。」
ミリィと、それにシャルの従者であるクリープも一緒だ。
この二人がいれば、もしケガしてもすぐ"治して"もらえるからな。
「あぁ。もしもの時は頼む。」
そう言って、俺は右手を握る。
今回の実験――
それは俺の"力"の新しい使い方の開発だ。
テノンとの戦いで、物体ではなく"エネルギーそのもの"を具現出来ることは分かった。
ならそれを使って何が出来るのかを確認しておこう、というものだ。
エネルギーの具現――。
だが熱エネルギーのように放射状に広がるエネルギーは、正直利用し辛い。
俺の手元に具現化するという性質上、大きなエネルギーは自分自身を巻き込んでしまう。
好ましいのは"指向性を持ったエネルギー"。
ならば真っ先に思い付くのは……"運動エネルギー"だろう。
右手から衝撃波の如く運動エネルギーを出して、相手を吹っ飛ばす……。
そんなことが出来たらと思うと、なんか中二ゴコロがワクワクするじゃん?
「よし。そんじゃ……やるか。」
俺は右手を、荒野で拾った平べったい岩の上に押し当てる。
見た目的には空手の"瓦割り"みたいな感じだ。
その岩に当てた右手にイメージするのは……
"鋼鉄のハンマーを打ち付けるエネルギー"。
覚悟を決めてグッと右手を握ると……
――ガンッ!!
見事に、岩は真っ二つに割れた。
……が、
「ぐ、があぁッ!!!」
突如右手に走った鋭い痛みに目をやれば……俺の右拳も、ぱっくりと割れてしまっていた。
「レティちゃん!!!」
「レティさん!!」
異変に気付いたミリィが、クリープの"力"を俺に繋ぐ。
クリープの"肉体再編成"の力を借りて、俺は右手を修復する。
元通りとなった右手からは、痛みは綺麗に消えていた。
「っあー! びっくりしたぁ……。二人ともさんきゅー。」
痛みの余韻で額から流れる冷や汗を拭いつつ、俺は二人に礼を言う。
「レティちゃん……大丈夫?」
ミリィが心配そうに聞いてくる。
可愛い。
「大丈夫だ。ありがとな。」
ミリィの頭を撫でつつ、俺は今起こった事を整理する。
どうやら運動エネルギーの具現は、右手に反動があるらしい。
物理的な"反作用"とは違うみたいだが……それでも具現化したエネルギーが大きい程、反動も大きいようだ。
「これは……実験は"失敗"っスね……。右手を犠牲にしなきゃいけないんじゃ、リスクがデカすぎるっスよ……。」
そう告げるクリープ。
だが俺は、
「ん? ダメだぞクリープ。実験結果の報告ってのは、主観を交えず事実だけを記すモンだ。」
そう言って、この実験を改めて纏める。
「実験は……"成功"。運動エネルギーの具現は"可能"だ。……右手を犠牲にすれば、な。」
そう告げてやると、クリープは驚いた後、諦めたようにため息を吐いた。
「……無茶だけはしないでくださいよ? お嬢もみんなも心配するんスから……。せめて『オレとミリィさんが揃って近くに居るとき』だけにして下さいっス。」
『いざとなったら使うつもりだ』と。
それがクリープにも伝わったのだろう。
「あぁ。俺も痛いのはイヤだからな。」
心配そうに忠告するクリープに俺はそう返し、この日の実験は終了した。
***
(悪いな、クリープ……。ちょっと"約束"破るわ。)
俺の目の前には、壁のような鉄巨人――。
その鉄巨人が……両の腕を頭上へと持ち上げて、手の平を組む。
プロレス技で言うところの"ダブル・スレッジ・ハンマー"だ。
大きなこの屋敷の、天井に付く程に振り上げられた両拳――。
遥かな高所から、組まれた拳が俺を狙う。
例え自由落下だったとしても、水の詰まった鉄の塊だ。
幼女の身体なんぞ、言葉通りの"ぺちゃんこ"にしてしまうだろう。
だが……
(それでも……退けねぇよ。)
俺は今にも"死"を振り下ろそうと構える鉄巨人に向かって……駆ける。
(シュレムがさ……泣いてんだ。)
まさか立ち向かってくるとは思っていなかったのか、ガリオンは俺を見て目を見開く。
(親父さん想いでがんばり屋のあの子がさ……その想いを踏みにじられて泣いてんだよ。)
ガリオンが慌てて巨人を操るが、その時既に俺は巨人の懐にまで辿り着いていた。
(その悔しさでいっぱいの涙を……俺が止めてやれるってんならさ……)
「右腕ぐらい…… く れ て や る よ ッ !」
巨人の腹を眼前にした俺は――跳んだ。
右手を――巨人の身体の中央へとブチ当てる為に。
「俺の前で…… 幼 女 を 泣 か し て ん じ ゃ ね ぇ ッ !!!」
鉄巨人の身体に、俺の右拳が当たる。
小さなその手に具現化したエネルギーは――
高速で走行する『 十 ト ン ト ラ ッ ク 』の運動エネルギー。
――ガギィィィィィイイイインッ!!!!
俺の拳の一点に集約されたそのエネルギーは、抉り取るように巨人の腹に大穴を明ける。
鉄巨人の巨体が、踏み付けられたアルミ缶のようにグシャリと折れる。
痙攣したようにガクガクと震えた鉄巨人は……やがて糸の切れた操り人形のように、地面に倒れた。
魔王筆頭候補であるガリオンの最大の切り札は、俺という幼女の一撃によって、無残にも崩れ落ちたのだ。