第四十七話 たいへんお世話になりました
魔族領王都の中心部にある"王城"――。
かつては"魔王城"とも呼ばれたその荘厳な城郭の"地下"を、俺はシュレムの親父さん……ログマーさんと共に訪れていた。
途中に居た衛兵を、ログマーさんは顔パスであっさりと通過する。
「私はここの管理を魔王様から仰せつかっていてね。自由に出入り出来ることになっているんだ。もっとも、そうそう来る用事など無いけれどね。」
そう話しながら、ログマーさんは通路を進む。
ログマーさんの言う通り、この通路はそれほど利用されていなかったのだろう。
肌に触れる空気は冷たく、少しカビっぽい感じがした。
そして……
やがて通路の突き当りに、鋼鉄製の頑丈そうな大扉が出現する。
「魔王様の死後、私以外の者がここに来るのは初めてだろう。」
そう語りながら、ログマーさんは懐から取り出した鍵束のうちの一本を、大扉の鍵穴に差し込む。
――……ガチャリ。
ログマーさんが大扉を押すと、重厚な扉はギギィ……と音を立てて開いた。
「ここがこの王城の"宝物庫"だ。」
「うっわぁ……。すげぇ……。」
ログマーさんが手に持った明かりで室内を照らすと……
そこにはまるで絵本で見たような"宝の山"があった。
金塊に色とりどりの宝石、骨董品、美術品、絵画――。
素人目に見ても、相当な価値があろうことが伺える品ばかりだ。
「これらは全て、先代魔王さまの"遺産"だよ。」
「魔王の遺産……!? これ全部!?」
驚く俺に、ログマーさんは笑って言う。
「ここにあるものなど、その内のごく一部だけどね。例えば……そう。シュレムがキミたちを迎えに行くのに使った"高級馬車"があっただろう? あれも実は、魔王様の遺産なんだ。」
マジか。
どうりで乗り心地がいいわけだ。
「ハハ……。魔王の遺産を持ち出すなんて、シュレムもいい度胸してんなぁ……。」
俺が冗談半分に笑って言うと、ログマーさんは頷いた。
「そうだね。遺産の所有権者が訴えれば、重い罪に問われるだろう。」
そっか……。
まぁ遺産とはいえ、勝手に持ち出したんだからドロボーと一緒だもんな。
……ん?
所有権者?
「この遺産の所有権者って誰なんだ?」
俺が問うと、ログマーさんは静かに答えた。
「それは恐らく……"キミ"だよ。」
「えっ……?」
予想外の言葉に目を丸くする俺。
ログマーさんはそのまま宝物庫の一番奥へと歩みを進める。
そこにあったのは……これまた重厚で立派な"金庫"だ。
その金庫に、ログマーさんは先ほどの鍵束から別の鍵を取り出して、鍵穴へと差し込む。
そして……
金庫の中から、一通の封筒を取り出し、俺に手渡した。
「これが……先代魔王様の"遺言状"だ。」
受け取った俺は、その封筒を開封し、中の書類を取り出そうとする。
その瞬間――
――グォォォ……!!
「なっ!? ぅええ!?」
自分が何を感じ取ったのかは分からない。
だがその書類に触れた瞬間、背筋をすごい勢いで悪寒が通り抜けた。
「な、なんか今! すげぇゾクっとしたんだけど!?」
わけがわからずログマーさんに問う。
ログマーさんは……分かっていたように頷く。
「その書類には、魔王様の魔力を込めたサインがしてあるんだ。誰が受け取っても、それが魔王様の記したものだと分かるようにね。」
言われて俺は、指の先で摘まむようにして恐る恐る書類を取り出す。
その書類の一番上には確かに、魔王の――"ランドルト"の名が記されていた。
もぉー、ビビらせんなよ……。
つかハンコとかでいいだろ……。
そうして俺は改めて書類の内容を確認しようとして……
「……あれ?」
目が点になる。
「白紙……なんだけど?」
そう。白紙なのだ。
一番上に魔王の名が記されているだけ。
それ以外には何も書かれていなかった。
俺の問いに、やはりログマーさんは頷く。
「その紙に魔力を込めてごらん。」
言われて俺はちょっと戸惑う。
え?
魔力を込めるってどーやんの?
(こんな……感じか?)
いつも右手を握って"力"を使う時のように、その紙に意識を集中する。
すると……
「お……おぉ!?」
書類の端――
俺の手が触れている部分から……まるでライターで着けた火が伝うように――
ジワァッ……と、紙の上に文字が浮かび上がった。
それを見てログマーさんはまた頷く。
「血縁者の魔力でしか、その遺言状は読めないようになっているらしい。文字が浮かんだということは、キミが間違いなく魔王様の血を引いているということだね。」
そ、そうなのか……。
驚きつつ、俺は書面に浮かんだ文字を読む。
そこにはこう書かれていた。
『我が娘 レティーナ=ランドルトに、我が遺産の全てを譲り渡す。』
……マジか。
この莫大な遺産が、全部俺のモノ……。
やっぱ魔王、めっちゃ親バカなの?
「驚くことはないよ。人間と違い、魔族は"世襲制"というものを好まないからね。成功者が子の為に残すのは、地位では無く財産。それが王ともなれば、莫大な遺産を残す事も珍しくない。」
そういうモンか……。
「どうする? キミには遺産を受け取る権利がある。受け取るというなら、私が手続きをしておこう。」
問われて……俺は少しだけ考えた後、答える。
「んじゃ、"受け取る"。」
俺が告げると、ログマーさんは頷いた。
「そうか。ではすぐに手続きをしよう。」
そう言って、ログマーさんは宝物庫を出ようとする。
「あ、ゴメン。ちょい待って。」
俺はそんなログマーさんを呼び止めて言葉を続ける。
「これで魔王の遺産は俺のモノになったから……シュレムが例の"高級馬車"を持ち出した事は、お咎め無しに出来るんだよね?」
言われてログマーさんは微笑む。
「そうだね。気を使ってくれてありがとう。」
「あ、それともう一個!」
再度ログマーさんを呼び止めて、俺は告げた。
「そしたらこの魔王の遺産さ……全部、国に"寄付"しといて貰える?」
「ん、んん!? なんだって!?」
流石のログマーさんも驚いた様子だ。
「せ、せっかく魔王様が残してくれた財産だよ!?」
焦りつつ言うログマーさん。
「いや、まぁそーなんだけどさ。俺ら別に、金に困ってないしなぁ……。」
俺の"力"で食う着るには困らないし、人間領に戻れば立派な住居もある。
「それに……こんな大金持ってたら、余計な厄介事まで寄って来そうだしな。」
金は確かに選択肢を広げてくれる。
だが過ぎた大金は、逆に人生の自由を奪っちまう。
今の俺には、こんな金は重荷なだけだ。
「人間領もそうだったけど、戦後の復興とかで予算は多い方がいいんだろ? それに充ててくれりゃいい。」
それで救われる幼女もいるかもだしな。
「……本当にいいのかい? 一度寄付してしまえば、後から返してくれとは言えないよ?」
最終確認とばかりに、ログマーさんは真剣な目で問う。
「ん。だいじょぶ。」
俺が答えると、ログマーさんは諦めたようにため息をひとつ吐いた。
「……やはりキミは、間違いなく魔王様の娘だよ。豪胆というか無欲というか……。」
そう言ってログマーさんは、小さく笑った。
「いいんだよ。それに……魔王が残した"一番の遺産"は、しっかり俺が受け取ってっから。」
その言葉に、ログマーさんはしばし考えてから、「あぁ。」と納得した。
「キミの妹さんたちは、いいお姉さんを持ったね。」
「ん。そりゃどーも。」
そう言って俺たちは笑った。
***
「あ! お父さん! レティーナさま!」
王城を出ると、外で待っていたシュレムが駆け寄って来た。
「魔王さまの遺言状の確認は終わりましたか?」
「あぁ。……少々予想外な展開だったがね。」
苦笑いしながらシュレムに伝えるログマーさん。
経緯を知らないシュレムは頭にハテナマークを浮かべている。
「じゃあ私はこのままシュレムと共に、遺産相続の手続きをしてくるよ。」
そう告げて去ろうとするログマーさん。
「うん。……あ! ごめん、ログマーさん! ついでにもう一個、お願いしてもいい?」
「あ、あぁ……。今度はなんだい?」
莫大な遺産を相続したり、それを一瞬で蹴っ飛ばしたりした後の"お願い"だ。
ログマーさんは少々身構えて聞いていたが……
「……あぁ、なんだ。そんなことなら全然構わないよ。」
と、二つ返事で快諾してくれた。
「ありがと! んじゃ、先帰ってる。シュレムも後でな!」
「はい! また後で!」
そうして俺は、二人と別れた。
***
「よっ、と。こんなモンかな。」
二人と別れた後、俺はログマーさんの家に戻っていた。
俺がログマーさんにした"お願い"――。
それは……
『王都に滞在する間、ログマーさんの家に泊まらせてほしい』
……だ。
莫大な遺産相続を蹴っておいて、宿代はケチるのかよ! とでも言われそうだが……
これは一応、俺なりの考えがあっての事だ。
「おねーちゃん! 今日はここにお泊り?」
「ひろいおへやなのー!」
アイリスとコロネ、それに幼女たちやエリノアも一緒だ。
「あぁ。これからしばらくはな。みんなに手伝ってほしいこともあるから、そん時は頼む。」
「……わかった!」
「了解であります!」
「オッケーだよー!」
「任せるのじゃ!」
元気よく返事する幼女たち。
「レティーナさま? ただいま戻りまし……うわっ!」
帰ってきたシュレムは、俺たちの部屋を覗くと驚きの声を上げた。
そりゃそうだろう。
元々空き部屋になっていたこの部屋は、今は俺が"力"で出した荷物がてんこ盛りになっているのだ。
「あ、シュレムおかえりー。悪いな、勝手にいろいろ置かせてもらってる。」
「そ、それは全然構わないんですけど……なんですか、これ? ……たくさんの紙の束? それに……こっちは箱ですか?」
見慣れない物品の数々に首を傾げるシュレム。
「準備出来る時に出しといた方がいいと思ってな。とりあえず、必要だと思うモンは出し終わった。」
「そ、そうですか……。」
その意図が分からず、シュレムは困惑の表情を浮かべる。
「あ! あとこれ! これはシュレムに預けとくよ。」
そう言って、俺はシュレムにスポーツバッグをひとつ渡す。
そして……真剣な顔で告げる。
「もし俺の身に何かあったら、そのバッグを開けてくれ。」
「何か、って……何言ってるんですか! そんな事あったら困りますよ!」
更に困った顔をするシュレム。
……かわいい。
「ん、まぁ何もなきゃいいんだ。そん時は返してくれりゃいい。だから、しばらく預かっててくれ。」
「……うぅ。わかりました。」
シュレムはそう言って、渋々バッグを受け取った。
よし。
これで粗方準備は終わったな。
「よし、そんじゃ行こうか。」
俺がそう告げると、シュレムはまた首を傾げる。
「? どこかへお出かけですか?」
「あぁ。ちょっと"挨拶"にな。」
「"挨拶"……? 王都にお知り合いでも居るんですか?」
そう問うシュレムに、俺は告げる。
「ん? いるだろ? この旅でとぉーっても世話になった、俺もシュレムも知ってる奴が。」
そう言われてしばし考えていたシュレムは、
「! まさか……!」
と、その答えに気付いて目を見開く。
そんなシュレムに、俺はニヤリと笑って告げる。
「"ガリオン"だよ。あの野郎に……丁重に"挨拶"しとこうと思ってな。」