003-人里に向かおう
『レベルアップ!
レベル2になり、マップ機能が解放されました!』
そんな表示の後、謎のスマホはホーム画面と思しき画面になった。配置されているアイコンは三つ。人間の上半身のようなアイコンの『キャラ情報』、革袋アイコンの『アイテム』、羊皮紙アイコンの『マップ』だ。
『マップ』アイコンの上に強調アニメーションが浮かんでおり、そこをタップすれば、解放されたと言う『マップ』機能に飛ぶのだろうが、それを無視して『キャラ情報』をタップする。
【ソラ】
Lv2:健康
パーティーメンバー:なし
文字情報の他は、俺の顔写真と、丸くて点滅する青い丸ゲージしか無かった。丸ゲージの詳細は不明。顔写真をタップすると写真の更新が可能だったのだが、今は止めておいた。
ホーム画面に戻り(戻る方法は俺の記憶にあるスマホ操作のままだった)、次は『アイテム』をタップする。すると、中にあるアイテムのアイコンが並んで表示される。と言っても今は『名称未設定の肉(1)』しか無いのだけれど。
『名称未設定の肉(1)』をタップすると名称の変更が可能だったので、『ウサネズミの肉(1)』に変えておいた。
……しかし、アイテムの出し入れが判らない。いや、多分出す方法は最初の剣と同じようにスワイプで行けるんだろうけど、入れる方法が不明ではどうしようもない。邪魔で地面に刺していた剣を抜き、スマホに当ててみる。カツンと鳴るが、何も起きない。
「アイテムを入れる方法が判らないんだが……」
そうぼやくと、画面に『アイテムを入れよう!』のチュートリアルが表示された。ヘルプは音声入力なのかよ! ちなみに、スマホにアイテムを入れる手順は、入れたいアイテムを手に持ち、スマホの縁にゆっくり近づける、というものだった。
◇
俺は今、スマホに表示されている方向に向かって、草原をひたすら歩いている。
『マップ』機能でマップを見ても、自分の周囲100メートルぐらいが明るくなるだけで、他の場所は全てグレイアウト、つまり何も判らなかった。『人里に向かおう!』チュートリアルが無ければ、あてもなく彷徨う運命だったであろう。いや、そもそもこのスマホを持ってあの場所にいた時点で運命は……いや、無駄な事を考えるのはよそう。
最初は剣をスマホに仕舞って歩いていたのだが、モンスターエンカウントの度に剣の出し入れを行うのは、すごく手間な上に隙を作りまくりだった。イケてる若者の様に片手で操作出来れば良いのだが、どうやら俺はイケてないらしい。そして抜き身の剣を持って歩くのは自分の足を斬りそうでとても危険である。鞘が欲しい、切実に。
これまでにモンスターのエンカウントは2回あった。どうやらマジでここはモンスターのいる世界らしい。2回ともウサネズミだったが、いずれも敵の先制攻撃だった。マップ機能さんには敵の位置を知らせる機能なんて無かった。そして俺に気配を消す技能なんて無いから、奇襲を喰らうのは必然だった。
幸いウサネズミは弱く、攻撃も体当たりだけなので、余裕で返り討ちにした。
初戦では命のやり取りにビビッてしまったが、今ではもう『向こうから攻撃してくるからね、しょうがないよね』という感じで割り切っている。
ウサネズミの肉は3個になった。スマホで回収すると、自動で肉になってしまうのが不思議だ。肉以外の部位がどこに行ったのかは謎である。
ゆるやかな丘を越えた所で、進行方向に村のようなものが見えた。スマホの矢印もその方向を指している。どうやらあれがチュートリアルの言う人里らしい。敵対種族の里とかじゃないよな? そこんところ頼むよチュートリアルさん!
もうかれこれ体感で2時間ぐらい歩いている。初期装備のブーツは中々良い物のようだが、不整地を歩きっぱなでは尋常じゃなく疲れるのだ。
村から伸びる街道は、今いる丘を避けて伸びているので、俺は道を無視して歩いていた事になる。まあ今まで道なんて見えなかったからね、しょうがないね。最短距離で進めた事を喜ぼう。
◇
丘を降りた辺りで街道に入り、村へと進む。丘の辺りから草原の丈が低くなって、見晴らしが良くなっている。これなら奇襲の心配は無い(それでも用心はしていたが)。村は簡素な木の柵で囲いがしてあり、村の周囲には畑の様なものもある。いかん緊張してきた。俺不自然じゃないよな?
そうだ、このスマホどうしよう? 持ってたら不自然だよな、見た目石板だけど。ただの石板でも十分怪しいか。ポシェットに入れとこう。
村の入り口には特に門番みたいなのは居なかった。そのまま入る。
お、第一村人発見! いかにも農民って感じのおじいさんだ。
「あのー、こんにちは!」
「おお、どうもどうも。旅の方かね?」
あ、言葉が通じる!?
い、いやマジで焦ったね! 話し掛けた瞬間に言葉の問題どうしようって思いついたから。でもこれでコミュニケーションは問題ない!
おっとこのままでは挙動不審だ。会話を続けなければ。
「あ、はい旅の者です。こちらの村に休める所はありますか?」
「おう、むこうにある2階の家が酒場でな、宿もやっておるぞ」
確かに、平屋ばかりの村の中に2階建の大きな建物がある。あそこが宿か! いい加減休みたいのだ。
「ありがとうございます。ではこれで」
「おぅ、ご親切にどうも」
おじいさんはこちらの様子にちょっと面喰ってた感じ? だろうか。ただの村人に対して丁寧過ぎた? いやでも適切な対応なんて判んないからなー。と考えている間に着いたよ、酒場兼宿屋。
店先に木彫りの看板が下がっていて……読めない。
会話は出来るのに文字は読めないのか……。俺の記憶喪失のせいか? 判らんなぁ。
気を取り直して中に入ると、カランカランと乾いた音が鳴る。ドアに付いたベルが鳴った音だ。その音でカウンターにいたおっさんがこちらに気付く。
「おう、いらっしゃい」
よしよし、問題ない問題ない。俺はカウンターに向かいながら要件を言う。
「宿を一晩、お願いします」
「あいよ。銀一枚だ」
……は? 銀一?
あっ
あああああああああっっ金なんてねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?
慌てて服のそこかしこをまさぐる。無い、無い。無い!
「なんでぇ、持ち合わせ無いのか?」
超絶に慌てている俺を見たおっさんがため息交じりに聞く。持ち合わせどころか、金の単位すら知りません! ごめんなさい!
いや、まだ手はある。物々交換だ。カウンター越しのおっさんから見えない所でスマホを出し、スマホからウサネズミの肉を取り出す。頭と内臓を取り皮を綺麗に剥いだ状態という、すぐにでも肉屋に卸せる状態のステキ肉だ!
「すいません持ち合わせが無くて……。で、でも肉がありますホラ、肉! 外で狩った奴ですがっ……!」
取り出したウサネズミの肉をおっさんに突き出す。おっさんは肉を受け取るとしげしげと見回す。
「おう、コイツは……ラブトだな。ふんふん、状態が良いな、これ」
どうやらウサネズミの正式名称はラブトと言うらしい。まあ、今はどうでもいいけど。
「あのー、それで宿代の代わりになりますか……?」
「んー、まぁ、ちと足りないが、いいか。いいぜ、宿一晩な」
そう言っておっさんは肉を奥に持っていく。同じ肉があと2個有るのだが、手荷物無しにポンポン出すと怪しまれてしまう可能性があるから自重する。しかし、渡した後で言うのも何だが、アレ食えるのか。
「ほれ、鍵だ。部屋は2階にあるからな」
「ど、どうも」
戻ってきたおっさんから鍵を受け取り、2階に上がる。鍵の札に付いた番号というか記号を頼りに部屋を見つけて中を見ると、いかにもと言うか、実に中世ヨーロッパ風なシケた部屋だった。あとすごく狭い。
ベッドに腰を下ろす。ベッドは麦わらにシーツを被せただけの簡単なもので、臭い。だが贅沢は言えなかった。
「はぁ。……しかし、なんとか人里までこれた。理由は知らないけど言葉は通じたし、敵対もしていない。モンスターとかいう変なのが居るけど、人の暮らす世界だ。俺の知っている地球と違うけど……」
一息ついた所で、いままで放置していたスマホを思い出した。腰のポシェットからスマホを取り出すと、『人里に着いた!』という達成画面になっていた。タップすると『宿に泊まろう!』のチュートリアルに変わったので、思わず笑ってしまった。
「もう泊まってるよ。使えないチュートリアルだな」
ペチン! とスマホを指で弾くと、『宿に泊まるにはお金が必要だ!』と表示され、スマホの横の空間からコインが十枚ほど出現して床に落ちた。
「…………」
俺は泣いた。