第四十二話 帰り道の種明かし
泣き止んだシュレムを伴って、俺は宿へと戻るべく山道を下る。
隣を歩くシュレムを見れば……まだ申し訳なさそうな顔はしているものの、だいぶ落ち着いたみたいだ。
……むぅ。
無言で歩くのもアレだな。
せっかくだし、気になってたことをまとめて聞いちまうか。
「なぁ、シュレム。答えたくなかったら別にいいんだけさ。シュレムは、なんつーか……いつ頃から俺たちの"敵"だった?」
俺はシュレムに問い掛けてみる。
魔王選定選挙に出馬する親父さんの為に、俺たちの妨害をすることになったシュレム。
だがガリオンの襲撃時には、まだ敵意は見られなかった。
いつ頃からシュレムの中に敵意があったのかを、俺は聞いてみた。
シュレムは……やはり少し答え辛そうにしつつも、口を開いてくれた。
「ガリオンの襲撃の後くらいからです。」
あー、やっぱそんくらいか。
「実力的には魔王軍幹部に匹敵すると言われているガリオンの襲撃を、あっさりと掻い潜ったレティーナさまを見て、ボクは妨害を始めました。」
あっさりと……って。
アレも結構ギリギリだったんだけどな……。
「よくエリノアにバレなかったな。俺はともかく、エリノアはいつでも"力"を使ってシュレムを確認できたハズなんだけど……。」
エリノアには、日頃から『怪しいと思った相手は"力"で確認してくれ』と命じてある。
幼女たちに危ない奴が近づかないようにとの配慮からだ。
シュレムが旅の序盤から敵意を持っていたのなら、どこかでエリノアにバレていそうなものだが……
シュレムは俺の疑問に、また申し訳なさそうな顔をして答える。
「……エリノアさまの"力"のことは、以前から知ってましたから。だから……"先手"を打たせてもらったんです。」
「? ……"先手"?」
マジで?
エリノアの"嘘や隠し事を見抜く力"って対策できんの?
「旅の出発前に、エリノアさまと二人で話をさせて頂いたのを覚えてますか?」
シュレムに言われて、俺は思い返す。
あー、そういやなんか話してたっけ。
てっきりシュレムがエリノアに憧れてんのかと思ってたが……
「その時、エリノアさまに……『ボクが常に隠し事をしている』という嘘を伝えたんです。」
シュレムの言葉に、俺は一瞬考える。
……あぁ、なるほど。
要は『嘘』を『嘘』で隠したのか。
シュレムがなんらかの隠し事……"秘密"を、エリノアにだけ話す。
俺や他の幼女たちには内緒な"秘密"。
だけど、旅に支障の無い"秘密"。
そうしておけば、仮にエリノアが"力"でシュレムを見て、隠し事の気配に気付いたとしても……
『あぁ、あの件か』と思ってもらえる。
エリノアの"力"は嘘や隠し事が『あるかどうか』は分かっても、『どんな内容か』まではわからない。
なるほど……。
上手い対策だ。
「ちなみに、エリノアにはどんな"嘘"を伝えたんだ?」
俺らに隠していることをエリノアに納得させつつ、だけど旅に支障の出ない"秘密"。
その内容がぱっと思い浮かばなかった俺は、シュレムに聞いてみる。
シュレムは……先ほどとはちょっとニュアンスの違う言い辛そうな表情をしてから、答えた。
「その……ボクが実は……"男"だと」
「はぁっ!? えぇっ!? なっ!? う、"嘘"なんだよな!?」
俺は襲撃をかけられた時以上に狼狽えて問う。
「も、もちろん"嘘"ですよっ! ちゃんと"女"ですっ!!」
ほっ……。
よかった……。
いや、シュレムがまさかの"男の娘"だったらどうしようかと……。
「……ちなみにエリノア、どんな反応してた?」
「……『わたくしは可愛ければいいと思いますわ!』って親指を立ててました。」
あー……アイツなら言うかもな。
まぁとりあえず疑問のひとつは解決した。
あとは……そうだな。
「そういえばさ。この旅の間に、ウチの子たちがちょっと様子がおかしくなる時があったんだけど……あれもシュレムの"妨害"だったのか?」
ロロ、ミリィ、グリムと続いたあの『俺のベッドに忍び込んできてくれる』現象だ。
正直俺にメリットしかないアレが、妨害とも思えんが……。
シュレムがなんらかの方法で幼女たちを操ったというならあの謎現象も理解できる。
「えっと……そうです。ボクが"力"を使った結果だと思います。」
シュレムはまた俯きがちに答える。
「ボクの"力"は……"夢渡り"。眠っている相手に、"見せたい夢"を見せる力なんです。」
なんと!
見せたい夢を見せられるとな!?
ほほぉ~お……
それはイロイロと有効活用出来そうな……
……じゃなくて!
「その"力"でみんなを操ったのか?」
夢を見せるのと人を操るのがどう繋がるんだ?
「眠っている間は、理性が薄くなっているんです。そこに相手を唆す言葉を囁いて、行動に移させる……それがボクが行った"妨害"です。」
マジか。
「寝てる相手なら自由に操れるって事か?」
「いえ。相手にその意思がないような命令は出来ません。」
なるほど。
まぁそうだよな。
なんでもさせられたら最強すぎる。
「みなさんには『眠っているレティーナさまを襲撃せよ』と命じたのですが……上手くいかなかったようですね。」
そっか。
シュレムの目線から見たら、俺と幼女たちの関係は『上司と部下』みたいに見えたのかもな。
表向きは仲間でも、本心では俺の事を嫌ってる子もいるんじゃないかと思って、操ろうとした。
だが……
ウチの子たちはみんな、俺を好いてくれてました、と。
……なんか嬉しいな。照れるけど。
「それで部屋までは来ても、俺を襲撃することはしなかったってワケか。」
俺が呟くと、シュレムは「えっ?」と驚いた顔をする。
「部屋までは来たんですか?」
「ん? あぁ。ロロもミリィもグリムも、俺の部屋に来たぞ?」
俺がそう答えると、シュレムは首を傾げる。
「おかしいですね……。命じられたことが本人の意思とそぐわない場合、行動しないはずなんですけど……。」
え? マジ?
でも幼女たちは確かに俺の部屋に来てくれたぞ?
まぁ襲撃っつーよりはむしろ……
「……あ。」
俺はそこで、ある可能性に気付く。
「……なぁシュレム。」
「はい?」
「幼女たちへの命令って……『襲撃せよ』って言葉で伝えたのか?」
シュレムは俺の問いに、しばし思い出すように考えた後、
「あ、いえ。眠っている相手に命じるときは、よりシンプルな言葉の方が伝わると思いまして……」
「つまり?」
「その……レティーナさまを『襲え』、と。」
……あー。
謎は全て解けた。
そうか。
そういうことか。
ウチの子たち……『襲え』の意味を曲解したんだ。
そりゃ、"そういう意味"もあるけどさ……
そして"そういう意味"に取らせた原因はおそらく俺なんだけどさ……
『相手にその意思が無いような命令は出来ない』
さっきのシュレムの説明からすると……幼女たちは心の奥では"そういうコト"がしたかった、って話になる。
……そっか。
うん……そっか。
「シュレム!」
「は、はいっ!?」
俺はシュレムの肩を力強く掴む。
そして……
「ありがとう……!!」
そう伝えた。
いや、ホンっトありがとう!
大変美味しい体験をさせて頂きました。
「は、はい……?」
ニコニコと微笑みながら宿へと歩く俺を、シュレムは怪訝そうな顔で眺めていた。




