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七年前・前編《番外編》

※泉実がドゥーリスの谷から帰還して、一週間後の話になります。


 ――珍しい組み合わせだ。


 晴れの日の午前、その光景をたまたま窓辺から目にした泉実は、ちょっと意外だと思った。

 この東翼のすぐ隣、本館の庭に面した回廊でキリエとレスターが立ち話をしているのだ。

 自分が城に来て半年が経つが、あの二人が言葉を交わすのを、まったくといっていいほど見た記憶がない。

 泉実はつつっと壁に寄り、顔だけを窓に近づけて彼らの様子をうかがった。

 ほとんど盗み見の体勢であるが、無意識の行動だった。

 レスターはこちらを背にしているため、その表情は分からない。キリエのほうは、普段通りの穏やかな笑みを浮かべ、軽く相槌を打っている。

 親しげとは言わずとも、仲は悪くなさそうな様子である。

 それからレスターがひらりと片手を上げ、キリエが会釈を返して互いに離れるまでを、泉実は三階の自室の窓から興味深く眺めていたのだった。



 程なくしてコンコンとノックの音が響き、キリエが部屋に入ってきた。

 今日は、泉実の誘拐騒ぎで中断していた授業の再開日なのだ。


「おはようございます、イヅミ様。――どうかなさいましたか」


 泉実が(ほう)けたように突っ立っていたので、キリエは不思議に思ったようだ。


「あ、いえ。今日は先月の古典の続きですよね」

「はい。ですがその前に、こちらを」


 テーブル席に着こうとした泉実に、キリエは手にしていた包みを差し出した。


「今ほど下でレスター殿からお預かりしました。お約束の品だそうです」

「……ああ! ありがとうございます」


 受け取った包みを広げると、中にはカザリヤの糸で織られた水色の腰布があった。

 また新しいものを用意しましょうと言っていた通り、レスターは前と同じ品を取り寄せてくれたのだ。


「あとでお礼を言いに行かないと……。でも、下まで来てくれてたのに、キリエさんに預けて帰ってしまったってことは、今日は忙しいのかな……」

「そのようなご様子ではありませんでした。このあと授業だと申し上げましたので、レスター殿も配慮なさったのでしょう」

「――……」

「……イヅミ様?」

「つかぬことを訊くんですが」

「はい」

「キリエさんとレスターさんて…… 」


 ……訊けない。どっちのほうが偉いんですか、なんて。


「……キリエさんとレスターさんは、どちらのほうが陛下と付き合いが長いんですか?」


 言い方を変えてみた。

 もっとも、その答えが知りたいことの答えに結び付くとは限らないのだが。


「私が陛下にお仕えするようになった頃には、レスター殿はすでに現在の職に就いておいででした。ですので、レスター殿のほうが私よりも長く陛下のおそば近くにおられます」


 キリエは淀みなく答えた。


 となると、やはりレスターのほうが偉いのか。

 偉いというか、年齢もキリエより上であるし、キリエがレスターを立てているのは間違いなさそうだ。

 泉実はそう結論付けた。


 キリエは元神官だ。それもこの城の、今は閉鎖された王宮神殿に仕えていた。

 本人の口から聞いたのではない。ここ二、三か月の間に、周りの話から自然と知ったのだ。


 七年前、ハディスは王宮から神殿関係者全員を追放した。しかしなぜ、キリエだけを手元に残したのだろう――。


 これまで何度か不思議に思ったものの、取り立てて知る必要もないと流してきた疑問がここへきて再浮上する。

 そんな泉実に、するとキリエも思うところがあったのか、次のように言った。


「――本日は授業の前に、少し、昔のことをお話ししましょうか」



 そうして、いつも授業を行うテーブルに揃って移動した。





「ご存知かもしれませんが、私は北の大陸の出身です。幼少のみぎり、一家で船に乗りこの地に渡ってまいりました」


 その話は城下町を見物した際にセネガから聞いていたので、泉実は黙って頷いた。


「私の生家は祖父の代から貿易商を営んでおりました。ですが父の代で手を広げ過ぎたのが仇となり――早い話が事業に失敗し、取引相手を頼って西に移り住んできたのです」


 ……少々重い出だしである。

 あくまで柔らかな口調で語るキリエとは対照的に、泉実は無意識に口元を引き結んだ。



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