005-盗賊と戦おう
――盗賊とエンカウントした――
街道脇の森の茂みから現れる男達を見て、意識が急速に醒めていくのを感じた。
人間から殺意を向けられた事への恐怖が、霧のように無くなっていく。相手は盗賊。盗賊が殺意を向けてくるのは当然の事だ。モンスターが襲ってくるのと同じ。エンカウントしたのだから、襲ってくるのはごく当たり前の事。そこに不条理は無い。――ならば、迎撃だ。
大地に左手を置き、上体を起こしながら右手で剣を抜く。剣を向けられた盗賊達は、こちらが行動を起こすことに意表を突かれたのか、足を止めている。そして、盗賊達の内、斧を持った男が目を見開いて大声を上げた。
「あっ! 矢が刺さってねえ! バカ野郎、無傷じゃねぇか!!」
斧の男は弓を持った男に向いて怒鳴っている。戦闘中によそ見をするなんて練度が低いなと考えつつ、俺も思わず自分の胸の辺りを確認してしまった。斧の男の言う通り、矢は刺さっていない。痛みは残っているが、それだけだ。
剣を相手に向けたまま、立ち上がる。弓の男を怒鳴っていた斧の男が、こちらの行動に気付いて舌打ちをした。
「…チッ、まあ、いい。おいテメェ! 出すもん出せば命まで取らねぇよ!」
盗賊がカツアゲにクラスチェンジした。いや、カツアゲも立派な盗賊の技術だろうか。とは言え、てっきりこのまま戦闘に突入かと思っていた矢先にこの展開。剣を構えたままの俺に対して、今度は剣を持った男が口を開いた。
「お前が大公銀貨を持ってるのは割れてんだ! 痛い目見たくなけりゃ、おとなしく有り金出しゃあいいんだよ!」
……コイツらの狙いは”大公銀貨”か。
一枚で普通の銀貨二十枚の価値があるという大公銀貨。確かに狙われて当然なシロモノだが、大公銀貨は前の村の雑貨屋でしか使っていないのだが。
つまり、この男達は前の村から付けて来たのか。雑貨屋の主人がグルなのか、それとも聞き耳を立てていたのか、ともかく”大公銀貨”を持つカモとして俺を狙っていた訳だ。そして街道が森に入った所で奇襲したが、弓矢による先制攻撃が失敗した為に、脅しをかけて来たと。
これはアレだ。俺強えー系小説の、序盤で主人公に人殺しを経験させる為にいる『死んでも構わない人間敵』って奴。大抵、女の子が襲われているだの、奴隷がどうだの、殲滅以外回避不可能な戦闘チュートリアル的存在で、スキルだのレベル差だののチカラで自動的に勝利する話。
だが今俺の所で展開されているのは、俺自身にこれといった戦闘力がなく、相手の目的物が現金なので戦闘回避は可能というしょっぱい話。
金を払えば見逃してもらえるなんてあり得るのか? という疑問もあるだろうが、こちらは剣を持っていて抵抗可能なのだ。双方共、無傷で勝てる保証が無い。俺にとっては、一対三の圧倒的不利な戦いだし、相手にとっては、剣で斬られる損失を上回る利益が望めるのか疑問である。だからこその交渉。
俺にとっては一方的に攻撃できる遠距離武器、今の場合は弓矢の存在がネックなのだが、肝心の弓持ちの男は構えもせず、ただぼーっと話を聞いているだけだ。さっき斧の男に怒鳴られた時もぼーっとしていた。そもそも前衛と一緒に前に出てくる後衛って何だ。射られる直前に見たあの男は、獲物を狩るハンターの目をしていたのに、今は気の抜けた顔をしている。ひょっとしてあいつ盗賊向いてないんじゃないか?
さて、熟考した上での俺の返答は「判った。金は出す」だ。
非難するならするがいいさ。俺は命の方が大事だ。
確か、肩下げバッグの中にある小袋の一つを小銭入れにしてあり、大公銀貨含めコインがいくらか入っていたはずだ。
「バッグごとよこせ!」
バッグに手を入れようとした所で斧の男が追加注文をしてきた。別に一枚だけ出してお茶を濁そうなんて考えていないのに。渋々バッグを外すと、盗賊達の方に投げた。斧の男がアゴで合図すると、剣の男がバッグをあさり始めた。
「フヒヒ、ありやしたぜ、”大公銀貨”二枚! ただの銀も十はありまさぁ、キシシシッ!」
バッグから出した小袋を確認していた剣の男がそう笑う。なんて下品な笑い方だ。斧の男は、剣の男がつまみ出した大公銀貨をチラリと確認した後、こちらを見てニヤリと笑う。あ、こちらは順当に悪役っぽい。
「金は出した。これで見逃してくれるんだろう?」
改めて剣を構え直しながら言う。結構な損失だが、大抵の物はスマホ内に収納してあったので旅を続けるには問題ない。命あっての物種。穏便に事が運ぶなら許容範囲だ。
「そうだな……。待て、その腰のは何だ?」
男の目線の先にあるのは、腰のポシェット。その中はつまり、謎スマホだ。見逃してもらえるかと思ったが、ポシェットの作りがしっかりしているので、何らかの値打ちものと思われたか。そして何だと問われても上手く答えられない代物だ。スマホと言って理解できるだろうか。
「これは……我が家に代々伝わる石板だ」
なんと説明すれば良いのやら。金にはならないが自分には大切な物である、という言い訳のために捻り出した設定に、自分でもなんじゃそらと言いたくなるのをこらえる。実際、見た目は完全に石板なのだが。ポシェットからゆっくり取り出して、目の前に掲げる。
「石板だぁ? 何でそんなもんが代々伝わってんだ?」
実際に取り出された物が確かにどう見ても黒い石板だったので、斧の男は純粋に疑問に思ったのであろう。首を捻りながらあきれ半分に問い返してくる。だが俺にそれを答える余裕は無かった。
『強敵が現れたら? TAP!』
目の前に掲げたスマホ画面に、そういう表示が現れていたからだ。どうやら今の状況……いや、おそらく盗賊が現れてから、この表示に変わっていたのだろう。
まさか、この盗賊達はスマホが用意した敵なのか? 奴らの目的の”大公銀貨”は確かにスマホが出した物だ。スマホから出た”大公銀貨”で買い物をする→”大公銀貨”狙いの敵との強制戦闘、という流れは『らしい』と言えば『らしい』のだが。戦闘チュートリアル的な、等という評価を脳内でしてはいたが、実際にはその場の交渉で戦闘回避の流れにはなっていたから現実は違うんだよ、と思っていたが……。
「おい? どうした?」
いや、さすがに無いだろう複数の人間をこれだけの為に用意するなんて。偶然。偶然だ。宿チュートリアルで用意されたコインが”大公銀貨”である事には作為があるのだろうが、それに喰い付いてくる存在までは作為ではないんじゃないかと思う。だからスマホの用意した餌に喰い付いたこいつらが悪い。うん。
「どうしたんで兄貴?」
「俺に聞くなよ。何なんだこいつ」
思うにこのスマホのチュートリアル機能は、割と状況に合わせて発動する感じがする。それは、現実はゲームのように行動を制限できないからだと思う。ゲームなら進行度に合わせて行動可能な範囲が増えていくから、それに合わせてチュートリアルを組み込めば良いが、現実だと行動そのものは無制限だ。だから、行動と、それに伴う状況から逆算してチュートリアルを出してくるのだろう。そして。
「強敵が現れた時のチュートリアルって、何だろうね?」
「はぁ?」
突然の俺の問い掛けに、疑問符を浮かべる盗賊達。無論、返答は期待していない。剣を構えた右手はそのままに、スマホを持った左手の親指でもって、画面をタップする。
瞬間、スマホから伸びた光が、盗賊三人を貫いた。
「え?」
スマホの光は三人の胸に吸い込まれるように消えてゆく。
「一体何が…」
言い終わる前に「パン!」という小気味良い音を立てて盗賊達は消滅した。
訪れる静寂。盗賊達が居た辺りには、散々にあさられたバッグが転がっている。小銭入れにしていた小袋が見当たらない。持っていた剣の男と一緒に消えてしまったのだろうか。
「何かを繰り出すとは思っていたが、即死攻撃かよ……」
スマホの画面を見ると、先程の光の詳細が書かれていた。
『最大三回、超強力な攻撃が可能!
敵の強さを見極めて使おう!
(一日に一回回復します)
(この攻撃で倒すと素材回収はできません)』
これはひどい。物語でよくある「こんなところに強敵が!」をさっくりクリアしてしまう反則機能だ。素材回収不可能というデメリットは、ゲームならば痛い条件だが、現実ならば安い話だ。
「てか、”敵対する人間”もちゃんと『敵』として扱えるのな」
不安点というか疑問点はそこだった。モンスターという存在が居る世界で、モンスターではない人間と戦う場合はどうなんだ、と思っていたのだ。最も、心情的には、攻撃してきた人間なんて『人型モンスター』扱いで当然だと考えている。流石にここまで来て人道主義を持ち出す気はない。
スマホのメッセージを閉じると、ホーム画面の右上の方、普通のスマホなら電波強度が表示される辺りに、星形のアイコンが二個点灯している。灰色になっているのも一つあるので、この計三個のアイコンが『超強力な攻撃』のアイコンだろう。試しに星アイコンをタップすると、星アイコンのみ拡大された画面になり、『TAPすると敵に攻撃します』という注意文が書かれている。
便利機能の塊だったこの謎スマホ、とうとう超強力な武器になってしまった。ますますスマホ依存が酷くなるな。別にいいけど。
バッグを回収、肩にかけ直す。盗賊達の居た場所には何も残っていない。キレイさっぱり消えている。もし奴がスマホに気付かなければ、金を持って悠々と帰って行ったのだろうか。渡したお金も消し飛んでしまったので、俺の金銭的損失は変わっていないのが割と残念な展開だと思う。
俺が倒れた場所に矢が二本落ちていた。そう言えばと、矢を受けた場所を確認する。特に何もない。服に穴は開いていない。ひょっとしてこの服、とっても優秀な防具なのだろうか。
◇
街道を進む事数時間、太陽が大分上に来たな、と思った頃に突如、スマホから「ポン!」という音が鳴った。
思わず剣を抜き、周囲を警戒したが、何も起こらず。そのまま五分程警戒して、何も起きていない事を確認し、スマホを取り出すと、脱力した。表示されたメッセージには、こう書かれていたからだ。
『二十四時間経過しました! 時計機能を解放します』
時計かよ。カレンダーなし年月日なしのホントに時計機能のみだった。表示位置は俺の知るスマホの表示と同じ右上端。表示は十二時七分。って事は、一日二十四時間でいいのか?
時間的に昼ならばと、バッグから村で買った果実を取り出してかぶりつく。しまった。皮がちょっと苦い。これからは皮を剥いて食べることにしよう。
歩き続けてふと思ったことは、俺ってこんなに歩けたっけなぁ? という疑問だった。昨日もそうだったが、今日も大して休まずに歩き続けている。
さくっと思い付いた可能性は、一、実は体力増加のチートが付いている。二、履いているブーツに歩行補正がある。三、超生命体なので平気。
実にくだらない思い付きだが、試しに検証してみようと考えたため、ダッシュを敢行する事にした。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ!」
小走りで二十分走り続けても割と平気だったので、調子に乗って全力ダッシュしたら五分と立たずバテた。
いかんいかん、これはいかん。いつモンスターなり盗賊なりが出てもおかしくない状況で体力切れはシャレにならん。深呼吸だしんこきゅー、ふー、はー、ふー、はー。
さて検証の結果、ゆるい運動なら結構イケるが、キツイ運動はダメ、という事がなんとなく判った。低い馬力が長続きする感じと言えば判るだろうか。飛んだり跳ねたりのカッコイイ戦闘は出来そうにないな。
スマホから水筒を出して水を飲む。ふー疲れた。
しばらく休憩していると、日が大分傾いてきているのに気付いた。時間は十六時。日没の方向は西方向、このへんは地球と同じでよさそうだ。
日没が近いとなると、野営の準備を……そう言えば、”魔除け小屋”がどうのと聞いていたんだっけか。いままでそれっぽい施設は見ていない。距離的にはそろそろあっても良いハズなんだが。
一時間ほど歩いて、ようやくそれっぽい施設が見つかった。
街道を少し外れた場所に、なんというか、田舎のバス停みたいな建物が建っている。街道側に壁は無く、床は土の地面のまま。焚火の跡があるので、誰かが休んだ実績はあるんだろう。
もう日没が間近だ。ここで野営決定。
火を起こそうと火打石を取り出して……薪を探したら小屋の隅にいくつか積んであるのが見つかった。残してくれた先人に感謝。枯草をちょいちょいと拾ってきて、火を起こす。この辺はまだまだ経験が足らんな。キャンプの経験なんてほとんど無いぞ俺。
干し肉をかじって夕食とする。塩の味しかしねぇ。
辺りが暗くなって来たら、毛布を敷いて寝転がる。焚火の火をぼうっと眺めながら、モンスターは火を恐れるのかなぁ、焚火って効果かるのかなぁ、魔除け小屋ってんなら焚火無くてもよかったかなぁ、等と考えながら目を閉じた。