第二十九話 憧れる君に憧れて
「おぉ! すっげ……!」
俺たちを乗せた馬車は、目的地である流行の街"アーミセイジ"に到着した。
流行の発信地というだけあって、街の中央通り沿いにはいくつもの店が軒を連ねていた。
特に洋服店は激戦区らしく、視界に入るだけでもそれぞれ違ったブランドの店が五、六店立ち並んでいる。
「ふぉぉ!! すごいのじゃぁあ……!!」
目をキラキラさせたグリムが呟く。
いつもの大人ぶった態度はどこへやら……
ワクワクそわそわと落ち着かないその様子は、まるで遊園地に連れてきてもらった子供のようだ。
……可愛い。
「の、のう、レティーナ! ちょっとだけ、お店を回ってみたいのじゃが……!!」
その身に渦巻く衝動を抑えきれないといった風に、グリムが俺に問う。
だが……
「いや。悪いが……店を回るのは明日にしよう。」
「えぇ~~~!!? イヤじゃぁ!! 今行きたいのじゃぁ!!」
グリムが駄々をこねる。
そりゃ俺だって行かせてやりたいさ。
だけど……
「ほら、もうすぐ夕暮れだ。」
予定より早く到着出来たとはいえ、時刻は午後五時くらいだ。
今から店を回っても、すぐに宿に戻らなければならなくなってしまうだろう。
「お店は逃げないからさ。その代わりに、明日は朝からいっぱいお店を回ろう! 」
「う、うぅ……わかったのじゃ……。」
グリムは渋々といった態度で納得してくれた。
「それに……実は先にやっとかないといけないことがあってな。」
「……?」
俺が呟くと、グリムが首を傾げる。
「シュレム~! どうだ~?」
「レティーナさま~! やっぱりダメみたいです~!」
馬車の点検をしていたシュレムが返答する。
先程の盗賊どもの襲撃で、馬車の一部が壊されてしまっていた。
大きなこの街でなら修理も可能だろうが……それなりに時間も掛かるだろう。
「今日はまず馬車を修理に出す。それと……もう一個、"野暮用"を済ませてから宿を取ろう。」
「……? "野暮用"……?」
「あぁ、実はな……」
再度首を傾げたグリムに、俺は"野暮用"について説明した。
***
夕暮れが迫る頃――
俺は一件の飲食店に入店した。
といっても食事を取る為では無い。
俺の用事は……
「すみませ~ん。ここ、空いてますか~?」
「ん? あぁ、空いて……ブッ!!」
カウンター席に掛けていた男は、俺の顔を見るなり噴出した。
「あれ~? どーしたんですか、おじさん? まるで幽霊でも見たみたいに。」
可愛らしい声を作って問う俺に、カウンターの男は驚愕の眼差しを向けている。
そりゃそーだろう。
なんせコイツは……
「あ! おじさんもしかして……さっきわたしたちの馬車に、盗賊をなすりつけてきた人ですか~?」
そう。
あの商用馬車の野郎だ。
「なっ……なんでここが……!?」
広いこの街に、飲食店など無数にある。
野郎も流石に偶然とは思わないのだろう。
どうやってこの場所を突き止めたのかを驚きながら問う。
「ふふふ~♪ 内緒です♪」
俺はあえて説明を拒む。
まぁ簡単な話だ。
広い街とはいえ、馬車の停留所は限られてくる。
見覚えのある立派な商用馬車を探し出すのはそれほど苦労しなかった。
そこまで突き止められれば、後は――ロロの出番だ。
獣種【ヘルハウンズ】の魔族であるロロにかかれば、御者席に残った匂いから相手の居場所を辿るくらい容易い。
半刻もしないうちに、この店まで案内してくれた。
「さて。そんじゃ、本題に入るか。」
俺は声色を戻して……
いや、どちらかと言えば普段よりも威圧的な声色に変えて話し出す。
「アンタも盗賊に襲われた被害者だってのは……まぁ理解出来る。助かる為に必死で、手段を選ぶ余裕が無かったってのも頷ける。」
だけどな……、と俺は更に声に威圧を乗せ、
「ウチの大切な幼女たちを恐い目に合わせてくれた落とし前は……どう付けるつもりだ?」
ギロリ、と睨み付けながら、俺は野郎に問う。
「しっ、知らん……!! オレはただ、盗賊から逃げただけだ!! アンタらの運が無かっただけだろ!? オレは悪くない……!!」
野郎は全く責任を取るつもりはないようだ。
「エリノア~? 魔族領の法に照らし合わせると、どうなるんだっけ~?」
俺は後方に待機させていたエリノアに問う。
「緊急時であっても、自身の受けた難に他者を巻き込むことは法律で禁じられていますわ。モンスターを引き連れた方が街に逃げ込んだりすれば、被害が拡大してしまいますもの。」
エリノアはスラスラと答える。
従者だけあって、この手のことには詳しいらしい。
まぁ尤も、この法律が個人に適応される例なんてほとんど無いらしいけどな。
大抵は巻き込まれた側が命を落としてしまい、訴える者がいなくなる。
コイツもおそらく、そうなると思って高を括っていたのだろう。
「しょ、証拠はあるのか!? オレがアンタらを巻き込んだって証拠は!?」
野郎は尚も往生際悪く吠えている。
あー……もういい加減、俺も腹が立ってきた。
もう落とし前とかいいから、コイツの口にも"爆竹おにぎり"突っ込んでやろうかな……?
そんな事を俺が考えていた時――
「すまない。待ってくれないか?」
突然、背後から上がった声に、俺は振り向く。
そこに立っていたのは、ピシっとした身なりの、口髭を生やした壮年の男だ。
「あ、兄貴……。」
商用馬車の男が呟く。
どうやらコイツの兄さんらしい。
口髭の男はツカツカと店内を足早に歩くと、商用馬車の男の隣に立つ。
そして――
「話は聞かせてもらった。私の弟が大変な迷惑をお掛けした。申し訳ない。心からお詫びする。」
「ちょっ、あ、兄貴!?」
口髭の男は、弟の頭を右手で強引に下げさせつつ、自身も深く頭を下げた。
「兄貴、待ってくれ! オレは……」
「黙れッ! 元はと言えば、お前が護衛の依頼料を渋って荷運びをしたのが原因ではないかッ!」
口髭の男にそう怒鳴りつけられると、弟は言い返す言葉を失い、ガックリと頭を垂れる。
「本当にすまない。コイツには私からよく言い聞かせておく。」
ふむ。
どうやら話のわかる奴が出てきてくれたみたいだ。
実際、俺はこの口髭の男の対応については誠意を感じている。
女子供ばかりの俺たちを見ても軽んじずに頭を下げられるのは、筋を通せる男である証だ。
とはいえ、一応聞いておこうか。
「具体的には? 口で詫びて終わりか?」
「金品を奪われたのであれば、その分の補償をさせて頂きたい。もし犠牲になってしまった方がいるのであれば……本当にすまないが、可能な限りの慰謝料を払おう。勿論、危険な目に遭わせてしまった分は別でお渡しする。」
口髭の男は、沈痛な面持ちで告げる。
それを見て、俺は決心する。
うん。
これだけ誠実に詫びてくれんなら、まぁ許してやろう。
俺はふぅ……と軽く息を吐いて、作っていた険しい表情を解く。
「ん。ケガはしてねーし、物も取られずに済んだよ。馬車の修理費だけ頼む。慰謝料は別にいいや。」
「そうはいかない! 君たちを危険に晒してしまったんだ! その分は受け取ってもらわねば!」
慰謝料を辞退しようとする俺に、逆に食い下がる口髭の男。
あらら……。
どーすっかなコレ。
俺が悩んでいると、遠巻きにやりとりを眺めていた他の客の会話が耳に入る。
「なぁ、あの口髭の人って"トーヴァ商会"の会長のブランカさんだよな……?」
へぇ~、商会の会長さんかぁ。
その程度に聞き流そうとした俺だったのだが……
「なんじゃと!?」
同じ客の会話を耳にしたらしいグリムが、激しく反応する。
え?
どーしたグリム?
グリムは口髭の男と話していた俺に、並ぶように歩み出ると、緊張した表情で男に問う。
「あ、あのっ……! おじさまは、トーヴァ商会の会長さんなのじゃろうかっ……?」
突然問われた口髭の男は、少々驚きつつもすぐニコリと笑って答える。
「あぁ。私が会長のブランカだ。よろしく、お嬢さん。」
その答えを聞いて、グリムはぱぁっと明るい表情を見せる。
「え? どしたのグリム? トーヴァ商会ってとこ、知ってんの?」
怪訝な顔で問う俺に、グリムは慌てて言う。
「こ、こらレティーナ!! 失礼であろうっ!! トーヴァ商会と言えば、ファッションブランド『トーヴァ』を有する大商会じゃぞっ!!」
プンプンと怒りながら言うグリムの言葉で、俺は納得する。
あぁ、なるほど。
グリムの好きなブランドさんなのね。
そういえばグリムの口から聞いたことがあったような気がする。
「おや、詳しいね。お嬢さんは、トーヴァのお洋服が好きなのかい?」
口髭改めブランカ会長がグリムに問う。
グリムは少し頬を赤らめつつも答える。
「大好きなブランドなのじゃっ! デザインもさることながら、何より着る人の事を考えたトーヴァのお洋服はとっても素敵なのじゃ!」
その答えに、ブランカはにっこりと笑って
「ありがとう。自分のブランドを愛して貰えるのは、私としても誇らしいよ。」
丁寧に頭を下げながら、そう答えた。
「そっ、それでな! 会長さんにひとつお願いがあるのじゃが!」
「ん? なんだい?」
「そのっ! 明日、妾に時間を頂けないじゃろうか!?」
思わぬグリムの申し出に、俺もブランカ会長も驚く。
「レティーナも頼む! 妾は会長さんと話したいことがあるのじゃ!」
必死に懇願するグリム。
おそらくお洋服の関係なのだろうが……グリムがここまで必死になるのも珍しい。
うん。
それならこうしようか。
「えっと、会長さん。この子の頼み、聞いてやってくれないかな? それが慰謝料代わりってことで。」
俺の提案にブランカ会長はふむ……、と考える。
「私としては構わないが……それでいいのかい?」
「あぁ。大丈夫だ。」
俺が答えると、会長は懐から一枚の紙片を取り出す。
「私の名刺だ。これをトーヴァ本店の受付に見せれば、応接室に案内するよう伝えておくよ。」
「あ、ありがとうなのじゃ!!」
グリムはその名刺を、まるで宝物のように大切そうに胸に抱く。
「レティーナも! ありがとうなのじゃ!」
そう言ってグリムは満面の笑みを浮かべる。
まぁどの道、馬車の修理で明日は出発出来ないからな。
グリムが喜んでくれるなら、俺も嬉しい。
その後、ブランカ会長は弟と共に店を後にし、俺たちも宿へ向かった。
宿へと向かう間、グリムは何度も貰った名刺を眺めてソワソワしていた。
まるで明日が待ちきれないと言わんばかりに。
「それで、何をするつもりなんだ?」
歩きながら、俺はグリムに問う。
だがグリムは、
「……すまんが内緒にさせてくれ。事が片付いたら、きちんと説明するのじゃ。」
と、何故か勿体ぶった。
……ま、それもいいか。
「ん。じゃあ楽しみにしとく。」
「うむっ!」
力強くそう答えたグリムと並んで、俺は宿への道を歩いた。




