001-名前を入力しよう
初作品です。よろしくお願いします。
青い空。
目の前に広がるこの青い空は、現代社会ではなかなかお目にかかれない様な、澄み切った空だった。
しばらくその空を眺めていると、雲が形を変えながら動いているのが見え、そちらに目を移した途端、ザアッという音と共に一陣の風が吹いた。
「うわっ」
思わず目を閉じる。先程の風で目にゴミが入った。
目を擦りつつ姿勢を変えようとして……自分が仰向けに倒れている事に気付いた。
地に手をついて体を起こす。手に伝わる感触は、草。
周囲は見渡す限りの草原だった。
「あれ? は? どこだここ?」
寝起きのせいなのか頭がはっきりしない。
いや、草原で寝てる訳がない。ウチの近所にこんな草原ないし、第一俺は自宅で……なんだっけ?
思わず頭を振る。記憶がはっきりしない。
待て、慌てるな。素数を…じゃなくて覚えている事を確認しよう。
まず名前……わからない。マジか。
次に家族……両親と、弟が居たような? もちろん名前は不明。
所属組織……確か学校のはず。何学校だっけ?
国家……ニッポ、ニホン。そう、日本だ。
俺は日本人である事が判明した! パパラパ〜ン!
……だが日本人としての知識はあるものの、俺という個人情報は霞がかかった様に不明瞭だ。
って事は記憶喪失? うわーありがたくねぇ。記憶喪失のテンプレだと名前は覚えておく物だろうに。
ひとしきり悩んだ後、気を取り直して自身の姿を確認する。
青い装飾の入った白い服を着ていた。ローブの様になっている個所もあり、まるでどこぞの神官の様だ。
腰のベルトに四角い革製のポシェットがあった。中身は……黒くて四角い石の板だ。
「持ってみた感じ、スマホだな。カメラもスロットも見当たらないけど」
スマホなら何がしかのデバイスがある筈だが、どこをどう見てもタダの石だった。
黒光りする石の表面をしげしげと眺めていると、自分の顔が反射して見えているのに気付いた。自分の顔についても記憶がないため、どこか他人にも思える顔を見ながらぼうっとしていると……
パシャ!
「うひょぅっ!」
急に石板から音がしたので思わず変な声が出た。というか何だ今の、シャッター音?
改めて石板を見ると、俺の間抜け面が鮮明に映し出され、その下には現在ダウンロード中ですとでもいう様なゲージが表示されていた。
「ええ? これマジでスマホなのっ!?」
タダの石板に自撮り機能なんてある筈が無いので、多分きっとそうなんだろう。スイッチもデバイスも見当たらないのは、そういう仕様に違いない。非接触なんたらとか、最新の機種なんだ。うん。
いつの間にか石板スマホの画面の表示が変わっていた。顔写真の下のゲージが『名前を入力して下さい』になり、入力ウィンドウも表示されている。
「ええ……ここで名前入力かよ。俺の名前、名前……」
記憶喪失の人間になんてこと聞くんだこいつは! と怒りを覚えるものの、実際問題名前ぐらいはなんとかしないと人里にも出られないよなと思い直し、人里? 人里ってどこだよ……と頭を抱える。右を見ても左を見ても延々と続く草原。見上げると青い空。
「空……ソラ。うん、俺の名前、ソラにしよう」
目が覚めて、最初の光景が空だった。下らない理由だが、名前なんてそんなもんだろう。早速、スマホに入力する。入力方法は記憶にある通りだった。
名前入力後、スマホの画面は大きく変わった。顔写真は無くなり、今は剣のアイコンと矢印が表示されている。
「矢印のアニメーションから察するに、このアイコンをスワイプするのか?」
指先で剣アイコンに触れ、矢印と同じ右方向へスワイプする。すると、剣アイコンが画面右端に消えると同時に、スマホ右側の何もない空間から剣が飛び出し、地面に落ちた。
「…………最新のスマホにはアイテムボックスの機能まであるのか。すごいなー」
このスマホの機能について深く考えることはやめた。どうせ俺は記憶喪失だ。自分の知識が正しいと胸を張って言えない立場なのだから、目の前の事実を受け入れるしかない。
おっと、スマホの表示がまた変わっている。
『武器を装備しよう!』
あ、これチュートリアルだ。