ふに落ない
それにしてもふに落ない。ここは兵隊の集まりで土下座はありえない、ましてやマサシは平井組のナンバー2になる男だ。上下関係に誰よりも厳しい原の兄貴が、しっかり教育してても良さそうに思うのだが……
「なんか気づかんか?」
原の兄貴が寺井を向いて呟いた。
「土下座はマサシにとっては挨拶なんや」
「マサシは土下座しながら、自慢しとんのや」
「手をよう見てみい」
マサシの手をみると両方共義手だった。一見すると義手に見えないくらい精巧にできた義手だ
原の兄貴はマサシの手を取ると、寺井にマサシのこれまでの武勇を語って聞かせた。武勇伝の中には失敗したものも多々あり、たとえば、敵対ヤクザにスパイとして潜り込みヘマをした話。縄張り争いでボコボコにされて拉致監禁された話。土下座で失敗して指を切断された話。美人局で失敗して泣きながら、おもらしした話
マサシは、あらゆる修羅場をくぐり抜けてきた際に、失敗を沢山した。ヤクザとして誠意を示す為の指詰め儀式で、指を全て使いきってしまったのだそう。
マサシが土下座して手を前に出すのは、相手にそれが見えるだろうと思ってのことで。そしたら驚くだろう。相手がそれに気付いたら自慢してやろう。という思いから、土下座をしてしまうらしい。
マサシが個人的に自慢したいが為に安易に土下座をするようになった経緯もあって、平井組では土下座に見慣れて慣れてしまい、土下座自体をタブー視する文化はなくなったのだそう。マサシにとっては土下座は挨拶のようなものであり、謝罪の意が一番込められていたのは、自衛隊式の礼の方だった。
平井組のカシラになる就任初日から寺井は、あらゆる勘違いをさせられてしまった。平井組の旧幹部たちは、引退すると見せかけてシノギの一部を取り続けるつもりだし、一瞬でも支配者側になれるかと、寺井はヌカ喜びをしてしまった。