第四十五話 みんな傍にいるからね
シュレムの歓迎会を兼ねた幼女たちとのパジャマパーティー――。
昼間から始まった楽しいパーティーは、結局夜まで続いた。
朝が早かったこともあって、幼女たちも次第に眠気に誘われ――
まずコロネとアイリスが――。
そして他の幼女たちも順々に寝落ちしていった。
ふかふかのカーペットの上で眠りに落ちた幼女たちに、俺はそっと毛布を掛けてやり――
「ふわぁ……。俺も寝るか……。」
自分用の毛布に包まって、部屋の隅で眠りに落ちた。
***
(……ん?)
深夜――。
俺は……まぁ既に何度か経験した違和感に気付き、目を覚ました。
俺の身体を包む毛布の"内側"に――もぞもぞと動く気配がある。
毛布を除けてみるとそこには――
「……レティ。」
潤んだ目をしたシャルが居た。
「ちょ、シャル……!? 何してんの……!?」
他の幼女たちを起こさぬよう小声で問う俺に、シャルは
「……みんなしたのに……わたしだけ仲間はずれは……ダメ。」
そう返した。
い、いや……。
仲間外れとかじゃなくて……。
つかこれ、また操られてんのか!?
なんで!?
「わ、わかった……! けど今はダメだって……! みんな同じ部屋で寝てるんだぞ……!?」
なんなら妹たちだって同じ部屋に居るのだ。
流石にこの状況では……
「……声、出さなきゃ……だいじょぶ。」
「声出さなきゃって……。んっ!? っ~~~~!?!?」
反論しようとした俺の唇は、柔らかな感触に塞がれた。
そして俺たちはひとつの毛布に包まって――
***
「あ~……朝だ。」
目が覚めた時、窓からは既に朝日が差し込んでいた。
みんなは先に起きたのだろう。
部屋の中には俺とシャルだけが残っていた。
俺はシャルを起こさないよう注意しつつ身を起こし、おそらく幼女たちが居るであろう食堂へと向かった。
「おはよー。」
食堂には……やはり先に起きていた幼女たちの姿があった。
「あっ! れ、レティ殿っ! お、おはようであります!」
「お、おはようなのじゃっ!」
「お、おはよっ!」
幼女たちの態度が……なんかぎこちない。
これは……やっぱ聞かれちゃったっぽいな、うん。
「おねーちゃん、おはよー!」
「おはようなのー!」
ほっ。よかった。
アイリスとコロネはいつも通りだ。
「……おはよ。」
「お、おはよー。なんだ。シャルも起きたのか。」
食堂に顔を出したシャルに挨拶する。
……と、一応確認しとこ。
「シャル。ちょっとこっち来て。」
俺は一旦シャルと共に廊下に出る。
「シャルさ。昨日の夜のことって……」
「……覚えてない。」
他の幼女たちがそうだったように、シャルも昨晩のことは記憶に無いと言う。
ということはやっぱり、あれもシュレムの"力"で操られてたってことか。
……。
……って、あれ? 待てよ?
確かシュレムは、"力"を使う為には"呪印"が必要で……
その呪印は作るのに半日かかるとか言ってなかったっけ?
昨日見せてもらったのも使用済みの呪印とか言ってたし……
「ふあぁ……。おはようございます。」
俺がそんなことを考えていると、顔を洗っていたらしいシュレムが廊下を歩いてやって来た。
「おはよ。……なぁ、シュレム? 昨日の夜ってシャルを"力"で操った?」
「ふぇ? 操ってないですよ? そもそも呪印がもう無……むぐぅ!?」
否定の返事を出しかけていたシュレムは……次の瞬間、背後に回り込んだシャルに口を塞がれた。
「ちょ、シャル!?」
シャルは……シュレムの後ろに隠れてはいるが、その顔は真っ赤になっていた。
「……覚えてない。……覚えてない……もん。」
その様子で凡そ察しのついた俺は、それ以上の追及をやめた。
「ま、まぁなんだ……。とりあえず……朝ごはん食べよーぜ?」
***
「さて。じゃあそろそろ行くか。」
朝食を終えた俺たちは、馬車の前で集合していた。
この旅の目的地。
魔族領王都への出発――。
「みなさんには、本当にご迷惑をお掛けしました。王都に到着したら、すぐ帰りの船を手配します。みなさんと仲間になれて……よかったです。」
しんみりとそう挨拶するシュレム。
だが俺は、
「ん? 何言ってんだ? シュレム。」
そう返す。
「ふえ?」
シュレムは俺の言葉に、ポカンとした表情を見せる。
「俺らが帰るのは、もうちょい先だろ?」
「え? 先って……え?」
困惑しているシュレム。
そんなシュレムに、俺は告げる。
「俺らはこれから王都に行って……シュレムの父ちゃんの選挙を手伝うんだろ?」
その言葉に、シュレムは大きく目を見開く。
「なっ!? そんなっ!? いえ、でも! これ以上みなさんに迷惑を掛けるわけにはいきません……!!」
はぁ、やれやれ。
まったく。
シュレムって優秀だけど、いっこだけ足りないんだよな。
"他人の力を借りる"事――。
自分ひとりでやろうとすんなって。
たまには周りに甘えとけ。
「別に迷惑じゃないさ。俺らだって、ガリオンの野郎に魔王になんてなって欲しくねぇんだ。」
ウチの幼女たちの乗る馬車に襲撃かけて来やがった野郎だ。
そんなヤツが王になるのなんて見過ごせねぇ。
「それに……"約束"しただろ?」
「約束……?」
「あぁ。アーミセイジの街で、落書き消した後にした約束だ。」
言いながら、俺も思い返す。
『安心しろ。何かあったら……俺が守ってやっからさ。』
俺はシュレムにそう約束した。
だったら……困ってるシュレムをほったらかして、俺らだけ帰るわけにはいかない。
「シュレムが俺らを"仲間"だと思ってくれるんならさ……手伝わせてくれよ。」
「レティーナさま……。」
シュレムは……少しだけ泣きそうな顔をした後、キッと眉を上げ、
「レティーナさま! みなさん! お願いします! どうか……どうか力を貸して下さい!!」
そう言って、深く頭を下げた。
「ん。りょーかい!」
***
そうして、俺たちは馬車に乗り込んだ。
御者席には、変わらずシュレムが座る。
いよいよ馬車を出発させようとした、その時――
「シャルちゃぁん!」
馬車の外から、女性の声が響いた。
窓の外を見れば、そこに居たのは、
「……! ……シスターさま!」
この街の教会でシスターをしている、エルマさんだった。
「エルマさん。見送りに来てくれたのか?」
「えぇ。シャルちゃんにも、みなさんにも挨拶がしたくて。それと……"あの子"はいるかしら? 黒い髪の女の子……。」
エルマさんは馬車の窓から馬車内をキョロキョロと探す。
ん?
シュレムのことかな?
「シュレムなら御者席だよ。……おーい! シュレム!」
「はい?」
俺が呼びかけると、御者席のシュレムが顔を出した。
そのシュレムの顔を見て、エルマさんが小さく「あっ」と声を上げる。
「シスター・エルマさま。ボクにご用ですか?」
御者席を降りて来たシュレムに、エルマさんは、
「えぇ。用があったのですけど……たった今、無くなりました。」
……はい?
どゆこと?
混乱する俺とシュレム。
そんな俺たちに、エルマさんは優しく告げる。
「シュレムさん、ですね。この間、宿でお見かけしたとき……アナタはとても、思い詰めていましたよね? 使命感と罪悪感……その二つに挟まれたような、とても辛そうな気配を感じたんです。」
!!
マジか!!
エルマさんが宿でシュレムを見たのなんて、ほんの数分間だっただろうに……
たったそれだけでシュレムの気配を察したのか……。
すげーな。
流石"聖人"さまだ。
カリスマシスターなんて呼ばれるだけのことはある。
「でも……今日のアナタを見て安心しました。アナタの抱えていた問題は、どうやら無くなったみたいですね。」
そう言われてシュレムは……少し照れたような、だが嬉しそうな表情を見せる。
「えっと……はい! みなさんのお陰です!」
そう告げたシュレムに、エルマさんは優しい微笑みを返す。
「その縁……大切になさってくださいね。」
そしてエルマさんは、俺の方を見て、
「どうか……これからもシャルちゃんや皆さんの事、よろしくお願いします。」
そう告げた。
「ん。わかった。」
俺が真剣な顔でそう返すと、エルマさんはまた微笑んだ。
***
「それじゃ。エルマさん、見送りありがとー!」
「……シスターさま。……また遊びに来るね。」
「はい、お気をつけて! 皆さんの行く先に、神のご加護があらんことを……!」
両手を胸の前で合わせてそう祈りの言葉を告げたエルマさんを後方に――
俺たちを乗せた馬車は、またゆっくりと動き出す。
旅の最終目的地である、魔族領王都へと――。
お読み頂きありがとうございます♪
今回の投稿で第五章完結です!
すみませんが続きはまた一週間程後に投稿させて頂く予定です。
そして……次章でいよいよ花降り編最終章となります。
年内には完結させたかったけど……ちょっと厳しいかな。
それでは。
どうか最後まで本作をよろしくお願い致します!