第三十三話 小さな瞳に映る世界は
「ただいまー。」
「!! レティーナ!!」
俺が宿の扉を開けると、待ち構えていたようにグリムが飛んで来た。
「ど、どうじゃった……!?」
心配そうな表情で問うグリムに、俺はニッと笑いつつ、手でOKサインを作る。
それを見たグリムは……一瞬目元を潤ませ、俺にぎゅぅっと抱き着いてきた。
「ありがと……なのじゃ……。」
そんなグリムの頭を、俺はそっと撫でる。
ん。こんだけ感謝してくれんなら、やった甲斐があったってモンだ。
「でも……どうやって説得したのじゃ?」
まだ潤んだ瞳で、グリムが上目遣いに問う。
「あぁ。後でみんなにも説明するよ。とりあえず……ご飯にしよーぜ?」
***
そして夕食後――
俺の部屋に集まった幼女一同は……揃って"こたつ"に入っていた。
「わぁ~! すごいね~!!」
「……あったか……ぽかぽか。」
「まるで足元だけ日向ぼっこしてるみたいであります!」
「これは……ブランカ会長が首を縦に振るのも納得なのじゃ……!」
ぬくぬくとおこたで暖を取る幼女たち――
……うん、可愛い。
「おっと。こたつには"コイツ"も置いとかないとな。」
そう言って、俺はソキアの街で農家のおじさんからもらったみかん(に似た果物)をこたつ中央に置いてやる。
冬場の乾燥した身体が、水分を欲しているからだろうか?
皆美味しそうに食べてくれていた。
まったりとした団欒の時間――
そんな中で……唯一コロネだけが、何やら神妙な表情をしている。
「? どーしたのコロネ?」
アイリスがその様子に気付いて問う。
それとほぼ同時だった。
「わかったの……!!」
突然こたつから立ち上がるコロネ。
え……? どうした……?
「アイねぇ! ちょっときてほしいの……!!」
「え? ちょっと……コロネ……?」
アイリスの腕を引っぱって部屋を出て行こうとするコロネに、流石に俺もその動機を問う。
「ど、どうしたんだコロネ? もうおやすみなさいか?」
問われたコロネは、振り返って俺と他の幼女たちに告げる。
「ちょっとだけ、まっててほしいの……!」
そう言い残して、アイリスと共に部屋を後にした。
***
一時間後――
「おまたせなの……!」
アイリスを伴って戻ってきたコロネは、その手に数枚の画用紙を抱えていた。
「お、おぅ……おかえり……。何だったんだ?」
俺が問うと、コロネはキリッとした表情で告げる。
「れてぃねぇ……! しゅくだい、できたの……!!」
しゅくだい……?
宿題……?
あっ!
「もしかして……あの"絵本"のことか?」
俺が問うと、コロネは深く頷いた。
以前、この旅の途中で宿に泊まった際、コロネに読んでやった絵本――
その話の顛末に納得がいかない風だったコロネに、俺は提案したのだ。
この話がどんな風に終わったら納得できるか。
それを考えるのを"宿題"にしよう、と――。
コロネが誇らしげに抱える画用紙が、その宿題なのだろう。
よし、そんなら。
「みんな……ちょっと時間もらってもいいか?」
こたつに入っている幼女たちに、俺は問う。
「これからコロネの宿題の……"発表会"をさせてくれ。」
***
「じゃあ……はじめるの。」
俺と幼女一同に見つめられ、少し緊張した様子のコロネは、そう言って画用紙を立てる。
どうやらあの絵本に似せて、コロネが描いたらしい。
一枚目の画用紙に書かれたタイトルは、あの絵本と同じ『ふたりの商人さん』だ。
「あるところに、にんげんのしょうにんさんと、まぞくのしょうにんさんがいましたの。」
そうして語られた話は、途中までは以前俺がコロネに読み聞かせたものと同じだった。
荷運びを生業としていた二人の商人は、それぞれの方法で荷物を運んでいた。
人間の商人は馬の引く力を強める"魔法"を使って――。
魔族の商人は荷物を軽くする"呪術"を使って――。
「でもあるとき、いつもよりたくさんのにもつをはこばなきゃいけなくなりましたの。」
そしてコロネは画用紙を捲る。
本来の話では、この先はこう書かれていた。
魔族の商人は呪術を最大に使って、なんとか荷を運ぶことが出来た。
だが人間の商人が同じように魔法を最大に使うと――運んだ荷は、箱の中でバラバラに壊れてしまった。
落ち度の無い片方の商人だけが失敗するというこの話に、コロネは納得しなかった。
「こまったまぞくのしょうにんさんは、ふと、となりでおなじようにこまっている、にんげんのしょうにんさんにきがつきましたの。」
話の改変に気付き、俺はコロネの音読に一層耳を傾ける。
「まぞくのしょうにんさんは、にんげんのしょうにんさんにいいましたの。『きょうだけは、ふたりできょうりょくしないか?』と。」
そして――画用紙が捲られる。
「きょうりょくすることにしたふたりのしょうにんさんは、おどろきましたの。いつもよりもたくさんあったにもつを、いつもよりもずっとずっとはやく、はこびおわることができましたの。」
その展開に、俺は驚く。
コロネ……もしかして……。
「つぎのひ。にもつがすくなくなってからも、ふたりのしょうにんさんは、おなじようにきょうりょくしてにもつをはこびましたの。つぎのひも。そのつぎのひも……。」
そして――画用紙が最後の一枚を迎える。
「いつしかふたりのしょうにんさんは、くにでいちばんの、ゆうしゅうな"にはこびにん"になりましたの。めでたしめでたし……なの。」
コロネが最後の画用紙をパタンと伏せると、幼女たちからパチパチと拍手が飛んだ。
「コロネ殿! スゴイでありますよー!」
「……うん。……ステキなお話だった。」
「だね! 絵も上手だったよー!」
「うむ。コロネは将来、絵本作家になれるかもしれんのじゃ!」
幼女たちから賛辞を貰って、コロネは少し照れたように俯いた後、俺の方を見た。
「コロネ……おいで。」
手招きしてコロネを呼び寄せると、そのまま俺の膝の上に座らせる。
「この話ってさ、もしかして……この"こたつ"を見て思いついたのか?」
俺が問うと、コロネは頷いた。
やっぱりか。
魔族の作る"呪装"の生地と、人間の用いる"魔道具"である暖炉石によって作られた"こたつ"。
それがコロネの絵本の物語に、着想を与えたようだ。
「ころねには、むずかしいことはわからないの……。」
そう言った後、コロネは膝の上から俺を見上げて、
「でも……にんげんさんとまぞくさん、できることがちがうなら、きょうりょくすればもっとスゴイことができるはずなの……!」
そう考えを述べた。
――ぎゅっ。
「? ……れてぃねぇ?」
気付くと俺は、無意識にコロネを抱きしめていた。
そうだよな。
コロネの言う通りだ。
純粋なその瞳に映る世界には、魔族と人間の確執なんて関係無いんだ。
「……コロネに教えられちまったな。ありがと。」
そう言って、俺はもう一度コロネをぎゅっと抱きしめる。
「ん。どーいたしまして……なの。」
コロネは少しくすぐったそうに目を細めた。
「あー! コロネだけズルいよ~!! おねーちゃん! わたしも手伝ったのー!」
「あぁ。アイリスもありがとな~。」
アイリスを撫でてやると、こちらは素直に「えへへ~♪」と喜んだ。
こうして、コロネの宿題の"発表会"は幕を閉じたのだった。




