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82 王と将軍


 背を向けたハディスを見つめる泉実に、セネガがそっと歩み寄った。


「イヅミ様、我々も戻りましょう」


 声をかけられ振り向くと、セネガはどこか申し訳なさそうな顔をしていた。その後ろで、シドも同様の表情を浮かべている。

 おそらく二人とも、ハディスがしようとしていたことを前もって知っていたのだろう。

 しかし泉実はそれを彼らに確かめることはせず、地面に膝をついたままの住民たちに目を向けた。


「――すみません、ちょっとだけ待ってください」


 そうことわってから、いまだ怯えた様子の少年の前に行き、腰を屈めた。


「服を貸してくれたのは、きみだったんだね。けどごめん。あの服は多分、火事で燃えちゃったと思うんだ……。だから代わりに、これを――」


 泉実は腰に巻いていた布を(ほど)き、綺麗に折りたたむと少年に差し出した。


「お詫びのしるし。それなりに値の張るものらしいから、もし使わないなら売ってくれて構わないから。服を駄目にしちゃって、本当にごめん」


 少年は感謝するでも拒絶するでもなく、差し出された腰布を黙って受け取った。

 泉実はそんな少年に優しく微笑みかけ、それからセネガとシドが待つほうへ戻っていった。




「ダレス」


 泉実に続こうとしたダレスを、隣からハディスが鋭く呼び止めた。


「イヅミを連れてきたのはそのほうの判断か」

「――まあ、そうなりますかな。イヅミ様が陛下のもとに行きたいと申されましたので」


 ダレスはあさっての方向を見ながら、顎を上げて答える。


「イヅミは真っ直ぐ帰還の途に就かせよと命じたはずだ。余の(めい)よりイヅミの頼みを優先したのか」

「お言葉ですが陛下。イヅミ様を城にお迎えになられた日、陛下は我々におっしゃったではありませんか。御使いは女神の意向を人民に伝える存在。それゆえ、リザリエルの行動をむやみに制限してはならぬ、と。私はそのお言いつけを遵守(じゅんしゅ)したのです」


 すました顔で言い開きをするダレスを、ハディスは少しの間横目で睨み据えていたが、やがて足を一歩踏み出し、離れ際に言った。


「そのほうには、城に戻って向こう半年間、イヅミに面会することを禁じる」

「な、なんですと」

「しかと遵守いたせ」

「陛下!」


 ダレスの上擦った叫びを無視し、ハディスは馬にまたがると、泉実たちとは反対の方向に兵を引き上げていったのだった。




 その夜遅く、泉実を護衛する兵の一行は、ナバム領内にある軍の施設に到着した。

 泉実は翌朝までハディスと顔を合わせず、用意された部屋で一晩を過ごした。その間、泉実の世話はセネガとシドがほぼ付きっきりで行い、朝食を取り終えた今は三人がいる部屋にローエンもいた。


 ハディスはあのあと、セネガが言っていた通り、兵を伴い南シーレーンの領主に話をつけに行ったのだった。

 しかし先方は甲冑姿の王が突然押しかけてきたことに驚愕し、さらに身内が起こした不祥事を知ってその場で倒れてしまったため、結局、行ってすぐに帰ってくることになったのだという。


「南シーレーンのご領主は、今後どうなるんですか……?」


 ローエンから話を聞いた泉実は、顔が思い出せない領主の行く末が色々な意味で心配になった。

 泉実は昨年秋の宴の席で、国内の領主ほぼ全員から挨拶を受けている。とはいえ、ほかの客も含め何百人と対面したので、正直、どの顔がどこの誰であるかは曖昧だった。


「事件に関与していなければ、甥である領主にまで罪が及ぶことはありません。すぐ職務に復帰できるかどうかは、まあ本人次第でしょう」


 首謀者のガイゼルが大胆不敵であったのに対し、その兄の子である領主は事なかれ主義で、良く言えば温和、悪く言えば腑抜けだという噂であった。

 今のところ、領主と事件との関連性を示すものは出てきていない。


「ひとまず領主の側近に、逃走した手下の行方調査と事件の全容解明を申し付けております」


 そうなのだ。軍が捕らえた男らの中に、イザークたち誘拐の実行犯三人はいないことが判明している。


「……捕まった人たちは、どうなるんですか」


 ガイゼルが転落死したのと、手下の中にも死者が出たという話は、昨夜の時点で泉実の耳にも届いていた。


「余罪を調査したうえで、刑法に(のっと)り適正に処罰すると、陛下は仰せです」

「…………」



 複雑な気分だった。


 あの三人に捕まってほしいのか、そうでないのか。

 泉実は自分でも分からなかった。



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