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魔王の長女に転生したけど平和主義じゃダメですか?  作者: 初瀬ケイム
花降り編 第四章 ほしぞらとともに
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第三十二話 アメとムチはお好きですか?

「会長。お客様がお見えです。」


「ん? 今日の予定は無かった筈だが……」


「それが……昨日いらしたお嬢様のお連れの方とのことなのですが……」


 秘書に言われ、ブランカは「あぁ。」と納得する。


 先日弟の失態で迷惑を掛けてしまった事をきっかけに、昨日はある少女と面会したのだ。

 その連れというと……恐らく騒ぎの際に中心にいたあの銀髪の少女だろう。


「ふむ……。」


 慰謝料を払うというこちらの申し出を辞退したあの少女――。


 ブランカ自身、少し時間を作って話してみたいとは思っていたのだ。


「わかった。急ぎの仕事だけ片付けたらお会いするよ。すまないがそれまで待っていて欲しいと伝えてくれ。」


「かしこまりました。」


 本来であればアポイントメントの無い来客には応じないブランカなのだが、今回だけは好奇心が勝った。

 彼女の要件は分からないが、退屈なデスクワークの合間の良い刺激にはなりそうだ。


「さて……やるか。」


 さっさと目の前の仕事を片付けるべく、ブランカは気合いを入れて机に向かうのだった。


***


――コンコン。


「はいよー。」


 仕事を済ませたブランカが応接室の扉をノックすると、中から少女の声で返事が返ってきた。

 やはりあの少女の声だ。


「失礼するよ。」


 ブランカが扉を開けると、予想した通り、そこに居たのはあの銀髪の少女だった。


「待たせてしまってすまないね。」


「いや、全然。くつろがせてもらってたんで。」


「……そのようだね。」


 応接室の中でブランカを待っていた少女は……おそらく自分で持ち込んだであろう、膝ほどの高さの"テーブル"に着いていた。

 それだけでも奇妙なのだが、それに輪をかけて奇妙なのは……そのテーブルが、"布団"で覆われていることだ。


「これは……ウチの商会の商品だね。随分変わった使い方をしてくれているようだが……。」


 ファッションブランド『トーヴァ』が主力のトーヴァ商会だが、販売しているのは洋服だけでは無い。

 "外気の影響を抑える呪装の生地"は、寝具の分野でも非常に高い評価を受けている。


 だがこのような使われ方をしているのは、ブランカも初めて目にした。


「"こたつ"って名前の家具だ。まぁ……コイツは俺の手作りだけどな。」


「"こたつ"……?」


 耳馴染みの無いその名に、ブランカは首を傾げる。


「まぁまぁ、立ち話もなんだしさ。とりあえず入ってくれ。暖かいぞ?」


「む。そうだな。それでは……失礼するよ。」


 ブランカは少々戸惑いつつも、少女に促されるまま布団を掛けられたテーブルに着席する。


 理屈としては間違っていない。

 熱を逃がさない布団でテーブルを覆えば、確かに半身を冷やさずに済む。


 だが、どう足掻こうとも布団に入った時ほどの暖かさは感じられまい。


 そんなことを考えながら、テーブル内に足を入れたブランカは……


(ん……んん!?)


 布団に覆われたその空間の――なんとも形容し難い"包まれるような温かさ"に驚く。


 まるでそこだけ春の日差しが降り注いでいるかのような、心地の良い"熱"。


「な、なんだね!? このテーブルは!?」


 人の体温だけでは、この暖かさは実現し得ない。

 一体どうやって温めているのか――?


「す、すまないが……布団を捲ってみても良いだろうか?」


「ん。いーよ。」


 少女の了解を得て、ブランカは「し、失礼……。」と布団を捲る。

 そこにあったのは銀髪の少女の可愛らしい小さな足と……


「こ、これは……!?」


 テーブルの裏側に取り付けられた、淡い橙色に光る"石"だった。


 ブランカはそっと、その"石"に触れるべく手を伸ばす。


 掌に感じる熱は、火傷をする程には熱くない。

 これならば火事の心配も無いだろう。


 なるほど。

 内部から熱を発し、その熱を布団によって外部に逃さないようにしているのか。


 そこまで理解したブランカは――ゴクリと唾を飲む。


「これは……お嬢さんが考えたのかい?」


「ん? ん~……まぁそう思ってもらっていいよ。この世界でここにしか無いモンだからさ。」


 彼も大商会の商会長だ。

 商売人にとって、不可欠な資質は持っている。


 "後の先"を取る資質――。

 新しいモノに出会ったとき、それを如何にして"儲け"に繋げられるかという思考力――。


 その持ち前の思考力が、ブランカに告げている。


(これは……"流行る"ぞ……!)


 ブランカ自身がたった今体験したその"包まれるような心地良い温かさ"――

 それはこれまでの魔族領には存在しない"未知の体験"だ。


 量産して販売すれば、飛ぶように売れるだろう。

 冬のスタンダードスタイルとして、一家に一台の売り上げも夢では無い。


「さて、会長さん。」


 そこまで思考したところで、見計らったように銀髪の少女が声を掛ける。


「そろそろ……"商談"に入ってもいいかな?」


 唇の端を――ニヤリ、と上げながら。


***


「"商談"……?」


 俺の言葉を、ブランカ会長が復唱する。


「そ。実はな……この"こたつ"の魔族領での販売権を、トーヴァ商会さんに譲ろうかと思ってんだ。」


「!!」


 その提案に、ブランカ会長が目を見開く。


「条件は、昨日ウチのグリムがお願いに来たのと一緒。"人間領へ呪装の生地を卸して貰う事"だ。……どうだ?」


 問われたブランカ会長は、しばし考えた後に……


「……いや、やはりそれは無理だよ。」


 と、首を横に振った。


「確かにこの"こたつ"は魅力的な商品だ。だが……これに使われているのは"魔道具"だろう?」


 先ほど布団を捲り上げて確認した"熱源"を指して、ブランカ会長が言う。


 そう。

 このこたつに使われているのは、"暖炉石(ホットストーン)"という魔道具だ。


 魔道具の精製は、人間にしか出来ない。

 つまり"人間領"との取引が必要になるわけだが……


「『人間領との取引は、ブランドとしてのイメージを損なう恐れがある』……だろ?」


 俺が先んじて問うと、ブランカ会長は頷いた。


 そう。

 そこがこの取引の最大のネックなのだ。


 魔道具を人間領から取り寄せるのも、呪装の生地を人間領に卸すのも――

 どうあっても"取引"は必要になる。


 回避しようの無い"リスク"――。


 だったら……


 ソイツを極限まで"薄めて"やるしかねぇよな。


「会長さん。人間領に生地を卸して欲しいって話で察しはついてるかと思うが……実は俺たち、人間領に居を構えてんだ。」


「……ふむ。そうなのだろうね。」


 俺の言葉に、会長は頷く。


 実際、少数ながら人間領で暮らしている魔族は存在する。


 但しそれらは現時点ではまだ人間国家に認められてはいない。

 所謂"不法入国者"だ。


 だが俺たちは――


「事情の説明は省くが……俺たちは不法に暮らしてるワケじゃない。なんなら人間の"王さま"にも了解をもらって暮らしてる。」


「……!!」


 会長が驚く。

 そして……


「ということはつまり……お嬢さんたちの商売は"許認可"を得ているということかい!?」


 そう続けた。


 "許認可"――

 行政機関による事業の許可のことだ。


 要するに"堂々と商売していーよ"っつー太鼓判を、国から押してもらってる状態になるわけだが……


 そうであるならば、先ほどの"リスク"を薄める手立てが一つ、生まれることになる。


「……旅を終えた後になるが、俺は人間領に戻った後、"商会"を立ち上げようと思う。」


 俺の言葉に、再び会長が目を丸くする。


 そりゃそーだ。

 こんな幼女がいきなり商会を立ち上げるなんぞ、驚いて当然だ。


「まぁつっても、そんな大それたモンじゃない。形だけの商会だ。だが……会長にとってはこれ以上無い程"便利な"商会になるんじゃないか?」


 問われて会長は、すぐにその意味を察する。


「君たちの商会を……クッション代わりにしろというのか……!!」


 そう。

 "人間"との取引がリスクを生むなら、"魔族"と取引すればいい。


 純正の魔族でありながら、人間領に居を構え、きっちり許認可まで貰っている"俺たち"とな。


「魔道具を使った商品を販売する以上、そこを責められるリスクはあるが……それでも、間に俺たちの商会が入ることで、トーヴァ商会さんに向けられるヘイトはだいぶ吸収出来るんじゃないか?」


 その分、俺たちの商会にヘイトが向くかもしれんが……どーせハリボテの商会だ。

 存分にサンドバックにしてくれりゃいいさ。


 俺の企みを聞いて、会長はまた深く考えている。


 ……もうあと一押しだな。


 そんじゃ……最後のカードを切るか。


「これでも商談に応じられないっつーんなら……そうだな。この話は"エヴァーニ商会"さんにでも持っていこうかな。」


「なっ!!?」


 ブランカ会長は、ここで今日一番の驚愕の表情を見せる。


 "エヴァーニ商会"は、"トーヴァ商会"の競合商会……つまりライバルだ。


 先程の"こたつ"が商品として大きな利益を生む可能性があるのは、会長自身がよくわかっていることだろう。

 それを、丸々ライバルに取られるなどということは、商会にとって大きな損失だ。


 どうだ。

 これが俺なりの"交渉のアメとムチ"だ。


 選んだ時のメリットの大きさ、デメリットの小ささを分からせた上で――

 選ばなかった時のデメリットのデカさを叩きつけるッ!!


 ……まぁもっとも、グリムがこの場にいたら『トーヴァ商会じゃなきゃダメじゃ~!』って喚き散らすんだろーけどな。


「…………。」


 ブランカ会長は、しばらく腕を組んで険しい表情で考え込んでいた。


 そして――


「……フッ。ハハハハハ!!」


 と愉快そうに笑い出した。


「いやー、参った! その若さでここまでの営業トークが出来るとは!」


「つーことは、オーケーってことでいいのか?」


「あぁ、勿論だ。実際悪い話では無いし、それに……」


「それに……?」


「お嬢さんを敵に回す方が、我が商会にとってのリスクになりそうだからね。」


 そう言って、ブランカ会長は笑った。


***


 その後、俺と会長はその場でいくつかの条件をまとめた契約書を作成し、判を押した。


 それにしても商会の立ち上げかー。

 グリムの為とはいえ、我ながら大きな事に手ぇ出しちまった感が半端ないな。


 ……うん。エリノアにやらせよう。そうしよう。


「あ、ところで会長さん。」


「ん? なんだい?」


 帰りがけ、俺はお節介かとも思いつつ、会長に問う。

 その内容は……グリムが頭を抱えていた"もう一つの悩み"についてだ。


 何か心当たりはないかと問うと、会長は「ふむ。あの件かな……」と言って、俺にその内容を話してくれた。


「!! それって……!!」


 どうやら……"もう一つの悩み"も解決しそうだ。

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