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魔王の長女に転生したけど平和主義じゃダメですか?  作者: 初瀬ケイム
花降り編 最終章 はるかぜとともに
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第四十八話 ちゃんと約束したからね

 魔族領王都に建てられた、派手な一戸建ての屋敷――。

 現在そこは、魔王選定選挙の筆頭候補たる"ガリオン"の選挙事務所として使われている。


 選定選挙を目前に控えた今、ガリオンはその屋敷の一室で、明日行う予定の演説の台本作りに筆を走らせていた。


――コンコン。


 夕刻を少し過ぎた頃――


 部屋にノックの音が響く。


「ガリオン様、お客様がお見えですが……」


 そう告げた秘書に、ガリオンは視線すら向けず答える。


「誰だ?」


「ログマー氏のお嬢さんです……。」


 その答えを聞いたガリオンは、つまらなさそうにため息を吐く。


「君。今の私はガキの相手などしている暇は無いんだ。さっさと追い払ってくれ。」


 苛立ちを隠そうともせずそう言い放ったガリオンに、しかし秘書は困った表情を浮かべる。


「それが……そのお嬢さんと、"もう一人"いらしてまして……」


「?」


***


「やぁ、どうも。お待たせしてしまったようで申し訳ない。」


 先程自室で見せた不快そうな態度とは打って変わって、ガリオンはその来客をにこやかな笑顔を作って迎えた。


 来客は二名の"少女"――。


 一人はガリオンも何度か顔を合わせたことのある、対立候補"ログマー"の娘"シュレム"。


 そしてもう一人は……


「いえいえ~。突然の訪問にも関わらずご対応頂き、ありがとうございます♪」


 笑顔でそう応じる銀髪の少女――。


 ガリオンはその少女を知っている。


「初めまして。お会い出来て光栄です。レティーナ様。」


 そう。

 彼女こそが先代魔王の娘、"レティーナ=ランドルト"である。


 この魔王選定選挙に、突如現れた"ダークホース"。

 思想も実力も未知数の魔王候補者。


 筆頭候補であるガリオンにしてみれば、最も危惧すべき存在――


 ……で、あった(・・・)


 つい昨日、魔王選定選挙への立候補は締め切られた。

 そして、ガリオンの耳には新たな候補者の知らせは届いていない。


 つまりレティーナ=ランドルトは、この選挙への出馬資格を有してはいないのだ。


(私の行った妨害が功を奏したのかは分からんが……残念だったな、魔王の娘。)


 ガリオンはそう、心中で嗤う。


 もはや目の前の少女は、直接の敵では無くなった。


 では何故、ガリオンがそんな少女の来訪に応じたかといえば……


 彼女が……"直接ではない敵"になる可能性があるからだ。


(対立候補であるログマー……そのガキと共に来たということは、コイツがログマーの側に立っているという事だろう。)


 "応援演説"――。

 選挙候補者を、有名人などが演説により推す行為。


(それをされると……少々厄介だ。)


 今現在、ガリオンとログマーの獲得予想票数には明確な差がある。

 このままであれば、問題無くガリオンが当選するであろう。


 が、この先代魔王の娘の名は、現在魔族領に広く知られている。

 彼女が敵に回れば、当選が危うくなる可能性がある。


(もしそうなるようであれば、この場でコイツを潰しておいた方がいい。……多少"強引な手段"を取ることになっても。)


 そう考え、ガリオンはティーポットを運んできた秘書に命じる。


「あぁ、君。今日はもう上がってくれて構わないよ。片付けは私がしておこう。」


「はい? ……しかし」


「いいんだ。お二人とじっくり話をしたい。今日は上がってくれ。」


 少し語気を強めて命じると、秘書は頭を下げて「失礼します。」と部屋を後にした。


 当事者だけの方がいい。


 ガリオンはそう考えたのだ。


(その方が……"何かあった"時に、"片付け"がし易いからな……。)


 心の中に黒い感情を隠しつつ、ガリオンは少女に話を促す。


「それで……今日はどういったご用件で?」


 問われた少女は、口を付けていたティーカップから唇を離すと、話し始めた。


「実は……ガリオンさんに"ご相談"があって参りました。」


「"相談"……?」


 表向きにはこうしてにこやかに接しているが、ガリオンは彼女らの対立候補だ。

 そんな相手に何を相談するというのだ?


 ガリオンは怪訝に思いながら、少女の言葉に耳を傾ける。


「わたしは、こちらのシュレムさんに頼まれて、人間領から魔族領王都まで旅をして来ました。実はその間に……"襲撃"を受けてしまいまして。」


「"襲撃"……ですか。」


 "襲撃"という言葉を聞いて、それが自分の行ったものだと分かっているガリオンは、しかし表面上は動じずに相槌を打つ。


 問題は無い。

 遠方から仕掛けたその襲撃は、ガリオンが仕掛けたものだと特定する証拠は残していない。


 もちろん彼女たちも、ガリオンによるものだと気付いているだろうが……仮にその件を責められても、知らぬ存ぜぬで通せる筈だ。


 余裕を持って応じるガリオンに、少女は言葉を続ける。


「わたし個人には、襲撃を受けるような心当たりはありません。もしあるとすれば……この魔王選定選挙に関わったことで、わたしを邪魔に思う"何者か"が仕掛けたものだと思うんです。」


 当人を前に"何者か"と来たか……と、ガリオンは考える。


 そんな表現を使う以上、この場でガリオンを問い詰めるつもりはないのだろう。


 少女は更に言葉を続ける。


「ですが、わたし自身は魔王の座に興味などありません。この魔族領への旅も、選挙への出馬を辞退させて頂く意思を表明するのが目的でした。」


 ふむ……。とガリオンは考える。


(これは……もしや……。)


 少女はそこまで話すと、本題を口にした。


「そこでご相談なのです。どうすれば襲撃を仕掛けてきた"何者か"に、わたしが狙われずに済むでしょうか? このままでは……恐くて夜も眠れないのです。」


 沈痛の面持ちでそう語る少女に、ガリオンはようやくこの訪問の意図を理解した。


(あぁ、なんだ。コイツは"交渉"に来たのか。)


 どうすれば"何者か"に狙われずに済むかを……その"何者か"に問う。


 この状況に込められた裏の意図を言葉にすれば……


『アナタの邪魔はしません! だからわたしは狙わないで! その為なら何でも言うことを聞きます!』


 と、こうなる。

 要するにただの"命乞い"だ。


(あの魔王の娘と聞いて警戒し過ぎていたかな……。)


 目の前に居るのは、ただ自分の身が可愛いだけの少女だ。


「うーん……。そうですねぇ……。」


 ガリオンはあくまで"相談"に乗るという体を崩さず考え――


「あぁ、そうだ! それならばいい考えがあります。少々お待ち下さい。」


 と、席を立って事務所の奥へと戻る。


 一分程で戻ったガリオンは、対面する少女の前にひとつの"首輪"を差し出す。


「なんですか? この首輪は……?」


 怪訝そうに首輪を摘まむ少女。


「"公言封じの首輪"という、呪装です。身に着けた者は、己の声を大人数に伝えられなくなるという。戦時中は、捕虜となった敵の指揮官などに使われた品です。」


「声を伝えられなくなる……ですか? そうすると……わたしが狙われずに済むのでしょうか?」


 少女の問いに、ガリオンは頷いて答える。


「"何者か"がアナタを邪魔に思う理由がこの選定選挙であるのならば、恐れているのはアナタの"声"でしょう。それならば……アナタが一時的に"声"を失えば、襲撃は止む筈です。」


 そう。

 これはガリオンの本心だ。


 この少女に残った"危険性"は、対立候補であるログマーの応援をする可能性だ。


 逆に言えば、大衆に向けて"声"を発する力さえ奪ってしまえば……この少女はもう死んだも同然だ。

 この選定選挙からの、実質的な"退場(リタイア)"。

 なんの脅威でも無くなる。


 そんなガリオンの提案を、少女は――


「まぁ! それは素晴らしい提案です! ありがとうございます♪」


 と、笑顔で受け入れた。


「では、魔力を込めます。期間は選定選挙の決着……つまり"開票日"まで。その間、アナタが声を伝えられるのは"十名"までとなります。よろしいですね?」


 ガリオンの言葉に、少女は指を折って何やら数えている。

 恐らく連れて来た仲間の人数でも数えているのだろう。


 やがて、十本の指を折り終わった少女は、


「はい♪ 問題ないです♪」


 と、また笑顔で答えた。


「では、失礼しますよ。」


 ガリオンはそう言って、魔力を込め終わった首輪を少女の首に取り付けようとする。


「はい。お願いします♪」


 長い銀色の髪を上げた少女の首に、ガリオンはスッ、と首輪を回す。


 そして……

 もうあとほんの僅かで、少女の細い首を首輪が回りきるといった、その時――


「最後に……もう一度、確認させて下さい。」


 少女が、静かに口を開いた。


「この首輪を付けて以降、わたしやわたしの仲間に手を出されなければ、わたしは何もしません。よろしいですね?」


 その言い回しに、ガリオンは少々の違和感を感じる。


 何も"しません"……?


 声を封じられて、何も"出来なくなる"のだから、当たり前の話ではないか?


「……えぇ、そうですね。勿論、分かっていますよ。」


 だが、ガリオンはこの首輪さえ付けてしまえば勝利が確定するのだ。

 細かな言い回しを確認するようなことはしなかった。


「はい、これで呪装の取り付けは完了しました。」


 ガリオンが告げると、少女は首輪を確認するように指でなぞる。


「はい♪ ありがとうございます♪」


 そう言って少女は頭を下げた。


「あぁ……。それでは、要件は以上ですね。どうぞお帰り下さい。」


 そう言って、ガリオンは犬猫でも追い払うように、少女を出口へと誘導する。


 先ほどまでと違い、今この少女に気を使ってやる必要はもう無い。

 この場にいても邪魔なだけだ。

 さっさと帰ってくれればいい。


「はい、それでは失礼します♪」


 そう告げると、少女はトコトコと出口へ歩いて行った。


 ふぅ……とため息を吐いたガリオンは、向かいの席に、まだ一人の少女が残っていることに気付いた。


 対立候補、ログマーの娘"シュレム"だ。


「なんだ? キミも何か用があるのか?」


 こちらは……ガリオンにとって、全く興味の無い相手だ。


「用が無いのなら、さっさと帰ってくれないか?」


 冷たく促すガリオンに、俯いていた少女は、意を決したように口を開く。


「ガリオンさん……! お願いします……! この選挙から……"降りて"もらえませんかっ!?」


 深々と頭を下げてそう懇願する少女に、ガリオンは一瞬、何を言われているのか分からなかった。


 "降りる"?

 この選挙から?


 何を言っているんだ、コイツは。


「ボクのお父さん……父は、きっと良い"魔王"になって、魔族を導いてくれますっ! だから……だからどうか、魔王の座を譲ってくれませんかっ!?」


 そう言って、頭を上げないシュレム。


 そんな少女を見て、ガリオンは悟る。


(あぁ、そうか。コイツにはもう、これしか無いのか。)


 当初から勝ち目の薄い選挙戦だ。


 それを覆す為に、コイツがわざわざ人間領まで出向いて、魔王の娘を連れて来たのも知っている。


 そして……その切り札たる魔王の娘は、先ほど自分の身可愛さに選挙から抜けてしまった。


 溺れる者が掴んだ藁すらも、その手からするりと抜けてしまったこの状況。


 コイツの心中は、絶望に染まっていることだろう。


 だが……


「あのですね……」


 ガリオンは深々と頭を下げた少女を――踏みつけた。


「馬鹿かテメェは。魔王の座だぞ? 魔族の財も兵力も、全てを我が物に出来る"王"の位だぞ? テメェの小さな頭ひとつ下げたくらいで、『はい、降ります。』なんて言うと思うか? あ?」


 グリグリと少女を踏み付けるガリオン。


 もはや自分が魔王の座に就く事は確定的だ。

 こんなガキ相手に、気を使ってやる必要も無くなる。


 その思いが、いつもならば取り繕って隠していたガリオンの本性を曝け出させる。


「テメェの親父が負けんのは、テメェの親父が無能だからだろォ? それが理解出来ないテメェは、それ以下の無能かァ?」


 踏み付ける足に、更に力を込めるガリオン。

 それでも尚、少女は懇願を続ける。


「お願いしますっ……! お願いしますっ……!!」


 どれだけ踏み付けられても、壊れたように同じ言葉を繰り返す少女に、ガリオンもいい加減うんざりしてきた。


 あぁ、メンドくさい……。


 もう……"やって"しまおうか。


「なぁ? 分かるか? 魔王になっちまえば、多少の"無茶"は通るんだ。例えば……邪魔なガキを、こっそり"消した"としてもな。」


 そう言うと、ガリオンの背後に二つの影が現れる。


 事務所の床からズルリと立ち上がったその影は、ガリオンが自らの"力"で作りだした"水人形(アクアドール)"だ。


「恨むんなら、無能の子に産まれちまった自分を恨め。」


 その言葉と共に、二体の水人形(アクアドール)の腕がゆっくりとシュレムへと伸び、その細い首を締め上げようとしたところで――


「あの~。」


 その場の緊張感に似つかわしく無い、間延びした声が部屋に響いた。


 ガリオンが顔を上げると、そこには先程帰ったと思っていたもう一人の少女が立っていた。


「……なんですか? まだ居たんですか。」


 ガリオンがやれやれと問う。


 この場を見られた以上は、コイツも消さねばならないだろう。


 だが、そんな状況に気付いているのかいないのか――


 少女は言葉を続ける。


「いえ。先ほど申し上げた件が、上手く伝わっていないようでしたので、再度お伝えに参りました。」


 少女は可愛らしい声で、しかし抑揚無く告げる。


「わたしは先ほど、こう申し上げました。『わたしやわたしの仲間に手を出されなければ、わたしは何もしません』、と。」


 少女の顔は、伏せられていて確認出来ない。


 少女は続ける。


「あれは『これ以上手を出されなければ……見逃してやる(・・・・・・)。』という意味だったんですよ?」


 少女はガリオンへと歩み寄る。


「そして……今アナタが踏み付けているシュレム。彼女も、わたしの大切な"仲間"なんです。だから……」


 その瞬間、少女が何かを投擲する。


 投擲された何かは、ガリオンの左右に控えていた水人形(アクアドール)に着弾し、ちゃぷん、と可愛らしい水音を立てた後に――


――ドパパァンッ!!!


「なッ!?」


 ――炸裂した。


(こ……コイツ……!?)


 驚愕するガリオンの目の前で、四散した水人形(アクアドール)が霧雨のように室内に舞う。


 ガリオンの視界を、一瞬だけ水飛沫のカーテンが覆う。


 やがてそのカーテンが降りたその先に居たのは……


「だから……今すぐその汚ねぇ足をどけろや。クソ野郎。」


 怒りの形相に変わった少女、レティーナ=ランドルトであった。

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