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魔王の長女に転生したけど平和主義じゃダメですか?  作者: 初瀬ケイム
花降り編 第四章 ほしぞらとともに
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第三十四話 星空と螺旋階段と

 コロネの宿題の発表会を終えた後、幼女たちはそれぞれの部屋に戻った。


 ……グリム以外は。


「グリム~。こたつで寝たら風邪引くぞ~?」


 グリムの大好きなトーヴァ商会の布団(今はこたつ布団だが)に包まれている為か――

 それともこたつ自体の快適さ故か――


 グリムはこたつでうたた寝を始めてしまっていた。


「まぁ……グリムも気ぃ張ってただろーしな。」


 ブランカ会長との商談の行方を、一番気に掛けていたのはグリムだ。

 宿で待つ間、ずっと張り詰めた気持ちだったであろうことは想像に難くない。


「お疲れ……。グリムもがんばったな……。」


 小さく呟きながら、そっとグリムの背に毛布を掛ける。

 今日はこのまま寝かせてやるか。


 そんな事を思って、こたつを離れようとした俺の背に……


「のぅ……レティーナ……。」


 グリムの、呟くような声が掛かった。


「なんだ。起きてたのか。」


 俺が振り返ると、グリムは背に掛けられた毛布をぎゅっと握りしめながら……こう口にした。


「少しだけ……時間を貰ってもよいか?」


***


 ……さて。


 グリムにお願いされて、俺は今、夜のアーミセイジの街をグリムと共に歩いている。


 うん。

 それ自体はいい。


 いいんだけど……


「な、なぁ、グリム? "これ"……外しちゃダメか?」


「ダメじゃ!」


 俺は今、"力"で出した"アイマスク"を装着している。


 要は目隠しだ。

 目隠しされた幼女が、夜の街を連れ回されている状態だ。


 なんというか……犯罪的なニオイがする……。


 まぁ連れ回してる側のグリムも幼女だから憲兵さんは来ないだろーけど……


 つか単純に前が見えなくて怖い。


「大丈夫じゃ。妾が手を引いてやる。」


 そう言って俺の手を取ってリードするグリムは、戸惑いながら歩く俺の歩調に合わせ、ゆっくりと俺の前を進む。


 そうしてしばらく歩く。

 耳に頼るしかないから確証は無いが……だいぶ街の中心からは離れたようだ。

 周りから人の気配が無くなる。


「ここからは階段じゃ。足元に気を付けてくれ。」


「階段……?」


 グリムに促され、足を高めの位置に降ろすと……確かに、一段分の高さの位置に足場があった。


「ほれ。次は左足じゃ。」


 そうして、ゆっくりと俺たちは階段を上る。


 螺旋階段なのだろう。

 ぐるぐると、ぐるぐると……

 俺は目隠しをされたまま、その階段を上る。


(……いや、流石におかしくないか?)


 どれくらい上っただろうか?

 俺は疑問を感じ始める。


 この街に、これほど高い建物なんてあっただろうか?

 木造建築が主流のこの世界に、こんなに高い建物など存在するのか?


 だが現に、踏みしめる足の裏側には、しっかりとした足場の感触が返ってくる。


 俺がそんな疑問を胸の内に抱いた頃……


「……そろそろいいかの。」


 グリムが、俺の手を引くのを止める。


「ん? 上り切ったのか?」


「うむ。そのまま腰掛けてくれ。」


 俺は言われるがままに腰を下ろす。


「それじゃ、目隠しを外すが……驚いて"落ちる"のではないぞ?」


「??? ……"落ちる"?」


 俺の問いには答えず、代わりにグリムは俺の目隠しを外す。


 そしてそこには――


「んっ……ぅうぉぉおぉおおおおぉおおおおおおおおッ!?」


 何も――"無かった"。


 建物も、屋根も、壁も、天井も、そして――"地面"すら、無かった。


「なっ!? ぇええええ!?」


 下を見れば、遥か下方に地面が見えるが――肝心の足元には何も存在しない。


 瞬間的に『落ちる!!』と思ってしまい、隣にいるグリムに抱きついてしまう。


 するとグリムは、


「にっひひひ! ようやくお主の驚いた顔が見られたのじゃ~!」


 と、悪戯っぽく笑った。


 え、ナニコレ?

 ドッキリに引っかかったみたいで恥ずかしいんだけど……


 グリムの余裕のある様子に、俺の頭も冷静さを取り戻す。


 あ、そっか……。


「これ……グリムの"力"か。」


 ようやく俺は、その答えに思い至る。


 グリムの"力"――


 狭い範囲に"見えない障壁"を張る力だ。


 いつもは文字通り"壁"として用いていたその"力"を、今回は地面に水平に――つまり"足場"として利用したのだろう。


 一度に出せる"壁"は二枚が限度とも聞いていたから、ここまで上る為には一段上って一段消し、次の一段を出すって作業を繰り返したようだ。


「それでも、苦労した価値はある景色じゃろ?」


 グリムに言われ、そこで俺は初めて気付く。


「お……おぉ……!」


 俺たちの周りには、何も無い。


 そこにはただ、"星空"だけが在った。


 満天の星空……などという言葉でさえ足りない。

 視界の全てが、星の瞬きで満たされていた。


 俺がその光景に言葉を無くして見惚れていると、グリムが躊躇いがちに口を開いた。


「ホントはな……今回の"商談"をお主が成立させてくれた時、妾は少し悔しかったのじゃ……。」


「? ……"悔しい"?」


 俺の問いに、グリムは頷く。


「妾がひとりで商談を成立させたら、お主に近づけるかと思ってな……。」


「"近づく"って……俺は今のグリムも、十分すげーと思ってるよ?」


 今回の商談だって、そもそもはグリムが思いついた事だ。

 俺はそれに乗っかったに過ぎない。


 だがグリムは、首を横に振る。


「のうレティーナ……妾がお洋服のお店をやっていて、一番嬉しい瞬間とは、いつだか分かるか?」


 グリムに問われ、俺は考える。


「ん~……お客さんが気に入ったお洋服を買って喜んでる時とか?」


「うむ。それも嬉しいが……一番は違うな。」


 そう言うと、グリムは遠くを見て、目を細める。


「一番は……新商品を並べたお店に、お客さんが一歩足を踏み入れた瞬間じゃ。」


 愛おしい物を見るような目で、グリムは語る。


「まるで宝箱を開けたように、驚きと喜びの入り混じった表情……。妾はそれを見るのが大好きじゃ。」


 そしてグリムは、過去を思うように目を閉じる。


「知っての通り、妾はお主と出会うまで、家に籠っておった。退屈じゃったが……それでいいと思っておった。昨日と同じ今日が続けばいい。嫌な事が起こるくらいなら、明日なんて来なくていい。そんな事さえ考えていた。」


 だが、とグリムは俺を見て、微笑んで言う。


「お主が妾を連れ出してくれて……たくさんの驚きと喜びをくれた。お主は……妾の憧れる姿なのじゃ。」


 そこまで言うと、グリムは――そっと俺に身を寄せる。


「だからの、レティーナ……。妾はお主と……ずっと一緒に居たい。」


 その熱の籠った表情に、俺の胸がドキッと高鳴る。


 おいおい……!

 ついに今度こそ……!?


「妾はお主と、この先の人生を、ずっと隣で歩みたい……。だから……」


 決意を込めた潤んだ瞳は、俺の目を真っ直ぐに見て、そして――


「だから妾の……好敵手(ライバル)になって欲しいのじゃ!」


 …………お、おぉぅ。


 ま た か 。

 ま た な の か 。


 三度の告白キャンセル……。


 しかもライバルって……。


「え、えと……グリム? なんでライバル?」


 ガックリと肩を落としながら、俺はグリムに問う。


「そんなもの決まっておろう! 同じ年頃のお主が、妾に出来ぬことをドンドンこなしていくのじゃ! 悔しがらぬ方がおかしかろう!」


 ぷくっと頬を膨らませて抗議するグリム。


「妾がまだまだ未熟なのは承知しておる。それでも……妾もお主を驚かせられるほどの、一人前の淑女(レディ)になりたいのじゃ……。」


 そう言って、グリムは顔を伏せた。


 告白じゃなかったのは……まぁ仕方ないとして。


 これもグリムの真剣な想いだ。

 真摯に受け止めてやらなきゃいけないだろう。


「ん~……じゃあさ! こうしよーぜ?」


 俺はグリムに、ニッと笑って告げる。


好敵手(ライバル)ってのは、お互いを高め合うモンだ。グリムは俺を驚かせられるようになりたいだろうけど、俺が一方的に驚かされるだけじゃ好敵手(ライバル)とは呼べない。だから……俺とグリム、"かわりばんこ"にしよう!」


「? ……"かわりばんこ"?」


 グリムはその意味が理解出来ず、首を傾げる。


「そうだ。グリムが俺を驚かせたら、今度は俺がグリムを驚かす。そしたらまたグリムが俺を驚かす。そうすれば、ほら!」


 そこまで聞いて、その意味を理解したグリムが、ぱぁっと明るい表情を見せる。


「毎日がサプライズだ! 次はどんなサプライズをしよう? 次はどんなサプライズをしてくれるだろう? 毎日ワクワクして、退屈なんてするヒマ無いだろ?」


 そう。

 ちょうど今俺たちが上った、螺旋階段と同じだ。


 右足、左足、右足、左足……

 交互に繰り返されるサプライズは、日常をとびっきりの楽しい"アトラクション"に変えてくれる。

 ワクワクして、ドキドキして、どこまでも楽しい日々へと上って行ける。


「それは……ステキじゃ……!!」


 そんな日々を思ったのだろう。

 グリムはうっとりとした目で、そう呟いた。


「その為には……妾はもっと頑張らねばな。」


「焦らなくていいさ。ちゃんと待っててやる。」


「……うん。」


 そうして俺たちは、煌めく星々に囲まれながら、しばらく二人の時間を過ごした。


 時折吹く夜風が、隣に座る"小さな好敵手(ライバル)"との間を、優しく通り過ぎていった。

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