第三十一話 重たい荷物は分け合って
「どうだ? 落ち着いたか?」
グリムの部屋へと招き入れられた俺は、グリムと並んでベッドに座る。
「……うむ。」
俺の"力"で出したオレンジピールのハーブティーを飲みながら、グリムはこくりと頷く。
「何があったのかは……やっぱり言いたくないか?」
俺の問いに、グリムは悩んでいるようだ。
肯定も否定もせず、無言で俯いている。
そんなグリムの様子を見て、俺は提案する。
「ん~……じゃあさ。グリムの抱えてる悩みのうちの"半分だけ"、俺に預けてくれないか?」
「はんぶん……だけ?」
「そう。半分だけ。グリムが今抱えてる悩み、一つじゃないんだろ?」
「……!」
俺に言い当てられたグリムは、驚いた表情を見せる。
まぁこれはグリムの様子と俺の経験則からの推測だったんだけどな。
悩みってのは同時に複数抱えると、途端に複雑になる。
一つ一つはそれ程でもない悩みでも、同時に解決しようとすると頭の中でイヤホンコードのように絡まっちまうモンだ。
だから俺の提案は……"半分こ"だ。
グリムの性格からしても、全てを俺に丸投げするのは嫌がるだろう。
ならせめて……半分だけでもグリムの悩みを、俺が預かってやろう。
グリムはがんばり屋さんだ。
半分預かってやれば、もう半分はきっと自分で解決出来る筈だ。
「な? 半分だけ、俺に預けてくれないか?」
俺が再度問い掛ける。
グリムは――しばらくの沈黙の後に、躊躇いながらも口を開いた。
「……妾が今日、ブランカ会長に会いに行ったのはな、……商談をする為なのじゃ。」
「……"商談"?」
思わぬ言葉に、俺は驚く。
「トーヴァのお洋服に使われておる生地はな、一種の"呪装"なのじゃ。」
呪装――。
魔族の扱う"呪術"を道具に込め、その特性を付与したもの――。
この場合は、生地にその特性が付与されているという事だろう。
「妾がトーヴァのお洋服を好いておるのは、デザインももちろんじゃが……トーヴァのお洋服が、着る人の事をとことん考えたお洋服だからなのじゃ。」
グリムは目を細めて語る。
「"呪装"の特性によって暑さ寒さを軽減するお洋服は、自分が着たい時に着られる……『お洒落をする為に無理をする必要の無い』お洋服なのじゃ。」
……なるほど。
『お洒落したいならガマンはつきもの』なんて言葉は聞いた事があるが……
トーヴァの洋服は、呪装によってそれをフォローしているのだろう。
確かに外気温の束縛を受けないのならば、お洒落の自由度は格段に上がる。
グリムの言う通り、『着る人の事を考えた』お洋服ってわけだ。
「妾がしたかったのは、妾たちが居を構えておる"人間領"の人々にも、同じように"自由なお洒落"を楽しんで貰うことなのじゃ。その為に……ブランカ会長に、トーヴァ商会から人間領へ生地を卸して貰えるように頼みに行ったのじゃ。」
そこまで話すと、グリムはまた悲しげな顔で俯く。
その表情を見れば、俺にも察する事が出来る。
商談が上手くいかなかった事も、そして――
その"理由"も――。
「……『人間領との取引は、ブランドとしてのイメージを損なう恐れがある』ってワケか。」
俺が呟くように言うと、グリムはコクリと頷いた。
……まぁ無理も無い。
人間と魔族の確執は未だに深い。
特にファッションブランドなんてのはイメージが売り上げに直結する。
現時点で人間領と取引を行う事は、リスクが大き過ぎるのだろう。
「……会長を恨んでおるわけではない。ただ……妾の考えが浅はかだった事に気付いて、少しショックを受けただけじゃ。」
そう語るグリムは、膝の上で小さく拳を握る。
話を聞きながら俺は……正直少し感動していた。
グリムがそこまで考えていたなんて知らなかった。
単にお洋服が好きなだけじゃなく――
『みんなにお洒落を楽しんでもらいたい』と心から願っていたのだろう。
そうじゃなきゃ、こんな事まで考えない。
俺は悔しそうに拳を握るグリムの肩を抱いて、そっと頭を撫でる。
「グリム。グリムは浅はかなんかじゃないぞ?」
「ふぇ……?」
戸惑いつつ俺を見るグリムに、俺は微笑む。
「グリムの考え……いや、グリムの"夢"さ。 俺にも手伝わせてくれ。」
「じゃ、じゃが……会長にはもう断られてしまったぞ……?」
道は閉ざされてしまったと、悲しげに俯くグリム。
「まぁ任せとけって。交渉の仕方はひとつじゃない。それに……」
「それに……?」
俺はニヤリと笑って告げる。
「こーゆー交渉事は……俺の得意分野だ。」
なぁに。
道が閉じてんなら……こじ開けてやればいいだけだ。




