異世界マン
ついにこの日が来た。
俺は昨日まで、平和だが平凡な日々を過ごしていた。いや、ただ意味もなく消費していたとも言えるだろう。
同じ大学にいた先輩から、あの話を聞くまでは…。
その先輩は、今では一流の会社社長だ。
潤沢な資金にものを言わせ、設備投資を行い、大きな売上をあげている。
その資金を得た理由。そう、それが異世界だ。
僕らの住む世界とは違うルールで作られた場所があるとネットで話題になったことがある。
多くの成功者は、異世界に行く事で莫大な資金を得ていると…その先輩がテレビで言ってたんだ。
あるサイトから得た情報なのだが、その世界に行く方法があるという。
わずか3万円なのだから安い情報だ。
醤油と片栗粉、そして水素水を鍋で煮詰め、それを木の棒で混ぜ続けると、わずかな確率で渦の中心が光ることがある。
それが「異世界水」だ。
俺は五年以上も水を混ぜ続けた。
そしてついに水が光った。
これを飲み干せば、異世界に行くことができる…。
こちらの人間は、異世界では超人的な特殊能力が発現するというのだ。
現実世界でも学力優秀、容姿端麗な俺が、異世界に行けば完璧ではないか!
新たなレジェンドが始まってしまうではないか!
退屈な日常とおさらばだぜ!
異世界水をコップに入れ、腰に手を当てる。
ゴキュ、ゴキュ。
味はただの水だな…。
しばらく待ってみるも何もおきない。
騙された!と思った瞬間、喉の奥が熱くなり、目の前が光に包まれた。
異世界…にしては、あまり代わり映えのしない光景。
でもこの緑の多さは、何となく異世界っぽいと言われれば異世界っぽい。
そんな木々に囲まれた場所で目がさめた。
おぉ、聞こえる。大勢の人々の声が…。
これが俺の得た能力、名付けて「ヘルイヤー!」
何の役にたつのかはわからないが…。
この先に広場があり、行列が出来ている。
流暢な日本語で、うさぎの耳がついたファンタジックな異世界人が声をあげている
「異世界から来られた方は、こちらにお並びください」
都会人の性で行列にならぶのは得意だ。
けっこうな人数…
え…こんなにたくさん異世界から来たのか?
行列の先にはテントがある。
中は面接会場のようになっており、そこにはうさぎ耳で金髪の女性が座っていた。
「ふぅ、100人目…で、あなたは何処から?」
だるそうな感じ…。
こちとら異世界人だぞ。
この世界を救うために来たんだ。
俺は自信たっぷりに答えた。
「地球の日本からだ!」
金髪うさぎは、ふぅとため息をついた。
「で、能力は?」
俺は答えてやった。
驚くんじゃないぞ、この神が与えたもうた地獄耳を!
「判定D」
首を横に振りながら、呆れた表情をする金髪うさぎ。
な、何故だ!この世界を救うために、地球から来てやったんだぞ!
その態度、その態度はなんだ!
「昔は、異世界から来てくれる勇者は有り難かったわ。でも近年は数が増えてしまって、社会問題になってるのよ。」
もう勇者が倒すべき魔王も悪も居ない。
この世界は平和なのだ。
でも異世界からやって来る勇者はあとをたたず、しかし過去の功績があるため異世界からの客人を無下にもできず、有益な能力を持つもの以外は「異世界帰還者村」で「異世界水」をかき混ぜる事になるのだ。
その間の生活費は、国が支払うため、今や異世界からの客人は社会問題となっている。
俺は今日も簡素な仮設部屋で異世界水をかきまぜる。
もとの平凡な日常に戻るため。
水をかき混ぜる度に虚しくなる。
「これも異世界から来るやつが多すぎるから悪いんじゃ!!!」
そりゃこれだけ「異世界オレツエー」が多ければ、異世界も満杯になるよな。
今日も、明日も、俺はこの異世界で水をかき混ぜ続ける。
今日も明日も、その次の日も…。