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七年前・中編《番外編》


 それからの話はこうだ。


 知らぬ土地で一家は思うような生活ができず、長らく各地を転々とした。そうしているうちに家族はバラバラになり、少年だったキリエはこの国の教会に保護される形で神官の道に入ったのだった。

 教会では神官見習いとして精進し、成人を迎えた年に王都デルファの神学校に入学した。そこで二年間教えを学び、卒業後、師の推薦を受け、正式に王宮神殿に仕えることになったのである。


 しかし王都に来た頃から、静穏な暮らしを望む本人の意に反して、彼の日常は次第に落ち着かないものへと変わっていった。


 銀色の髪に水色の瞳。そんな北の民の特徴を色濃く有し、顔立ちも今より中性的であったキリエは、同性ばかりの寄宿制の神学校という閉鎖的な場所において、それまで以上に好奇の目に晒された。

 熱のこもった眼差しや、時に妬みの感情を向けられるなどして、思い悩んだ時期もあった。だが在学中そこまで深刻な問題とならなかったのは、キリエがそれらをやり過ごすすべを身につけたことに加え、学内の厳しい規律や理解ある友人らに守られていたことが大きかったのだという。

 そして城に来て三か月が経とうとしていた頃。王宮全体が道徳的に腐敗していた当時、その一件は起こるべくして起こったといえよう。

 ある夜、先輩神官二人がキリエの部屋に忍び込み、眠りについていた彼に乱暴を働こうとしたのだった。


 人の気配に目を覚ましたキリエは、いきなりのしかかってきた相手に体を押さえつけられ、着ているものを剥ぎ取られかけた。その間、もう一方の相手には手で口を塞がれ、助けを呼ぶこともできなかった。

 自分が何をされようとしているのかを悟り、この時ばかりはキリエも必死に抵抗した。そうして何とか彼らを床に振り落とすと、混乱した頭で真夜中の神殿を飛び出したのだ。


 このまま城を出て、かつての師がいる(まな)()に逃げ込むつもりだった。だが暗い屋外を無我夢中で走ってきたせいで、気がつけば知らない一画に迷い込んでしまっていた。

 辺りは樹木が生い茂るだけの人気(ひとけ)のない場所に、ふと見れば少し先に小さな平屋の建物がある。こんな所に何の施設かと、建物に近づき、そっと戸を開けた。

 どうやらそこは作業場のようで、灯りの消えた室内には大きな木のテーブルと、いくつかの見慣れぬ道具類が置かれていた。

 キリエは中に入り、手前にある裁断機らしきものに歩み寄る。

 と、突然正面の扉が開き、心臓が跳ね上がった。


「……これはまた、扇情的な格好の闖入者(ちんにゅうしゃ)だねえ」


 奥の部屋から現れた青年が、光る()(ばさみ)を片手に、身を硬くしているキリエの全身を眺めて言った。

 キリエは改めて自分の首から下を見た。衣の前は大きくはだけ、左肩は破れて袖がずり落ちているという、あられもない格好だった。


「その様子じゃ、夜這(よば)いでもかけられた? あれ――けどきみ」

「――……」

「男? 胸ないよね」


 ふうん……と視線を細めて近づいてくる相手から、キリエは今度は逃げ出すことを躊躇(ちゅうちょ)した。

 この状況において不審なのは自分のほうである。現に青年は面白がるふうを見せているも、目は笑っていない。

 ここは正直にわけを話し、相手の理解を得る必要がある。そう思い至り口を開きかけた時、青年の背後に新たな人影がさした。

 灯りが漏れる奥の部屋から、ゆっくりと現れた別の青年。やや癖のある長い髪に、厳しい眼差し――居合わせたのは、二か月前に即位したばかりの若き国王であった。

 キリエは驚きに目を見張り、それから我に返って胸の前を掻き合わせ、王の前で膝を折ったのだった――。



「――という次第ですので、私が陛下と直接対面する以前に、レスター殿は陛下と懇意でいらしたのですよ」


 さらりとキリエが締めくくる。その向かいで、泉実は引き結んでいたはずの口を開けて固まり、埴輪(はにわ)と化していた。



 ――なんとも衝撃的なエピソードを聞いてしまった。


 柔和でありながら凜としていて、およそ世の中の不条理とは無縁の人生を送ってきたかに思われたキリエは、実は結構な苦労人だったのだ。


 自分がいらぬ質問をしてしまったせいで、思い出したくもないであろう過去を彼に語らせてしまった。

 泉実は悪いことをしたと思いつつ、「すみません、そのあとが凄く気になるんですが……」と、なおも続きを要望してしまった。



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